『海辺の映画館-キネマの玉手箱』
大林宣彦監督の遺作は、軽妙な笑いや映画の楽しさも盛り込んだ集大成。反戦の願いが我々に託される。新作への実験的な挑戦も健在で、3時間の大作にいささかの気力の衰えもない。映画を愛し、映画に愛された監督。
公開:2020 年 時間:179分
製作国:日本
スタッフ 監督: 大林宣彦 キャスト 馬場毬男: 厚木拓郎 鳥鳳介: 細山田隆人 団茂: 細田善彦 希子: 吉田玲 斉藤一美: 成海璃子 芳山和子: 山崎紘菜 橘百合子: 常盤貴子
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
尾道の海辺にある唯一の映画館「瀬戸内キネマ」が、閉館を迎えた。最終日のオールナイト興行「日本の戦争映画大特集」を見ていた三人の若者は、突如として劇場を襲った稲妻の閃光に包まれ、スクリーンの世界にタイムリープする。
江戸時代から、乱世の幕末、戊辰戦争、日中戦争、太平洋戦争の沖縄。三人は、次第に自分たちが上映中の「戦争映画」の世界を旅していることに気づく。
そして、映画の中で出会った、無垢なヒロインたちが、戦争の犠牲となっていく姿を目の当たりにしていく。
やがて、舞台は原爆投下前夜の広島へ。そこで出会った移動劇団「桜隊」を救うため、三人は運命を変えようと奔走するが。
レビューの前に
もう観られない「A Movie」
どうしても、この作品はコロナ禍であっても映画館で観なければと思った。「A Movie」で始まる新作が大きなスクリーンで観られるのは、これでおしまいだから。
大林宣彦監督は、本作の前作である『花筐/HANAGATAMI』のクランクインの時点で、すでに癌の宣告を受けている。同作は強烈なインパクトの渾身の作であり、高い評価も受け、当然に遺作となるものと思われていた。
◇
だが、なんと監督は、本作を撮り始める。それも久しぶりの尾道を舞台に、いささかの実験精神と遊び心の衰えも感じさせない、3時間の大作である。なんという気力、なんという映画愛。
生涯現役だった監督の、文字通りの集大成といえる作品だ。
コロナ騒動がなければ、一般公開は2020年4月の予定だったが、8月まで延期を余儀なくされた。監督が亡くなられたのは、当初の公開予定日の4月10日。
初日舞台挨拶に立つ機会がなくなってしまったのは、本当に残念だ。
ありがとうございました、大林監督
大勢の俳優やスタッフ、映画関係者から監督に追悼のメッセージが集まっている。監督の人徳と、映画に対する真摯な姿勢が人々を惹きつけるのだろう。
かくいう私も、のめり込んだのは『ねらわれた学園』や尾道三部作あたりからだが、『喰べた人』『EMOTION―伝説の午後 いつか見たドラキュラ』といった自主上映作品まで遡って追いかけるようになった。
◇
それ以来、当たり前のように監督の作品を観続けてきた者にとって、ここにお別れの日を迎えることは、実に寂しいものである。
改めて、たくさんの愛すべき作品を世に出し続け、我々に映画の素晴らしさを教えてくれた、大林監督にお礼を申し上げたい。
レビュー(ネタバレなし)
豪華絢爛のキャストには、遊び心が詰まる
さて、本作の話に移ろう。尾道にある海辺の映画館が、閉館の夜を迎える。
オールナイト興行で日本の戦争映画大特集を組むが、観客であった三人の若者が銀幕の中に入りこみ、乱世の幕末、戊辰戦争、日中戦争、太平洋戦争の沖縄と、戦争の歴史に立ち会うことになる。
映画表現も実に多様で、歴史を追うように無声映画、トーキー、アクション、ミュージカルと趣向をかえていく。
◇
三人の若者は、馬場毬男(厚木拓郎『あの、夏の日 とんでろじいちゃん』)、鳥鳳介(細山田隆人『なごり雪』)、団茂(細田善彦)。
順にマリオ・バーヴァ、フランソワ・トリュフォー、ドン・シーゲルと映画監督名をもじった役名になっている。鑑賞中は気づかなかったが。
それぞれに絡む女性陣は、希子(吉田玲)、斉藤一美(成海璃子)、芳山和子(山崎紘菜『この空の花―長岡花火物語』ほか)が、いろいろな時代の戦争で悲惨な目に遭うヒロインとして登場する。
更には、彼女たちが所属する移動劇団「桜隊」の看板女優である橘百合子(常盤貴子『野のなななのか』ほか)もいる。
男性陣の役名はダジャレだが、女性陣は『転校生』の一美、『時をかける少女』の和子、『さびしんぼう』の百合子と、由緒正しい尾道三部作のヒロイン名であり、これも集大成を思わせる。
◇
その他の俳優陣も大林組のメンバー揃い踏み。常連が随所に登場するのは、監督の作品ではお馴染みだが、今回は新旧メンバーが次々と出ては消える3時間。しかも単なるカメオ出演ではなく、それぞれが歴史上意味のある役を担っているのだ。
枚挙にいとまがないが、以下はほんの一例。ノリで分類しているだけなので、悪しからず。
- 当然の常連男優: 小林稔侍、品川徹、村田雄浩、窪塚俊介、笹野高史、長塚圭史、尾美としのり
- 当然の常連女優: 根岸季衣、入江若葉、寺島咲
- 意外だった男優: 高橋幸宏『四月の魚』、片岡鶴太郎『異人たちとの夏』、南原清隆『その日のまえに』、浅野忠信『青春デンデケデケデケ』、稲垣吾郎(?)
- 意外だった女優: 伊藤歩『理由』、中江有里『理由』、有坂来瞳『マヌケ先生』、川上麻衣子(?)
野蛮開発への抵抗
大林監督の作品は、常に新しいことへの挑戦であり、過去の成功体験を安易に踏襲したりはしない。本作は、監督の脳内玉手箱をひっくり返したような作品だというし、冒頭に映像純文学の試みだと出る。
タップダンスだミュージカルだと華やかなシーンもあれば、合間合間に中原中也の詩が紹介される。特に印象的だったのは
(中原中也『野卑時代』より抜粋)
文明開化と人云ふけれど 野蛮開発と僕は呼びます
このように、気が付かぬうちに迫り来る戦争の恐怖を、語り部として監督は次世代に警告し続けている。
思えば、前作『花筐/HANAGATAMI』は『この空の花―長岡花火物語』、『野のなななのか』に続く戦争三部作の最終章である。
それでも伝えきれない反戦メッセージを、ついにこのような監督人生の走馬灯のような形で、我々に遺してくれたのだ。
マジメ一辺倒ではなく、少し肩の力を抜いた伝え方の方が、相手に届くのかもしれない。洋画の例でいえば、『ジョジョ・ラビット』はコメディだけど立派な反戦映画であるように。
◇
だから監督は、この玉手箱に遊び心も多く仕掛けた。宇宙船も出てくれば、マヌケ先生も出るし、嘘のインターミッションの案内まである(3時間なら本当にトイレ休憩があってもよいのに)。
だが、どんなにふざけようが、監督の反戦への思いは真剣だ。小津安二郎や山中貞夫らの映画の作り手が、そうであったように。
引き継がねばいけないもの
奇しくも、本作上映前に山崎紘菜が紹介する新作映画のひとつが『ミッドウェイ』だったのも皮肉である。
公開前なので推測でしかないが、軍人目線で描かれた映画には、観る者に何らかのカタルシスを与えるのだろう。本作とは相容れない気がする。戦争娯楽大作が今なお作られる一方で、海辺の映画館の灯を消してはならない。
◇
広島の原爆投下では、ピカの瞬間で死んでしまい、ドンまで生きられなかった人が大勢いたのだという。ドンを聞いたのは、市内中心部から離れていた人なのだ。この話を聞いて、一層恐怖感が募る。
さて、最後に流れる威勢の良いブギもとても反戦的な歌詞で、3時間の幕切れにふさわしいものだった。このような軽妙で人を食った終わり方が、大林監督には似合っているように思う。
「観客が高みの見物じゃ、世の中は何も変わらない」
海辺の映画館の観客に投げつけられた言葉は、勿論、私たちにも向けられたものなのだ。
「映画で歴史を変えることはできないが、未来の歴史を変えることはできるのかもしれない」
監督が遺してくれた言葉を胸に刻んで、もうしばらく頑張ってみます。