『麗猫伝説』 今更レビュー:かつて<火サス>で放映された作品だが、中身は大林監督+円谷プロの尾道映画

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『麗猫伝説』 

日テレ<火曜サスペンス劇場>の100回記念作品として放映の大林宣彦監督作品。あの怪作がDVD化。化け猫女優で知られる入江たか子と、実の娘である若葉が共演というかダブルキャストで演じる愛くるしい猫娘。

公開:1983 年  時間:95分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:       大林宣彦

キャスト
竜造寺暁子: 
    入江たか子/ 入江若葉
志村良平/田沼譲治:
           柄本明
陽子:      風吹ジュン
水森:        大泉滉
立原:        峰岸徹

勝手に評点:2.5
(悪くはないけど)

あらすじ

若手脚本家・志村良平(柄本明)にチャンスが訪れる。電撃引退した伝説の美人女優、竜造寺暁子(入江たか子/ 入江若葉)のカムバック映画のシナリオを依頼されたのだ。

良平は早速彼女と対面するが、もう70歳以上の老人のはずの暁子は若く麗しい女性のままだった。良平は暁子の住む邸宅に住み込みでシナリオ執筆を行うことになる。

その邸宅で彼女と同居する映画監督・水森は良平に「暁子さんを抱いてはいけない」と忠告する。良平が抜擢されたのには理由があった。

レビュー(ネタバレあり)

それは、あのテーマ曲から始まる

本作は、1983年に日本テレビ「火曜サスペンス劇場」の100回記念作品として放映されたものであるが、1998年に劇場版として公開されている。

内容的にもテレビドラマというにはあまりに映画愛に満ちており、また「火サス」と呼ぶにも、大林宣彦監督らしさや円谷プロの匂いが濃厚だ。嬉しいことにDVDが先月発売された。

フォーマットは当然ながら「火サス」に則り、お馴染みの、というかとても懐かしい、タイトルバックと岩崎宏美のテーマ曲から入る。途中でCM用にドラマが途切れてアイキャッチが入るのも、30年以上前にタイムスリップした気分。

ただ、作品そのものは、瀬戸内海の小さな島、撮影は尾道、そして瀬戸内キネマなる映画撮影スタジオと、まんま大林宣彦の世界。

そして、タイトルが示すように、本作は、かつて化け猫女優として名を馳せた入江たか子と、その実の娘の入江若葉を起用して、化け猫映画(ついでにビリー・ワイルダー監督)へのオマージュ作品になっているのだ。

実の母娘だからこそ、作り出せる麗猫の世界

この母娘女優について私は多くを知らず、『時をかける少女』『廃市』といった大林監督作品で共演していた記憶くらいしかなかったのだが、本作を観る際に調べてみると、いろいろな発見があった。

知っている人には常識の範疇なのだろうけれど、入江たか子はかつて日本映画界のトップに君臨する人気美人女優だったのだ。その後、波乱に富んだ人生の末、生活のために引き受けた化け猫役があたり、以降化け猫女優の時期が続く。

そして溝口健二監督からは、自作に出演する彼女に相当口汚いダメ出しをされたという。本作は、そんな彼女を久しぶりに娘ともども主演として、映画の世界に引き戻す作品なのだ。

化け猫や、突如引退したかつての大スター女優など、物語には彼女自身のキャリアに重なる部分も多い。タイトルからして、化け猫などではない、<麗猫>なのだ。大林監督は入江たか子最大の敬意を払っているのだろう。

そして、母親の面影を残す、色香のある麗猫をダブルキャストで娘・入江若葉が演じる。これは、この母娘あってこその企画であると実感する。

時折、若葉からたか子にすり替わるシーンは、大林監督お得意の画面の周辺だけをモノクロにした美しい映像なのだが、登場のさせ方はホラー、というか怪談だ。

この扱いは、いくら高齢だからとはいえ往年の大女優がご立腹なのではと心配になった。

が、エンドロールでは、彼女が娘と同じ衣装で仲良くふざける撮影の合間のカットが出てくる。顔立ちの似た母娘の自然な笑顔が美しく、入江たか子も私の心配をよそに結構楽しそうだ。化け猫役にも、女優としての矜持があったに違いない。

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他の共演者も当然ながらみな若い

売り出し中の脚本家・志村良平と、暁子のかつて愛した俳優・田沼譲治を柄本明が演じる。田沼などは、なかなか二枚目である。暁子が二人で一役なら、柄本は一人で二役だ

映画の筋など言わずとも、年を取らない化け猫女優がいたら、生気を吸い取られる男性が必要なわけで、次第にやつれていく志村の顔をみると、その後の『異人たちとの夏』の風間杜夫に続く系譜を感じる。

対照的に、ヒロイン役といえる陽子の風吹ジュンは、健康的な魅力にあふれている。この時代のテレビ番組なら脱がしにも寛容だっただろうが、さほど過激な感じにはならない。

ゆったりした服装にダボダボのズボンとサスペンダーと、舞台が尾道ゆえ、さびしんぼうが成長したような格好が印象的。

そして、大林映画の伊達男といえば峰岸徹。今回は狂言回しのようなカメラマン役なのだが、そのダンディぶりはすっかり笑いの域に達している。

『瞳の中の訪問者』のマントの男や、『ねらわれた学園』の胸に目玉の宇宙人の頃は、まだ笑っていいのか微妙な設定だった。今回は白いスーツ姿で瀬戸内海を歩いて暁子の島にやってくる無茶な設定が、妙に似合っている。

彼が映写機になったように口から映画フィルムを吐き出しながら死んでいるという、ちょっと意味わからない死に様も、猟奇殺人的で映画としてはイケてる。

延々と口から出てくるフィルムは、まるで監督の初期の作品『喰べた人』セルフオマージュのよう。

その他、コメディリリーフの多い大泉滉には珍しく格調の高い演技で観客を惹きつけ、ゴジラでお馴染み平田昭彦と松下電器製テレビ<クイントリックス>のCMが懐かしい坊屋三郎の映画屋さんコンビ。

なぜか西部劇のように登場する佐藤充や、妙に目立っている内藤陳など、共演者もユニークな人材揃い。

真実はいつでも、映画の夢の中にのみある

ホラー映画というには、Jホラー慣れした現代基準でいうと無理があるが、怪談映画として観る分には、そこそこ怖いし、そして、麗猫の動きも微笑ましい。

こんな作品が、普通に「火サス」で放映されていたなんて、当時はまったく認識していなかった。時代を経てようやく鑑賞できたのは、大変うれしい。

「真実はいつでも、映画の夢の中にのみあるのだ」

それをテレビドラマで言い切ってしまう映画愛は、さすが大林監督らしい。