『箱の中の羊』
是枝裕和監督が贈る、亡き我が子に生き写しのヒューマノイドとの暮らしを選んだ夫婦の物語
公開:2026年 時間:125分
製作国:日本
スタッフ
監督: 是枝裕和
キャスト
甲本音々: 綾瀬はるか
甲本健介: 大悟(千鳥)
甲本翔(かける): 桒木里夢
日高玄: 寛一郎
小滝亜利寿: 清野菜名
山縣昭男: 田中泯
西村信代: 余貴美子
今野詩季: 柊木陽太
羽野潤一: 角田晃広
羽野佳澄: 野呂佳代
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
少し先の未来。建築家の甲本音々(綾瀬はるか)とその夫で工務店の二代目社長を務める健介(大悟)は、2年前に亡くした息子・翔の姿をしたヒューマノイド(桒木里夢)を迎え入れることになる。
ヒューマノイドが到着した日、翔と同じ笑顔と声をした彼を音々が喜んで迎える一方で、健介は戸惑いを隠しきれず硬い表情を浮かべる。
家族の時間は少しずつ動き出すが、やがて予期せぬ事態が起こり、夫婦が息子の死に対してそれぞれ抱えていた想いがあらわになっていく。そんな中、翔はひそかにヒューマノイドの仲間たちとつながりはじめる。
レビュー(まずはネタバレなし)
「おかえり」と「いらっしゃい」
亡くなった子供に生き写しのロボットを手に入れて、元の生活を取り戻そうという発想は『鉄腕アトム』の時代から何度も作品化されているが、AIの進化がここ数年で急加速したことで、すっかり現実味を帯びてきた感はある。思えば石井裕也監督の『本心』(2024)も、死んだ母をAIで蘇らせる話だった。
◇
是枝監督のオリジナル脚本による本作は、綾瀬はるかと大悟の演じる夫婦のもとに、2年前に亡くなった息子と生き写しのヒューマノイドがやってきて、一緒に暮らし始める近未来SFだ。
舞台が鎌倉近辺だけに、綾瀬はるかが長女を演じた是枝作品『海街diary』を連想してしまうが、江ノ電こそ登場するものの、ドローン配送だとかEVの普及だとかで、ほんの少し未来の設定を醸し出しているせいで、まったく別物の印象にはなっている。

死んだ家族との向き合い方はデビュー作『幻の光』から是枝裕和が追いかけているテーマといえるが、むしろ人形が人間の心を持ってしまう『空気人形』に近い話なのではと想像していたところ、意外な方向に話が進んだので驚いた。
◇
愛する我が子を失ってしまったことは不幸な出来事ではあるが、その寂しさや悲しみを、ヒューマノイドとの生活で埋め合わせしようという行動の受け止め方は人によって異なる。
息子の翔(かける)の姿をしたヒューマノイド(桒木里夢)が家に届けられると、母であり建築士の音々(綾瀬はるか)は「おかえり」と抱きしめる。
だが、父であり工務店二代目社長の健介(大悟)は、「いらっしゃい、やな。わしのことはおじさんでええよ」と、距離を置く。
キャスティングについて
一緒に暮らしていくうちに、この夫婦とヒューマノイドとの関係は微妙に変化していく。
傍目からは人間と見分けのつかないせいもあるが、この奇妙な暮らしに異を唱えない周囲の人々の中で、ただ一人、突然おしかけてきた音々の母(余貴美子)だけが単刀直入に本心をぶつける。
「そんなルンバみたいなのと暮らすなんて気持ち悪い。いつまでも過去にしがみついてないで、まだ若いんだから、また次の子供を作りなさい」

勿論、娘とはぶつかり合うが、この親の気持ちはよく分かる。かつての是枝作品なら、ここは樹木希林が演じる役どころだろうが、ちょっとガサツな雰囲気の余貴美子がうまい。
◇
綾瀬はるかは先日公開の『人はなぜラブレターを書くのか』に続き、気丈でしっかり者のキャラを演じ、さすがの安定感だが、対照的に夫役で演技初挑戦の大悟(千鳥)がなかなか良かった。
演技というよりも地で行けるキャラを是枝監督があて書きしているのかもしれないが、実に自然な所作や台詞回しで、やらされている感じがない。
◇
オーディション選抜のヒューマノイドの子役、桒木里夢はあどけないルックスと大人びた台詞との組み合わせが面白く、なるほどロボットにも見えるキャストとはこういうものかと思った。

『怪物』では可愛い小学生だった柊木陽太が出演すると聞いていたので、てっきり彼がヒューマノイド役なのかと思っていたが、もう随分成長していて別のリーダー役だった(当然か)。
事件か事故か
さて、物語ではなかなか語られずに中盤までひっぱっているモノに、翔(かける)少年の死因というのがある。
連続児童誘拐事件というのがドラマに並行して発生している匂わせがあるものの、少年は事件で亡くなったのか、事故や自殺なのかということは言及されずに話は進む。これが後半の展開の鍵を握る材料のひとつになっている。

この手の物語には、ヒューマノイドをメーカーに返却して、夫婦が未来に向けて次の一歩を踏み出すか、それともヒューマノイドの我が子と暮らし続けて心の平穏を重んじる人生を選ぶのか、いずれかの結末しかないのかと思っていたが、この映画は、それ以外の選択肢を導いてきた。
それがしっくりくるのかは受け手次第だとは思うが、これまで多くの作品で、血が繋がっていてもいなくても、「家族」が一緒に生きていくことにこだわり続けた是枝監督にしては、ちょっと突き放した感のある話になっていたように思う。
結局、亡き子供に生き写しのロボットというのは、ヒューマノイドが自ら望んだ姿ではないわけで、鉄腕アトムも御茶ノ水博士に引き取られるまでは、そこに苦悩があったんじゃなかったっけ?
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
木材と人工素材との組み合わせというのは、本作においてひとつのテーマになっていて、それゆえにこの夫婦はともに建築の仕事に携わっている設定なのだろう。
そして、ヒューマノイドもまた人工素材の結集であり、彼らは人間社会からは訣別し、ひそかに仲間がネットワークを構築し、森の中で生きていこうとする。
◇
人間とAIの対立構造は、どうしても『ターミネーター』の世界に代表される最終戦争勃発へと繋がっていきがちだが、本作のヒューマノイドたちは、ひっそりと集団生活をしていく準備をするのが興味深い。

ただ、このヒューマノイドの10名足らずの集団の中には、人間の子どもも数名含まれ、それが森の中で生きていくのはありなのか、そんな行動をとるのはロボット三原則に反しないのか、などと少々疑問に思った。
◇
「箱の中の羊」とは、本編にも登場するが『星の王子さま』の中のエピソードに由来している。箱の中に入れて相手に渡せば、受け取った側は、自分の希望通りのものを想像する。ヒューマノイドの中身は亡くなった我が子だと思って暮らしてきたが、実際はそうではなかった。
夫婦の言い合いで本音をぶつけ合う中で綾瀬はるかが広島弁に戻ったり、大悟がヒューマノイドに息子への謝罪を不器用に語ったりと、本作ならではの名場面も多い。

ただ、子供の取り違え問題で、血の繋がりと一緒に暮らした時間のどちらが重要かという選択を突きつけた『そして父になる』のウェットなドラマ性に比べると、ヒューマノイド相手の本作はやはり盛り上がりに欠ける感は否めない。
夫婦が暮らすモダンな作りの一戸建て住宅は、建築家の住まいとしてはこれ以上ない物件だとは思うが、家の中が整然としすぎていて生活感がなく、『そして父になる』で福山雅治が住むタワマンに近い。
結局、近未来でも家族ドラマに欲しいのは、阿部寛の実家の団地部屋だったり、『万引き家族』のくたびれた平屋なんだよなあ。
