『冬薔薇』
阪本順治監督が、伊藤健太郎のためにあて書きした脚本で臨む、不器用な男たちの物語。
公開:2022 年 時間:109分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
学校にも行かず、半端な不良仲間とつるみながら、友人たちから金をせびってダラダラと中途半端に生きる渡口淳(伊藤健太郎)。
両親の義一(小林薫)と道子(余貴美子)は埋立て用の土砂をガット船と呼ばれる船で運ぶ海運業を営むが、時代とともに仕事も減り、後継者不足に頭を悩ましながらもなんとか日々をやり過ごしていた。
淳はそんな両親の仕事に興味を示すこともなく、親子の会話もほとんどない状態だった。ある日、淳の仲間が何者かに襲われる事件が起きる。そこで思いも寄らぬ人物が犯人像として浮かび上がる。
レビュー(まずはネタバレなし)
チャンスをもらった
「伊藤健太郎で一本映画を撮ってほしい。」阪本順治監督が映画会社からのオファーを引き受けて完成した一本。実に29本目の監督作品となる。
人気絶頂だった2020年に自動車事故を引き起こした後の行動が問題となり、活動を自粛していた伊藤健太郎には、願ってもないような復活の機会だ。
◇
本作には『亡国のイージス』(2005)以来実に17年ぶりに阪本組に帰ってきた真木蔵人も登場する。彼もかつてトラブルで芸能界を追放されかけていた頃に、阪本順治監督の『傷だらけの天使』(1997)に出演している。
本気で役者を続ける気があるなら、復活のチャンスを俺が与えてやる。そういう親分肌なところが、きっとこの監督にはあるのだろう。そうでなければ、石橋蓮司を筆頭に、名だたる実力派俳優たちがこぞって阪本組に心酔するはずがない。
チャンスは作ってやるが、甘やかすつもりはない。そういう阪本順治監督の胸の内がみえるような作品だ。伊藤健太郎は主役であるが、今回演じる渡口淳という青年は、今まで演じてきたような、キラキラ系でも爽やか系でもない。
親のすねをかじって服飾デザイナーの学校に通わせてもらうものの、ろくに学校にも行かず、不良仲間とつるんで中途半端に生きているだけの若者。半グレとしてツッパっているのならまだサマにもなるが、兄貴分の言いなりになっているだけのヘタレな男なのである。
横須賀ストーリー
淳の父・義一(小林薫)と母・道子(余貴美子)は、土砂運搬船で沖の埋め立て地まで土砂を運ぶ仕事を夫婦で切り盛りしている。ガット船というのだそうだ。
義一の先代の頃は高度成長期で仕事も潤沢だったろうが、今では仕事も乏しく、青息吐息だ。従業員である船員は沖島(石橋蓮司)、永原(伊武雅刀)、近藤(笠松伴助)。合計年齢200歳超えの三名だが、バカを言い合いながら職人仕事をしていく姿が楽しい。
阪本順治監督は『人類資金』(2013)の撮影でガット船の存在を知ったそうだ。土砂の運搬船、一見地味な仕事ではあるが、映画で見ると、その仕事の流れは意外と面白い。
家族経営のガット船はどうにか生き長らえているが、とても息子に後継者になれといえるような将来性はない。だが、口下手な父親は、淳には何も語らない。
兄が亡くなって自分が一人息子なのに、なぜ家業を継げと言ってくれないのか。実際は継ぐ気もないのに、いつしか淳は両親から距離を置くようになり、家を出ては悪い仲間とつきあうようになる。
◇
淳の登場シーンは、いきなり不良連中とのケンカである。仲間数人で敵に向かっていき、指示を与えるだけのヘッドが美崎(永山絢斗)、次々と相手を倒す武闘派の玄(毎熊克哉)。
腰が引けている淳は、美崎の命令で突撃するが反撃される。この一戦だけで、チームの力関係がよく分かる。不良にもなりきれず、いい加減な気持ちでデザイナーに憧れ、何でも他力本願でふらふらと生きている淳。
◇
半グレ連中とガット船のおじさん連中。一体どのように繋がっていくのかと思っていると、母・道子の弟である中本裕治(眞木蔵人)が、息子の貴史(坂東龍汰)とともにこの町に現れる。
裕治は失業し、ガット船で雇ってもらうことに、そして学校の先生をやっていた貴史は、塾講師として働き始める。ここから、ドラマは意外な方向に転がり始める。
阪本組の面々
阪本映画の魅力は、常連も新参者も、出演者が出番の多寡にかかわらず生き生きと役を演じていることだ。楽しそうに見えるといってもいい。
情けない父親役の小林薫と、強く優しい母親の余貴美子。今回はあえて目立たないようにしていると見える伊武雅刀。阪本組常連の笠松伴助。ベテラン勢はみな絶大な安定感。
◇
美崎の妹・智花には『女子高生に殺されたい』(城定秀夫監督)から『サマーフィルムにのって』(松本壮史監督)まで、幅広い活躍の河合優実。淳の唯一の学友(なのか?)と思われる友利に、『怒り』(李相日監督)の沖縄の純朴な少年が今も印象深い佐久本宝。
従兄の貴史には『フタリノセカイ』(飯塚花笑監督)の坂東龍汰。同作で共同主演だった片山友希を阪本監督は前作『弟とアンドロイドと僕』のヒロインに起用しており、よほど二人の演技に感銘を受けたのか。
そして、今回の出演者で特に光っていたと思えるたのは、まず君原玄を演じた毎熊克哉。ひとり武闘派でハードボイルドだからね、今回の役はカッコよすぎる。『ケンとカズ』(小路紘史監督)を観直したくなった。終盤に玄が乗ってるクルマがまた、日産レパードだもの。似合うわ~。『あぶ刑事』意識したのかな。
◇
玄とは次第にソリが合わなくなるリーダーの美崎を演じた永山絢斗も、なかなか繊細なキャラが良かった。『ふがいない』頃から、だいぶ強そうになったじゃないか。子分の前では虚勢を張るけど、中間管理職の悲哀もあったりして。永山絢斗がこういう不良系やるのは意外。そう思ったけど、『クローズEXPLODE』でもヤンキーやってたっけ。
そして中本裕治役の眞木蔵人。演技が云々という前に、立ち姿がサマになるんだな。一年中サーフィンとスノボに明け暮れているだけあって、圧倒的に目立つ。彼ももう50歳か。髭面も似合うし、カッコいい年齢の取り方だなあ。
◇
年齢の取り方といえば、忘れてならない石橋蓮司。家族にも見放され、船室にひとりで暮らすベテラン船員の沖島を演じる。彼が画面のどこかにいるだけで、温かみを感じるし、やはり阪本組といえば、このひとありきだと思える。
愛だろ、愛の鞭
これだけの俳優勢で布陣を組んで、伊藤健太郎に主役をやらせるのは、阪本順治監督の愛の鞭なのだろう。役者として再起を目指すのなら、こいつらの演技に伍するようなものを見せてみろ、そういう試練なのではないかと勝手に思っている。
カッコ悪い役を伊藤健太郎にあてたのは、試練であると同時に、すぐにいい役もらいやがって、という世間的な反発を回避するねらいもあるのかもしれない。冒頭の喧嘩バトルで活躍してしまうようなキャラでは、ダメなのだ。
冬の薔薇と書いて、冬薔薇と読ませる。冷たい冬の風のなかでも健気に花を咲かせる品種。本編でも、夫が思い付きで買ってきた冬薔薇の苗を、妻が世話をして育てる。この花のように、厳しい環境でも親子の関係はしっかり実を結ぶことができるのだろうか。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
何でもいいから言ってくれよ
前半はどこにでもありそうな、親子関係の不和と不良連中との腐れ縁。ガット船と横須賀の舞台というのは面白いが、あとはとりたてて目新しくない題材だと思ったのに、そこは演出と出演者の妙なのか、ドラマとしてはグイグイと興味を引く展開を見せる。
美崎の妹・智花が何者かに襲われたあたりから、話は若干サスペンス要素も持ち始めるが、真犯人よりも、ドラレコの普及率ってすげーな、というか、もはや日本は監視カメラだらけの社会なのだという事実に、今更ながら驚愕する。
ドラ息子で問題ばかり起こす淳にうまく向き合うことのできない両親。親も子も不器用なのだ。何も語ってくれないし、突き放されていると感じる淳。
「『死んじまえ』でもいいからさ、なんか言ってくんねえかな」
父親に直談判する淳。それでもうまく言えない父親。
あて書きというけれど
阪本順治監督らしく、冬薔薇のようにきれいに家族仲が復活して大団円のドラマではない。伊藤健太郎をあて書きしたというが、主役のダメダメなキャラが最後まで変わらないのは結構辛辣だ。
結局デザイナーの学校は退学し、散々迷惑をかけてきた友利を頼って、彼の働く実家に働かせてもらおうとする淳。だが、友だちと思っているのは本人だけで、都合よく頼られてばかかりだった友利には愛想を尽かされる。それでも反省せず荒れまくる淳という男のキャラクターは、ハッピーエンドを許さない。
◇
帰る家もなく傷ついて雪の路地裏にしゃがみ込む淳に、「俺たちダチだろ」と救いの手を差し伸べるのは、同じように孤独になっていた美崎。それが本当の友情なのかは知らないが、雪の中に咲く薔薇のように、淳にはきらびやかな存在に見えたのか。
エンディングは意外ではあったが、安易な予定調和で終わらせないのは、阪本監督が伊藤健太郎をあて書きをしたという本作にふさわしいと思った。