『てっぺんの向こうにあなたがいる』
阪本順治監督が吉永小百合を再び主演に向かえて贈る、女性登山家の成功と苦悩
公開:2025年 時間:123分
製作国:日本
スタッフ
監督: 阪本順治
原案: 田部井淳子
『人生、山あり“時々”谷あり』
キャスト
多部純子: 吉永小百合
(若い頃) のん
多部正明: 佐藤浩市
(若い頃) 工藤阿須加
多部教恵: 木村文乃
多部真太郎: 若葉竜也
北山悦子: 天海祐希
(若い頃) 茅島みずき
新井涼子: 和田光沙
岩田広江: 円井わん
清水理佐子: 安藤輪子
丸山かおる: 中井千聖
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
1975年、エベレスト日本女子登山隊の副隊長兼登攀隊長として、世界最高峰エベレストの女性世界初登頂に成功した多部純子(吉永小百合)。
その偉業は世界中を驚かせ、純子自身や友人、家族たちに光を与えたが、同時に深い影も落とすこととなった。
登山家としての挑戦はその後も続き、晩年には闘病生活を送りながら、余命宣告を受けた後もなお、純子は笑顔で周囲を巻き込み、山に登り続けた。
レビュー(ネタバレあり)
山岳映画ではなかった
阪本順治監督の『北のカナリアたち』(2012)以来となる吉永小百合主演作品。
エベレストに女性で世界初登頂に成功した登山家・田部井淳子の実話を、エッセイ『人生、山あり“時々”谷あり』を原案とする形で描いている。夫の多部正明役には、阪本監督の盟友・佐藤浩市と、布陣としては申し分ない。
この作品の評価は、観る側がどういう映画を期待していたかによって大きく異なるのではないかと思った。阪本監督の撮る作品はバラエティに富むため、本作のような小恥ずかしくなるような夫婦愛の作品だってあり得るとは思う。
だが、バイオレンスから社会派、或いは緩めのコメディと、それぞれのジャンルでかなり振り切った作品を撮ってきた監督のイメージから、私にはやや生ぬるい作品に見えた。
勿論、ベースとなる田部井淳子の登山家としての輝かしい功績や生き様にケチをつけるつもりは毛頭ないし、山の上での撮影の並々ならぬ苦労なども感じ取ったつもりではある。
山岳映画といえば、西田敏行の『植村直己物語』に始まり、『八甲田山』や『劔岳 点の記』、『岳 -ガク-』などが思い浮かぶが、厳しい状況下に決死の覚悟で山にアタックし、ついには登頂するところでクライマックスを迎えるものが多い(例外もあるが)。
だが、この映画は前半に若かりし頃の多部純子(のん)がエベレストの初登頂に成功する場面はあるが、それ自体は大した盛り上がりを見せず、むしろその後の彼女の苦悩が描かれている。
だから、この作品は登山家の山岳映画とはいえないのかもしれない。山女たちの話ではあるが、描きたいのは自由に生きる彼女を支える夫や子供たちの姿なのだろう。そもそも、タイトルが『てっぺんの向こうにあなたがいる』だもの。
こんな生ぬるいのは山岳映画ではないと私が不満を述べたところで、タイトルをよくお読みになりましたかと諭されるのがオチなのだ。
山女にゃ惚れるなよ
そうか、この映画は山岳ものではなく難病ものなのか。映画では、突然に腹膜ガンでステージ4だと宣告される純子(吉永小百合)が、「3か月なんかでは死にませんので」と持ち前の強気な性格で登山を続け、1年以上も元気に闘病生活を続ける。
そんな純子を夫や娘(木村文乃)、息子(若葉竜也)、そして昔からの登山仲間でジャーナリストの北山悦子(天海祐希)が支える。まったく湿っぽくない、陽気な難病ものといえる。
◇
病気になっても悦子を誘って山に登りテントを張り、そこで歌詞を山女バージョンに変えた「山男の歌」を合唱してバーボンを飲み明かす。終盤にターミナルケアを受けるようになった病室で、純子は見舞いに来た悦子と再び「山女の歌」を歌う。
この合唱演出が私はベタすぎて苦手だ。『北のカナリアたち』の「カリンカ」合唱を思い出す。阪本監督はよほど吉永小百合に歌わせるのが好きなのか、本作ではウィッグかぶってシャンソンまで披露。

映画出演124本目という日本映画界の至宝、吉永小百合の主演作となれば、それだけで盲目的に高評価してしまうサユリストの皆さまは、こういう演出に大満足なのだろうな、きっと。
まあ、確かに実年齢で16歳も年下の男の子になる佐藤浩市を相手に夫婦役を自然に演じてしまうのだから、この大女優がLiving Legendであることに異論はない。
吉永小百合と三國連太郎が共演した大林宣彦監督の『女ざかり』では、三國は彼女にフラれる役だったけど、息子の代で佐藤浩市が夫婦役を果たすとはなあ。次は寛一郎もあるか。

女性登山隊の栄光と苦悩
映画として楽しんで観られたのは、のんと工藤阿須加が演じた、若い頃の二人の時代の回想シーンであり、こちらは昭和の時代考証もよく出来ていて懐かしく感じた。
ウーマンリブの時代にまだ順応できていない企業経営者も多い中、活動資金集めに四苦八苦しながら、どうにか女性登山家だけでエベレストを目指す。
だが、悪天候やアクシデントが続き、山頂にたどり着けたのは、リーダー(和田光沙)が選んだ純子ただ一人。帰国後に日本のマスコミは大さわぎで持て囃す。ホテルの記者会見に臨むのんが『私にふさわしいホテル』の場面とかぶる。

でも、のんが若き純子役に合っていたのかはやや疑問。彼女の独特の声と演技では、エベレスト登頂も楽勝のようで、偉業に見えないのだ。
この登頂はただの成功譚として扱われるのかと思ったら、「純子だけが登頂し、自分たちは不遇だ」と他の女性隊員たちがチームを離れていく展開は予想外で新鮮だった。
彼女が背負っていた十字架
「偉大な女性登山家の子」と周囲から見られて重圧を感じグレていく息子の若葉竜也が、「母さんは正しいよ、いつも。だから人が離れていくんだよ!」と言い放ち、純子は傷つく。それは、エベレスト登頂以来、彼女が背負い続けた十字架だったからだ。

反抗期だった息子は父親にも牙をむき責める。
「父さんだって、足の指が全部あれば、自分も登りたかったはずだ!」
若き日の父・正明が足の指を欠損しているのが分かるカットがある。何も説明はないが、登山家だった彼は、山で凍傷を負い、指を失うことになったのかもしれない。
息子には、「そんな気持ちはない。二度と口にするな」と答えたものの、それは図星だったと正明は後年、純子に語る。家族の死期が近づくということは、本音を語りだすことにも繋がるのだと思った。

難病ものでありながら、この作品には純子の臨終場面はない。彼女は病床で笑顔を見せて眠り、手元には家族への感謝を記したメモ、そして頭の中では、夫婦で登山中。
そこでのキスシーンが、本作のクライマックスとなっている。だって、てっぺんより大事なものなのだから。ここ往年のファンはメロメロになるとこか。
でも、てっぺんの向こうに人影がみえたら、それはあなたではなくてブロッケン現象というやつではないか。
