『峠 最後のサムライ』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『峠 最後のサムライ』考察とネタバレ|最後のクロサワにいつまでこだわるのだ

スポンサーリンク

『峠 最後のサムライ』

司馬遼太郎の原作を小泉堯史監督が映画化。長岡藩の英傑・河井継之助のサムライ人生。

公開:2022年  時間:114分  
製作国:日本

スタ
牧野忠恭:    仲代達矢
川島億次郎:   榎木孝明
花輪求馬:    渡辺大
山本帯刀:    AKIRA
徳川慶喜:    東出昌大
松平定敬:    矢島健一
月泉和尚:    井川比佐志

勝手に評点:2.0
(悪くはないけど)

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

ポイント

  • 本作のみで河井継之助の生き様を語るのはさすがに無理があり、この男がどういう人物像で、何をやろうとしていたのか知りたければ、結局司馬遼太郎原作に頼らざるを得ない。役所広司の安定感と、吉岡秀隆の意外性は良かったが、これでは時代劇復興の日は遠い。

あらすじ

徳川慶喜の大政奉還によって、260年余りにも及んだ江戸時代が終焉を迎えた。

そんな動乱の時代に、越後長岡藩牧野家家臣・河井継之助(役所広司)は幕府側、官軍側のどちらにも属することなく、越後長岡藩の中立と独立を目指していた。

藩の運命をかけた継之助の壮大な信念が、幕末の混沌とした日本を変えようとしていた。

レビュー(ネタバレあり)

越後長岡藩・河井継之助

コロナ影響により公開時期が二年ほど延びてしまったという印象が強い。その間に、原作である司馬遼太郎『峠』の上・中・下巻を読み込むことができた。

いや、それにしても小泉堯史監督は、よくこの原作を映画化しようと思ったものだ松竹で企画にゴーサインが出たことに驚く。

時代は大政奉還の江戸末期、主人公は越後長岡藩牧野家家臣・河井継之助西郷、大久保、勝海舟といった大衆の英雄の陰にあり、一般の知名度はすこぶる低い幕末の英傑

歴史に埋もれていた坂本竜馬の名を世に知らしめたのは司馬遼太郎の功績とされるが、河井継之助の場合は、同じようにいかなかったのだろう。私も原作で初めて彼の生き様を知った一人だ。

この無名の英傑を主人公にした大長編を、はたして面白い映画にできるのかというのは、興味深い点であったが、残念ながら、個人的にはあまり感銘を得られなかった

昨今の娯楽性の高い大河ドラマに比べて、チャンバラ活劇や合戦シーンに重きを置かない本作には、若い世代を時代劇の世界に呼び込もうというねらいはないのだろう。

あくまで、最後のサムライとしての、河井継之助の生き方に焦点を当てた作品なのだ。それは理解したうえで、なお、踏み込みが足らないように思えてしまう。

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

役所広司はどんな役でも自分のものに

主人公の河井継之助を演じた役所広司はさすがに本作でもいい演技を見せる。彼がいなければ、本作は成立しえなかっただろう。

『蜩ノ記』に続く小泉堯史監督作品の主演だが、同作の藩主に蟄居を命ぜられた武士・戸田秋谷に比べ、今回の河井の生き様は伝わりにくい。

開明論者であり封建制度の終焉を見通し、雪深い長岡藩の地政学的な不利を痛感しながら、一個の武士として藩主の牧野忠恭(仲代達矢)に奉公する。

強烈な自己規律を他者にも求める一方で、夜ごと芸者遊びに大金を費やすという硬軟あわせ持つ人物像

こういった人物の描写に大長編の半分以上を割いている原作があればこそ、河井がなぜ激動の天下のなかで、幕軍にも官軍にも属さぬ中立国としての長岡藩の生きる道を模索したかが、どうにか理解できるのだ。

それを終盤部分の、戦わないはずの長岡藩を率いて戦争に持ちこむパートを中心に描いている本作が、原作未読の観客にどこまで共感を得られるのか、余計な心配をしたくなる。

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

キャスティングについて

映画は冒頭、いきなり徳川慶喜(東出昌大)による大政奉還の場面から入るので、心の準備ができていない者には面食らう。そこからしばらくは、ナレーションによる歴史の授業だ。

これは前知識のない観客には親切なのだろうが、そんな人は本作を観るか? 映画の導入部分としては長いし、やや興ざめだ。

この東出昌大もワンシーンのみだし、河井が仕える藩主の牧野忠恭(仲代達矢)の出番が少ないのは更に残念だった。

仲代達矢小泉監督は黒澤作品の助監督時代のつながりもあるし、小泉堯史の初監督作『雨あがる』にも出演。それに何といっても役所広司とは無名塾の師弟関係もあるわけで、せっかくならもう少し共演シーンを堪能させてほしかった

スポンサーリンク

他に主なキャスティングでいえば、藩医で河井の相談相手でもあった小山良運佐々木蔵之介、河井とともに藩を支えた川島億次郎榎木孝明

北越戊辰戦争の古戦場、榎峠で戦うから榎木孝明を起用したわけではなかろうが、役所広司と同様、彼のサムライ姿も絵になる。

河井の家族は、妻のおすが役に松たか子。彼女もいつも通り時代劇の立ち振る舞いが美しい。両親には父に田中泯、母に香川京子と、これもまた黒澤作品を思わせる風格。

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

吉岡秀隆の意外性

本作で拾い物だったキャスティングは土佐藩の岩村精一郎を演じた吉岡秀隆。小泉作品には『博士の愛した数式』以来十数年ぶりの参加となるのだが、今回はいつもの人の善さも情けなさも封印して、憎まれ役に徹する。

『博士の愛した数式』では彼の起用シーンに私は拒絶反応を示したのだが、今回のは好き。意外性の配役が奏功したと思う。ただ、映画の脚本的には、この岩村だけに実質、新政府軍の代表を担わせるのは荷が重い。

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

原作では、この若造は鼻っ柱が強く、河井の嘆願書も受け取らず宣戦布告となる。ここにもっと政治力に長けた山縣有朋黒田清隆がいれば、歴史は変わっていたかもしれない。

そんな物語の機微もなく、またカメオ出演の吉岡秀隆以外、新政府軍の幹部の顔がまるで見えないところが、映画的には面白味を削いでいる。

勝てぬが、負けもせぬ

河井がおすがを無理やり芸者遊びに連れて行き、長崎で覚えたカンカン踊りを披露して一緒に座敷で踊る。彼の人物を知るエピソードとしてこれが相応しいかはともかく、シーンとしては楽しい。

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

そして帰りの夜道では自分に闇討ちを企てる連中相手に説教をする。「武士として、官軍に降伏すべきだ」と河井に食って掛かる若侍たちに、「薩長の口車に乗るのか!」と一喝する河井。

あくまで戦いを避けると言い続けてきたが、ついに応戦せざるを得なくなる。夜中に沼を渡って先制攻撃。このシーンは日中に撮影したものを、夜のシーンに加工したものらしい。だからなのか分からないが、失礼ながら迫力がない。

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

敵陣営に対し圧倒的に兵力で劣る長岡藩が、暗闇の中で先制攻撃をかけて敵を不安に陥れる。人数差を悟られぬよう、けして銃を撃ってはいけない。刀を使うのだ。原作にあった緊迫感は、どうにも乏しい。

一旦は取り返した長岡城だが、ものの数日で再び奪還される。もはや勝ちはない。

「河井さま、勝ちはしないが長岡は負けぬ、そう仰って、このありさまは何事ですか!」

昔から知る町娘のむつ(芳根京子)が河井を責める。

長岡藩は河井には小さすぎた

「武士の時代は滅びるぞ」と日頃言い、先見性は誰にも負けない河井継之助だが、会津藩や米沢藩、桑名藩といった周辺諸国を助けず、かといって薩長の新政府軍にも加担せず、ひたすら中立国であろうとした。

だが、維新史上最も壮烈といわれる北越戦争への突入は避けられなかった。<最後のサムライ>というものの、この男の生き方は、地元長岡でもけして多くの人に賛同を得られてはいないという。

「長岡藩はこの河井という男には小さすぎた。それは、藩にも河井にも不運なことだった」という趣旨のことを司馬遼太郎は書いていたと思うが、映画にからはあまり伝わらない。

(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

時代劇が派手な面白さが必要なわけでなく、地味な佳作もあってよい。

本作がそこをねらったのかは知らないが、河井の人物像を掘り下げて伝えるのには、さすがに脚本に無理があった。長編を映画化するのに割り切りは必要だが、せめてあと30分は欲しかった。

ラストに詩歌を画面表示し、出演者に情感たっぷりに朗読させ、泣かせる音楽を付けるのも、小泉堯史監督の好きな手法のようだ。

これは好みの問題なので、人それぞれに感じ方は違うだろうが、どうもあのウェットな締め方は苦手なのである。