『幻の光』考察・ネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『幻の光』今更レビュー|ショムニに配属される少し前の時代の話

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『幻の光』

宮本輝原作を映画化した是枝裕和監督のデビュー作。

公開:1995 年  時間:110分  
製作国:日本
 

スタッフ 
監督:     是枝裕和
脚本:     荻田芳久
原作:     宮本輝 『幻の光』

キャスト
ゆみ子:    江角マキコ
郁夫:     浅野忠信
民雄:     内藤剛志
勇一:     柏山剛毅(子役)
友子:     渡辺奈臣(子役)
道子(母):  木内みどり
喜大(義父): 柄本明
とめの:    桜むつ子
マスター:   赤井英和
初子(大家): 市田ひろみ

勝手に評点:2.5 
 (悪くはないけど)

あらすじ

祖母の失踪という幼い頃の思い出を引きずるゆみ子(江角マキコ)は、子どもを授かり、夫の郁夫(浅野忠信)とともに幸せに暮らしていた。

しかしある日、動機がわからないまま郁夫は突然自殺をしてしまう。再び愛する者を引き止められなかったゆみ子は、悔恨の思いを秘めながら奥能登へと嫁いでいく。

今更レビュー(ネタバレあり)

是枝伝説の始まり

宮本輝による同名の短編小説を映画化した、是枝裕和監督のデビュー作。

祖母が、そして次に夫がなぜか突然、生への執着を捨てて消え去ってしまう悲しい記憶に苛まれる主人公のゆみ子を、本作が女優デビュー(引退してしまったが)となる江角マキコが演じる。

監督も主演も本作が処女作という点では、実にしっかりとした落ち着きのある仕上がりではある。だが、言い換えれば、落ち着きがありすぎて、あまりに躍動感のない作品でもある。

以前に本作を初めて観たときには、あまりの暗さと静けさに、途中で匙を投げそうになった。ストーリーにしたって、決して難解ではないが、ポイントがつかみにくい構成になっている。

勿論、映像も内容もどんよりと暗いことに変わりはなく、それこそ心身が弱っているときには、海の光が見えそうになるので(意味は後段で)敬遠すべき作品ではある。

正直、苦手な部類の作品であったが、今回、宮本輝の原作も読み、改めて観てみると、だいぶ面白味が分かるようになった。

郁夫との夫婦生活

映画はゆみ子の少女時代。「宿毛で死にたいけん、四国に帰るんじゃ」と勝手に家を出ていく祖母をゆみ子は止めきれずに、そのまま祖母は失踪し帰らぬ人に。

狭いアパートには父(大杉漣のワンカット出演)と母(木内みどり)。戦時中のガード下のようなロケ地はどうみても横浜は鶴見線の国道駅だが、たしか設定は兵庫県の尼崎あたり。会話も関西弁だし。

原作では祖母が国道沿いを歩き去っていくとあるので、国道駅にしたわけでもあるまいが、この時空を越えたロケ地は、知っているものには若干戸惑う。

この祖母の失踪時に、心配してくれた自転車少年の郁夫が、大人になったゆみ子の夫(浅野忠信)である。ここまでの回想は、ゆみ子の夢だったと分かる。

今、二人は洋服店の老夫婦が大家の古いアパートに間借りし、生まれたばかりの勇一と三人で慎ましく、だが幸せに暮らしている。郁夫が働く町工場は三河島がロケ地だそうだ。これは見抜けなかった。

自転車は夫・郁夫の象徴となっている。大人になった郁夫も、誰かに盗まれた腹いせに、甲子園まで行って別の自転車を盗んできては、ペンキを塗る。そのチャリで夜道を夫婦二ケツで走るシーンは、本作で数少ない躍動感のあるカットだ。

郁夫の自殺、再婚して奥能登へ

浅野忠信『Helpless』(青山真治監督)や『PiCNiC』(岩井俊二監督)に出演する前年の本作だが、既に彼ならではのミステリアスな寡黙キャラが窺える。

そして何を考えていたのかもさっぱり分からないままに、郁夫は電車の線路で自殺を図る。

夫婦の住むアパートのロケーションがいい。子供の世話をしてくれる人の良さそうな大家の初子(市田ひろみ)のテーラーが一階にあり、すぐ脇には電車の高架と歩行者用の小さなトンネル

どれも絵になるが、家の近くを走る列車に、こんなに悲しい意味を持たせるとは、画面全体が重苦しい。

愛する妻との間に子供が生まれたばかりで、普通なら男が一番仕事に精を出そうと思う時分に、なぜ自殺などしたのだろう。何も手がかりはない。自殺になにか動機があるとは限らないのだ。

胸にぽっかり穴の開いたゆみ子だが、息子を育てていかなければいけない。やがて大家の紹介で、ゆみ子は再婚相手をみつけ、母子で列車に乗る。行先は奥能登だ。

これまでの尼崎も総じて昼なお暗いシーンばかりで、日照不足気味だったが、そこから更に寒く寂しい日本海岸の漁村へと舞台は移っていく。

そして、そこで新婦を待っているのは、板前の民雄(内藤剛志)と連れ子の友子。こうして、新しい四人家族の生活が始まる。

絵コンテに忠実ではあるが

この映画は先に絵コンテを描いて、その通りに撮ってるだろう? 映画を観た侯孝賢ホウ・シャオシェン監督にそう見抜かれて、ショックを受けたと是枝裕和監督は語っている。

確かに、尼崎のトンネル長屋などロケ地もアングルもカチッと決まっているが、そう言われると段取りに沿って撮ることにこだわっているように思える。だから、躍動感が物足りないのだ。

デビュー作の本作にみられる形式美の印象が強いため、是枝裕和監督は小津安二郎の再来のように長く言われてきたのではないか。

やがて『誰も知らない』(2004)あたりからは、是枝監督ならではのドキュメンタリー手法と演技の融合による効果が発揮されるようになるが、初期の作品ではまだその域には達していない。

子役の起用に関しても、本作ではまだ感動を呼ぶまでには至っていない。俳優の演技にしても、内藤剛志柄本明など実力派を揃えておきながら、十分な見せ場が用意されない。

遠景からの引きのショットで、会話だけを聞かされることも多いし、画面が暗すぎて、ろくに表情が見えないシーンも多い。暗い映像には息をのむ美しいものもあるが、何事もメリハリが大事で、全般的に暗い方に行き過ぎる。

幻の光が見えた

また、見切り発車で撮影を始めたせいで、製作費が膨らみ是枝監督は青くなっていたそうだが、そのせいか、原作から映画化の間で落とされたのが悔やまれる場面もいくつかある。

ゆみ子が母(木内みどり)と別れて奥能登に旅立つシーンの会話はもっと泣かせる感じだったのに
その電車で普段は素っ気ない朝鮮人の男勝りのオバサンが初めて優しい言葉をかけてくれるシーンは観たかった
荒れた海にカニを獲りに行って行方不明になった老女・とめの(桜むつ子)のエピソードも淡泊な印象

新しい生活が軌道に乗り始めた頃、久しぶりに尼崎に戻ったゆみ子は、行きつけの喫茶店のマスター(赤井英和)に、夫が自殺の直前にいつもと変わらぬ様子で来店していたと聞き、再び思いを巡らすようになる。

「なんであのひとが自殺したのか、分からへんねん!」

ゆみ子もまた、いつからか奥能登の海を前に、前夫に誘われるように死のうとしていた。

「人は精がのうなると、死にとうなるもんじゃ。親父が漁師やってた頃に、沖の光が誘うんやと言うてた」

そう民雄が彼女に語る。

郁夫はなぜ自殺したのだろう。その答えを探し求めて生きてきたゆみ子は、自分が海の向こうに緑の光を見たことで、なぜか安心する。あの人も、レールの彼方にこの光を見たのだろう、と。

原作ではそれが明確に書かれている。納得的ではあるが、どこか精神を病んでいるようなゆみ子の語りで終わるため、寂しい印象だ。

一方、映画は終始陰鬱だったが、なぜかラストだけは、四人の家族が新たな人生を歩んでいくようで明るさを感じさせる。

是枝監督は、映画から現実世界に引き戻されるエンディングには、希望を持ってくるのが好きなのかもしれない。その特徴は、『万引き家族』をはじめ、最新作の『怪物』にも受け継がれている。