『鬼畜大宴会』『空の穴』熊切和嘉監督の初期二作品|今更レビュー

『空の穴』


公開:2001 年  時間:127分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:    熊切和嘉
脚本:        穐月彦

キャスト
木下市夫:      寺島進
香山妙子:     菊地凛子
木下旭:     外波山文明
内田登:      澤田俊輔
山崎:       権藤俊輔
女子高生:   きいちめぐみ

勝手に評点:2.0
(悪くはないけど)

あらすじ

北海道。ドライブイン<空の穴>で料理人をし、ギャンブル好きの父・旭(外波山文明)と二人暮らしをしている市夫(寺島進)

そこへ、恋人に捨てられ空腹に耐えかねた妙子(菊地凛子)がやってきて無銭飲食を企てる。が、あっさり市夫に捕まる。

その夜、野宿していた妙子を見つけた市夫はバイトとして雇うことに…。

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今更レビュー(ネタバレあり)

大学の卒業制作『鬼畜大宴会』ぴあフィルムフェスティバル(PFF)で準グランプリを受賞し、スカラシップで撮影した本作が熊切和嘉監督の商業映画デビュー作。

恋愛に不器用な男女の物語。舞台は帯広の国道沿いにある寂れたドライブイン<空の穴>

いい感じのオンボロ具合で、閑散とした店の厨房に立つ無愛想な板前が木下市夫(寺島進)。店を経営する父の(外波山文明)は、注文を取るだけであとはテレビのばんえい競馬中継に夢中になっている、お気楽な存在。

この店を訪れた若いカップルが、妙子(菊地凛子)(澤田俊輔)。傍目にも仲が良さそうに見えない二人だったが、その後すぐに別れ話、というか男が女を置き去りにし、カネのない妙子は、野宿の末に「空の穴」で無銭飲食をしでかす。

そんな具合に、市夫と妙子は出会い、自然な流れで妙子はドライブインで住み込みのバイトをし始める。不器用な男女の淡い恋愛譚。

商業映画デビュー作ということもあり、脚本としてはさほど目を引く者ものはない、シンプルな内容だ。だが、早くも本作で既に、北海道なら熊切和嘉監督といいたくなるような、安定感がある。出身地帯広がロケ地ということもあるのかも。

本作は、その後ハリウッドでも活躍することになる菊地凛子初主演作だ。まだ2004年に改名する前の菊地百合子名義になっている。

2023年の『658km、陽子の旅』菊地凛子熊切和嘉監督と本作以来22年ぶりのタッグを組むが、いかにも彼女らしい、空気を読まずに言いたいことをいう天然キャラが、本作時点ですでに確立されている。

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ドライブインに住み込みさせてもらった妙子が、市夫に女性もののブラウスを貸してもらい
「出てった母ちゃんの古い服で悪いね」
「ああ、私何でも似合うんで」
と切り替えし、その後ごく普通に市夫に
「一緒に寝ます?」
と聞くのがどっちも笑えた。

予告編 空の穴 2001 熊切和嘉

寺島進は、この時期すでに『ソナチネ』をはじめ北野武監督作品に数多く起用されていたが、こういうピュアな若者、しかも恋愛映画の主役というのは珍しいように思う。

軽トラが壊れて、妙子とデートするのに修理屋に代車を頼む市夫、次のカットが自転車に二人乗りというのは、北野作品によくあるギャグマンガのような編集だった。

菊地凛子のボケと寺島進のツッコミ(或いは逆もあり)で見せる芝居は、なかなか楽しい。

©2001ぴあ/フラミンゴ/ハピネット・ピクチャーズ

市夫は魚をさばくのが得意そうな板前なのに、なぜ妙子はドライブインで豚丼ばかり注文するのかと思ったが、帯広では豚丼が名物らしい。

無愛想な市夫が大事に洗車している愛車が懐かしいガルウィングのトヨタ・セラ。何でも、熊切監督のお姉さんの愛車だったとか。ちなみに映画では、勝手に父親が愛車を借用して旭川までばんえい競馬の旅に行ってしまう。

映画のタイトルであり、ドライブインの名前でもある「空の穴」は何やら、深い意味がありげではある。

「空」の漢字をよく見れば上部パーツは「穴」だったりするが、関係あるのか。などと思っていると、真相は市夫の語るように、他愛のないものだった。

父・旭はかつてパイロットや自衛官を目指すなど、空に憧れがあった。夢は叶わなかったが、タイガーマスク「虎の穴」にひっかけて店名にした。

駐屯地に近いため、パイロットの溜まり場になればと期待したが、トラック野郎の穴になってしまったそうだ。

©2001ぴあ/フラミンゴ/ハピネット・ピクチャーズ

無愛想で喧嘩っ早い市夫は一見ヤンキーっぽいが、母の出て行ったあと、ギャンブル好きの父と二人暮らしで、こんなポンコツな店を切り盛りしているところをみると、なかなか親孝行な男だ。

父は市夫が子どもだった時分、氷祭りでかまくらの中で戦闘機の映画を上映し子供たちを喜ばせたが、映写機の熱でかまくらが崩れ、何人かに大けがをさせてしまう。

以来、地元では嫌われ者父子らしいが、それでも市夫は辛抱している。

父が市夫の愛車セラで競馬旅行に出かけてしまい、市夫はバイトで雇うことにした無銭飲食の妙子と、ひとつ屋根の下でしばらく暮らしだす。

順調だった生活は、妙子を置き去りにした男のクルマを町で見かけたことから、ちょっとした修羅場を迎える。

©2001ぴあ/フラミンゴ/ハピネット・ピクチャーズ

寂れたドライブインが舞台になっていると、青山真治監督の『Helpless』(1996)を思い出す。

まあ、あんな殺人沙汰は起きず、せいぜい市夫が妙子の元カレに、男なら謝ってけじめをつけろと殴り合う程度だけど(威勢がいいだけで強くなく、逆に殴られる市夫が、何とも憎めないキャラでよい)。

そういえば『Helpless』が初主演作だった浅野忠信を、熊切監督はヒット作『私の男』の主演にも起用しているが、案外この映画の影響だったりして。

たまたま妙子の無銭飲食がきっかけで、市夫の店で働かせてもらい、ちょっといい関係になっただけ。本作の最後は、二人の別れ話になる。

「この先、どうかなる訳がないじゃない」

妙子には現実が見えている。かたや、市夫は、或いは男と言うものは、この付き合いに未来があるように思えてしまうのだ。

だから、出ていくという女に無様にすがり付き、そして捨てられる。店の前の水たまりに映り込む市夫のカットが秀逸だ。

妙子との関係、出て行った母の写ったブルーフィルム、ばんえい競馬から戻る父、もう少しドラマとして深掘りしたら面白そうな素材がいろいろあったのに、伏線回収できずじまいの感は否めない。