『リバー、流れないでよ』
劇団「ヨーロッパ企画」の映画第2弾。京都老舗旅館を舞台に、2分間のタイムループ繰り返し
公開:2023 年 時間:86分
製作国:日本
スタッフ
監督: 山口淳太
脚本: 上田誠
キャスト
ミコト: 藤谷理子
タク: 鳥越裕貴
女将: 本上まなみ
番頭: 永野宗典
チノ: 早織
料理長: 角田貴志
板前: 酒井善史
作家: 近藤芳正
担当編集者: 中川晴樹
ノミヤ: 諏訪雅
クスミ: 石田剛太
猟師: 土佐和成
ヒサメ: 久保史緒里(乃木坂46)
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
京都・貴船の老舗料理旅館「ふじや」で仲居として働くミコト(藤谷理子)は、別館裏の貴船川のほとりにたたずんでいたところを女将(本上まなみ)に呼ばれ、仕事へと戻る。
だが2分後、なぜか先ほどと同じ場所に立っていた。そしてミコトだけでなく、番頭(永野宗典)や仲居(早織)、料理人、宿泊客たちもみな、同じ時間がループしていることに気づく。
2分経つと時間が巻き戻り、全員元にいた場所に戻ってしまうが、それぞれの記憶は引き継がれるのだ。人々は力をあわせてタイムループの原因究明に乗り出すが、ミコトはひとり複雑な思いを抱えていた。
レビュー(ほぼネタバレなし)
2分間のタイムループ繰り返し
演劇の世界はまったく疎いのだが、人気劇団「ヨーロッパ企画」が手がけた長編映画第2弾だそうだ。ちなみに第1作は国内外で評価の高かった『ドロステのはてで僕ら』。未見だが、本作を観たら、こちらも早速おさえておきたくなった。
京都の老舗旅館を舞台に、2分間のタイムループから抜け出せなくなった従業員や宿泊客の混乱を描いた群像コメディ。劇場予告は観たことがあるのだが、何度もループするワチャワチャ感が楽しそうで、公開時から気になっていた。
『ドロステのはてで僕ら』と同じく、原案・脚本は、「ヨーロッパ企画」代表の上田誠、監督は山口淳太の組み合わせ。
86分という比較的短い作品ながら、「2分間のタイムループの繰り返し」というアイデア勝負でわき目もふらずに、ただただ時間旅行をリピートさせる潔さが素晴らしい。
京都は貴船にある旅館「ふじや」の仲居をやっている主人公のミコト(藤谷理子)は、忙しく番頭(永野宗典)と客室の片づけをしている途中に、この作業も会話も、繰り返しであることに気づく。
「既視感、凄いんですけど」
「え、君も?」
<タイムリープ>と<京都>
理由は不明だが、時間が何度も何度も2分前に戻るタイムループの始まりだ。ただ、本作でユニークなのは、その場にいるみんなも同じように繰り返しを自覚していること、そして記憶が失われていないことだろうか。
宿泊客の男性二人組(諏訪雅、石田剛太)は、「いくら食べても雑炊が減らない」とうんざりしたり、旅館で原稿の締め切りに追われる作家(近藤芳正)は、「そうか、もう締め切りはこないのか」と喜んだり。
起きている事象は極めて重大なことなのに、みんな、どうでもいいような小さなことに、一喜一憂している。
こういう、小ネタとタイムループをからませた作品といえば、冷房のリモコンをめぐる瑛太や上野樹里らの『サマータイムマシン・ブルース』があったな。それこそ「デジャブ―、凄いんですけど」だ。
などと思ったら、あの快作も上田誠の脚本だったのだ。本作で番頭さん役の永野宗典も、学生メンバーのひとりに入っていた。
上田誠は森見登美彦の著書『夜は短し歩けよ乙女』の公演やアニメ脚本も手掛けており、その縁なのか森見登美彦とのコラボ作品『四畳半タイムマシンブルース』まで生まれている。
<タイムリープ>と<京都>という二大アイテムは、彼にとって馴染みの深いものなのだ。
◇
ロケ地である、京都の奥座敷、貴船神社と料理旅館「ふじや」の全面協力というのも大きい。
水の神・縁結びの神をまつる貴船神社の階段を降りると、そこにはすぐ旅館「ふじや」があり、旅館の裏手には、タイトルの「リバー」である貴船川が流れている。絶好のロケーション。ここで映画が撮れるなんて、最高だ。
こんなに意味なくループする作品は稀有
そしてタイムリープ。「この大技を使って、どうでもいいような小ネタを展開してもいいんだよ」
上田誠のこの大発見によって、筒井康隆の『時をかける少女』も、細田守のアニメの頃には、原田知世には思いもつかないような悪戯や濫用をするようになったに違いない。
◇
そもそも、タイムリープで過去に戻って体験を繰り返すこと自体は、映画の世界ではさほど珍しいことではない。
だが、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』ではトム・クルーズが何度も同じ日を生き返っては戦う羽目になったし、『ハッピー・デス・デイ』はお面の怪人に何度も殺される女子大生のホラーだった。
いずれも、大変な目に遭いながら、タイムループを経験している。
本作のように、さしたる深刻さもなくタイムループをする作品はまれだと思うし、壊れたレコードのように(この番頭の台詞が若い世代に伝わるか)、わずか2分間を延々繰り返し続けるなんて、他に例がないのではないか。
86分の映画のなかで、13時56~58分のループの外にいるシーンは、エンドロールを除けばものの数分しかないぞ、きっと。それで飽きさせずに映画を成り立たせるとは、さすがタイムリープを得意分野とするだけのことはある。
ヨーロッパ企画の面々
さて、この2分間は何度も繰り返すものの、みんな記憶が消えるわけではないので、13時56分にいた初期位置から、やろうと思っていた作業を2分刻みで続けていく。
主人公のミコト(藤谷理子)と同僚の仲居・チノ(早織)、旅館「ふじや」の女将(本上まなみ)に番頭(永野宗典)。宿泊客には、雑炊を食べ続け、熱燗を待つ男性二人組のほか、作家と担当編集者(中川晴樹)。
その他、料理長(角田貴志)に板前(酒井善史)といった面々が主なメンバー。冷静に状況を分析する板前がいい味を出す。
冒頭に登場したキャラクターの中に、その後序盤ではさっぱり登場しない者が数名いるのだが、それは後半に活躍することになる。
出演者の殆どは「ヨーロッパ企画」の劇団員だ。だから、私のような演劇に疎い者には馴染みのない俳優が多いが、みな、劇団の公演のように芝居をしているのだろう。
思わずニヤリとしてしまう会話のやりとりが、2分間のリピートとともに続いていく。小劇場で芝居を観ているような感覚。
私が分かったのは、三谷幸喜作品の出演で知られる、作家役の近藤芳正と、女将役の本上まなみのみ。映画で本上まなみを見かけるのは久々な気がするが、相変わらず美しい。美人女将に相応しい配役。
ちゃんと理屈があるのは立派
浮いてる存在なのが、冒頭に貴船神社に参拝し、クルマがエンストして困っている女性・ヒサメ。演じる久保史緒里(乃木坂46)は舞台『夜は短し歩けよ乙女』やショートドラマ『乙女、凛と。』で「ヨーロッパ企画」とは共演。
乃木坂46のメンバーが出演していて、劇団の主宰が脚本書いてるワチャワチャ感のあるコメディ映画っていうと、私のお気に入り作品、伊藤万理華の『サマーフィルムにのって』を思い出してしまう。
考えてみたら、あれもただの時代劇ファンの女子高生映画ではなく、タイムリープものだったではないか。同じ路線か、本作と。
ミコトの彼氏は旅館の板場に勤めるタク(鳥越裕貴)なのだが、この混乱の中で、一緒に観たいと彼女がリクエストする映画が『ローマの休日』。オードリーなら「ムーンリバー」を歌う『ティファニーで朝食を』の方が<リバー>つながりじゃないかな。
本作でネタバレはなるべくしない方が楽しめると思うので、あまり多く語ることは控えたい。
だが『東京リベンジャーズ』以降、タイムリープの理由や仕組みみたいなことには、特に言及しなくていい風潮が高まりつつあるご時世に(クドカンの『不適切にもほどがある!』は一応説明ありか)、本作は一応理屈を作ってくる。すごいぞ。
貴船神社と『ふじや』には、ぜひ聖地巡礼してみたくなったが、インバウンド需要で、予約難しいかな。