『Helpless』今更レビュー|青山真治監督・北九州サーガ①

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『Helpless』(ヘルプレス)

早逝した青山真治監督が浅野忠信を初主演に抜擢して撮った、北九州サーガ三部作の第一作。

公開:1996 年  時間:80分  
製作国:日本
 

スタッフ  
監督・脚本:   青山真治
製作総指揮:   仙頭武則

キャスト
白石健次:    浅野忠信
松村安男:    光石研
松村ユリ:    辻香緒里
秋彦:      斉藤陽一郎
ウェイトレス:  伊佐山ひろ子
コック:     諏訪太朗
坂梨:      永澤俊矢
五郎:      木滝和幸

勝手に評点:3.0
    (一見の価値はあり)

あらすじ

1989年。高校卒業を目前に控えた健次(浅野忠信)だが、卒業後の進路も決まらず、入院中の父親を見舞うなどの無為な毎日を過ごしている。

ある日、かつて健次をかわいがったヤクザの安男(光石研)が四年ぶりに刑務所から仮出所する。

だが、すでに自分の組の組長が亡くなり、組が解散してしまったという事実を安男は受け入れられず、かつての兄貴分(永澤俊矢)を殺すと、自身で組長を捜そうと決心。その後も無謀な行動を取り続ける。

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今更レビュー(ネタバレあり)

北九州サーガ、ここに始まる

2022年3月に享年57歳の若さで惜しくも亡くなった映画監督・青山真治。彼の劇場用映画監督デビュー作であり、のちに北九州サーガと言われるようになる三部作の一作目にあたるのが本作。浅野忠信初主演作としても知られる。

二作目にあたる『EUREKA』には映画二本分の内容がぎっしり詰まっているのだろう。こちらはデビュー作だけあって、粗削りな部分はあるが、一方で青山真治という映画作家の作りたいものが、ストレートに伝わってくる気もする。

仮出所のチンピラと幼馴染の高校生

1989年9月。門司港の駅に降り立つ仮出所の松村安男(光石研)を、組の兄貴分の坂梨(永澤俊矢)と舎弟の五郎(木滝和幸)が迎えに来る。三人は寂れたドライブインに入る。

どうやら、安男が鉄砲玉となり敵を殺ったあと、親父と呼び心酔していた組長は死に、組も解散になったらしい。片腕を斬られて失い、服役していた安男は、親父の死を受け容れられず、これは坂梨の策略だと勘繰る。そして怒りにまかせて、坂梨を射殺し、あわてた五郎が彼を匿うように連れ去る。

一方、高校生の白石健次(浅野忠信)は幼いころから安男の近所で育ち、親しい仲だった。ドライブインで偶然に安男に再会した健次は、一旦別れたあと、すぐにまた山小屋に呼び出される。安男は妹のユリ(辻香緒里)を紹介するが、健次の視線は背後の崖下に向く。

「殺したの?」

長回しのカメラが安男の動線とともに崖下に行くと、先ほどの五郎の死体が穴の中に転がっている。片腕でスコップで土をかける安男。カットの構成が冴える。

「利用するだけ利用しやがって」

親父を殺してやると息巻く安男。知的障害の美しい娘・ユリの面倒をみる健次。自暴自棄になった男たちの一日が一時間単位で描かれていく。

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炭鉱の町でサーガを撮る

北九州サーガと聞くと、どうしても中上健次の紀州サーガを思い浮かべてしまう。あちらは路地と呼ばれる閉鎖的な村に暮らす一族の物語。こちらは栄華を失った炭鉱の町に住む、孤独感な高校生と仮出所中のチンピラ。自殺する父親、知的障害の娘、暴力と血。多くのイメージが重なり合う。

おまけに浅野忠信の役名も健次とくれば、中上健次のサーガは着想のヒントになっているに違いない。ちなみに、2000年に青山真治『路地へ 中上健次の残したフィルム』という短編を撮っている。

中盤、昼なお暗い無人のトンネルからフラッシュを焚きながら現れる若者。これが秋彦(斉藤陽一郎)。健次の同級生で、かつていじめを受けた連中を毒殺してやろうと企んでいる。

青山真治『共喰い』(2013)で菅田将暉を起用しているが、斉藤陽一郎菅田将暉は声質がとてもよく似ている。きっと監督はこういう声が好きなのだと、私は勝手に思っている。

「お前は赦してやるからな」

健次はたまたま、いじめに加担していなかった。みんな九州訛りのなか、東京育ちの秋彦は常に標準語なのが浮いていて面白い。

斉藤陽一郎が演じる秋彦は、本作以降三部作全てに登場する(青山作品では計四回秋彦を演じているらしい)。そういえば『EUREKA』の秋彦は、ヤクザに大勢殺される現場に居合わせ、自分も死にそうになったけど友だちに助けられたという経歴の持ち主だった。

ということは、本作の秋彦と同一人物の同じ世界だろうか(その割には、光石研が両作品で演じている役は別人だったが)。ポラロイドカメラを印象的な小道具に使っているのも共通するが、『サッド ヴァケイション』ではどうなのだろう。

主演の二人

本作が初主演となる浅野忠信は、このキャリア初期の90年代、岩井俊二『PiCNiC』『FRIED DRAGON FISH』)や是枝裕和『幻の光』)といった才能ある若手監督たちに育てられるが、彼の特徴である、暴力性と静かな狂気を引き出したのは、青山真治監督の慧眼といえる。

一方、光石研もこの時代、岩井俊二作品に多く出演しており、『FRIED DRAGON FISH』にも登場する。ただ、浅野忠信と共演シーンはなかったように記憶する。

北九州出身だけあって、台詞を言わせれば誰よりも生き生きしている光石研。どちらかというとチンピラよりは、(善人も悪人も)真っ当な社会人の役のほうが似合うバイプレイヤーだが、本作では直情型のチンピラなのが珍しい。

安男が町を徘徊している間、健次はユリと場末のドライブインに入るのだが、そこを経営している男女(ウェイトレスの伊佐山ひろ子と厨房の諏訪太朗)があまりに無愛想で、恐ろしい

精神病院に入院していた健次の父親が自殺を図ったことがきっかけで、健次は、突発的にドライブインの主人たちをフライパンで撲殺する。店内はタランティーノばりの荒っぽい光景が繰り広げられる。

「健次が撲殺」と書いたが、実際には後に店内に現れる安男が、拳銃で男女の息の根を止める。世間的には安男の犯罪と扱われるが、健次には、自分が殺したという自責があり、その苦しみは次作に引き継がれる。

本作は16ミリからのブローアップのせいか、私の観たDVDのせいか、画質がやや不鮮明で、ユリが楽しみに観ているテレビドラマ『愛のサザンクロス』や、安男のカバンの中の失われた片腕に書かれた“Help Me”の刺青など、意味ありげな部分がはっきりと視認できなかったのは残念。

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ラストシーンについて

ラストシーンは、安男が片腕のない背広の袖を風にゆらしながら、クルマで走っていくカットに見える。だが、安男はその前に、ドライブインの駐車場で車の中で自殺を図ったはずだ。これはどういうことだろう。

実は死んでいなかったという説は、車内が血だらけになるのでちょっと苦しい。あのドライブインで唯一の生存者は秋彦だ。彼が安男の背広を羽織って、クルマを運転していたのだろうか。それも苦しい。

青山真治のノベライズ版を読むと、あの車は音もなく走り出し、空に向かって消えたとある。それなら、安男の霊が運転しているということではないか。

あまりにファンタジーっぽい演出を避けたのかもしれないが、この判断によって、Helplessでは理解困難なラストになってしまった。