『ちひろさん』
今泉力哉監督が有村架純を主演に、元風俗嬢で弁当屋のちひろさんのゆるい日常を描く。どう頑張ってもそういう経歴の女性には見えなかったけど。
公開:2023 年 時間:131分
製作国:日本
スタッフ 監督: 今泉力哉 原作: 安田弘之 『ちひろさん』 キャスト ちひろ: 有村架純 オカジ: 豊嶋花 マコト: 嶋田鉄太 バジル: van 内海: リリー・フランキー 多恵: 風吹ジュン 尾藤: 平田満 永井: 根岸季衣 谷口: 若葉竜也 ヒトミ: 佐久間由衣 べっちん: 長澤樹 浮浪者: 鈴木慶一 チヒロ: 市川実和子
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ(公式サイトより)
ちひろ(有村架純)は、風俗嬢の仕事を辞めて、今は海辺の小さな街にあるお弁当屋さんで働いている。元・風俗嬢であることを隠そうとせず、ひょうひょうと生きるちひろ。
彼女は、自分のことを色目で見る若い男たちも、ホームレスのおじいさんも、子どもも動物も・・・誰に対しても分け隔てなく接する。
◇
そんなちひろの元に吸い寄せられるかのように集まる人々。彼らは皆、それぞれに孤独を抱えている。
厳格な家族に息苦しさを覚え、学校の友達とも隔たりを感じる女子高生・オカジ(豊嶋花)。シングルマザーの元で、母親の愛情に飢える小学生・マコト(嶋田鉄太)。父親との確執を抱え続け、過去の父子関係に苦悩する青年・谷口(若葉竜也)。
ちひろは、そんな彼らとご飯を食べ、言葉をかけ、それぞれがそれぞれの孤独と向き合い前に進んで行けるよう、時に優しく、時に強く、背中を押していく。
◇
そしてちひろ自身も、幼い頃の家族との関係から、孤独を抱えたまま生きている。
母親の死、勤務していた風俗店の元店長・内海(リリー・フランキー)との再会、入院している弁当屋の店長の妻・多恵(風吹ジュン)との交流・・・
揺れ動く日々の中、この街での出会いを通して、ちひろもまた、自らの孤独と向き合い、少しずつ変わっていく。
これは、軽やかに、心のままに生きるちひろと、ちひろと出会う人々―彼らの孤独と癒しの小さな物語。
レビュー(若干ネタバレあり)
NETFLIXの世界配信だって
安田弘之による同名の原作コミックを、今泉力哉監督、有村架純主演で映画化し、NETFLIXによる世界配信と、映画館数は限られるものの同時に劇場公開もなされている。
元風俗嬢だった主人公のちひろが海辺の小さなお弁当屋で働き、恋愛、仕事、自分自身のことなど様々な悩みを抱える人々に寄り添う姿を描いている。原作コミックの『ちひろさん』は、熱狂的支持を集める作品ということらしい。
未読であったが、本作の公開に伴い、少しだけ読んでみた。映画化したパートに関しては、割と原作に沿った脚本化やら映像化がなされているように思った。キャスティングの是非に関しては、意見が分かれるところかもしれないが。
◇
原作をきちんと読み込んだわけではないので、今回のレビューはあくまで映画作品としての『ちひろさん』に対するレビューになる。
本当は劇場に足を運びたかったが、近場で公開しておらず、配信作品を観た。本作のためだけに、しばし疎遠になっていたNETFLIXを再申し込みしたので、忌憚なく意見を書かせてもらおう。
台詞で言えばOKなのか元風俗嬢
はじめに白状すると、本作はまったくと言っていいほど、私の心に響かなかった。最大の理由は、主人公のちひろさんを演じる有村架純が、元風俗嬢にはこれっぽっちも見えなかったことだ。
「前職は風俗嬢でした」という台詞があれば、そのように思って観てくれるほど、観客は単純じゃないと思う。
確かに、原作でも露骨に元風俗嬢の描写がある訳でもないし、清純派代表の有村架純にそんなキワドイ演出を期待する訳でもない。元風俗嬢といっても業態は幅広だろうが、お触りなしのキャバ嬢程度なら、こういう設定にはならんだろう。
◇
映画にするのなら、もう少しリアリティのある演出をすべきではなかったか。いや、そもそも、そういう過去を背負った役に対して、いくらビッグネームでも有村架純が適切なキャスティングだったのか。
彼女に色目を使う若い連中からホームレス、女子高生に小学生まで、分け隔てなく接するちひろというキャラクターの面白味は分かる。
だが、同じようにどんな相手でも受け容れて真摯に向き合う女性主人公を、有村架純は既に『前科者』(2022、岸善幸監督)の保護司という職業を通じて好演している。
勿論、本作よりもシリアスな題材であり、単純比較はできないが、『前科者』での彼女の熱演を思い出すと、本作のちひろさんは、人物の掘り下げが足らない。
手がかりの乏しい彼女の過去
ちひろの風俗嬢時代に接点があったのは、同僚だったバジル(van)と、ちひろを採用した店長の内海(リリー・フランキー)だが、ともにいい人キャラだ。
ちひろが風俗嬢になることを決意し、そして辞めるに至った過去を想像するにはあまりに手がかりに乏しいし、毒気がない。客の男に背中を刺された(確かにちひろには傷あり)というエピソードが膨らむのかと思えばすぐに立ち消えだ。
リリー・フランキーは善悪どっちのキャラもイケるのだから、もう少し裏の顔も見せてほしかった。
「店長とわたしは同じ星(のひと)ではないと思う」
そんなちひろの台詞もあって、リリー・フランキーが火星人を演じた『美しい星』(2017、吉田大八監督)を思い出した。
中途半端なエピソードの数々
ちひろを慕うようになる女子高生のオカジこと瀬尾久仁子(豊嶋花)と、べっちんこと宇部千夏(長澤樹)の絡め方や魅力的な見せ方はさすがに今泉力哉監督の得意分野だけあってうまい。
ただ、これは原作由来のテイストなのかもしれないが、全てのエピソードが中途半端に終わってしまうのが、もどかしい。
厳しい父親とそれに言いなりの母親に囲まれた、オカジの家の豪華だが寒々しい食卓。竹宮恵子の『地球へ』をはじめ、廃ビルでマンガを読みふける不登校のべっちん。
ちひろがホームレスの鈴木慶一の世話を焼く序盤の展開は面白かったが、すぐに死体遺棄されてしまい、あっけない。
◇
水商売のシングルマザー・ヒトミ(佐久間由衣)にほったらかしの小学生マコト(嶋田鉄太)。茶髪の佐久間由衣のキレ系キャラは『“隠れビッチ”やってました。』(2019、三木康一郎監督)のその後の姿みたいだ。この母子エピソードはせっかく泣かせる雰囲気なのに、尻すぼみに終わって消化不良。
弁当屋に通う客の谷口(若葉竜也)とラーメン屋で鉢合わせし、親しくなりベッドインする話も、もっと盛り上がりと期待したのにあっさり目。若葉竜也演じる色即是空のTatoo男のキャラはちょっと『愛がなんだ』(2019)の役に近くて、あの名演がまた来るかと思ったのだが。
善人さん、いらっしゃい
ちひろが元風俗嬢なことに説得力はないが、弁当屋としてはどうなのか。『容疑者Xの献身』と『クヒオ大佐』で二回も弁当屋を演じている松雪泰子に比べると、店頭に馴染んでいない(勤めてから日が浅いからか)。
「さすが元風俗嬢だけあって男あしらいが上手ね」と弁当屋の従業員・永井(根岸季衣)だけは辛口だが、あとはもう彼女の周りは善人だらけ。
弁当屋の店主・尾藤(平田満)と入院中の妻・多恵(風吹ジュン)、そしてオカジにべっちん、マコトの未成年組と、元風俗つながりのバジルと店長。
このメンバーが、多恵の退院祝いに弁当屋のビルの屋上でパーティを開く。平和すぎるだろう。善人ばかり集まって宴会で騒いでも、映画的な面白さは生まれない。
多恵を演じる風吹ジュンは病気で目が殆ど見えていない設定で、演技の努力は伝わったが、例えば『光』(2017、河瀨直美監督)の永瀬正敏、或いは『こおろぎ』(2006、青山真治監督)の山崎努らの気迫の盲人演技に比べると、どうにも健常者に見えてしまう。
正直言って、原作の読者や今泉力哉監督のファンの多くいる日本国内であればまだしも、この内容に字幕付けてNETFLIXで世界発信しても、他国で作品の面白味や名優たちの演技力が伝わるものだろうか。余計なお世話だが、心配してしまう。
最後は牛か象か寅さんか
浅瀬に足を踏み入れて夕暮れの海の中に立つちひろを追いかけ、「隣、いいですか」とオカジが並んで立つシーンなど、原作と同様の構図ながら、映画ならではの美しいショットは少なくない。
そこは良いのだが、原作同様の台詞まわしが映画で通用するとは限らない。少なくとも、クラシックビューティの有村架純の顔立ちと、原作に描かれたちひろさんには、醸す雰囲気に埋めきれない溝があったと思う。
ラストシーン、ちひろは愛すべき人たちのいるこの町を離れ、牧場で牛の世話をする(今泉映画常連の木村知貴登場)。ここは原作通りなのだろうか。今泉監督の傑作『愛がなんだ』のラストで象の飼育係になっちゃう岸井ゆきのには、不思議な説得力があったが。
映画の終わりにふらっと別の町に消えてしまう、車寅次郎的なちひろの生き方も分からないではない。だが、それが腑に落ちるほど彼女の内面が理解できなかったのは、一人のファンとしては残念だ。