『光』(河瀨直美監督)今更レビュー|役を積む永瀬と、積ませる河瀨の真剣勝負

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『光』

あなたと見つめる今日が、こんなにも愛しい。河瀨直美監督が盟友・永瀬正敏と組んだ珠玉のラブストーリー。

公開:2017 年  時間:101分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:        河瀨直美
キャスト
中森雅哉:         永瀬正敏
尾崎美佐子:        水崎綾女
智子、時江(劇中映画): 神野三鈴
明俊:          小市慢太郎
北林監督、重三(劇中映画):藤竜也
美佐子の母:        白川和子
音声ガイド:        樹木希林

勝手に評点:4.0
     (オススメ!)

(C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

あらすじ

視覚障がい者のための「映画の音声ガイド」の制作に従事している美佐子(水崎綾女)は、弱視のカメラマン・雅哉(永瀬正敏)と出会う。

雅哉の無愛想な態度に反感を覚える美佐子だったが、彼が撮影した夕日の写真に感動し、いつかその場所に連れて行って欲しいと思うようになる。

そして、視力を失っていく雅哉の葛藤を間近で見つめるうちに、美佐子の中の何かが変わりはじめる。

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今更レビュー(ここからネタバレ)

どら焼きの次は写真を焼く永瀬

河瀨直美監督が『あん』に続いて永瀬正敏とタッグを組んだ作品。もはやカンヌ常連といっていい河瀨直美は、8度目の正式出品となった本作でエキュメニカル審査員賞を受賞。

『あん』では樹木希林がハンセン病患者、本作では永瀬正敏が視力を失いゆく写真家と、ともに社会的に弱者とされる人物にスポットをあてる。

河瀨監督は、前作『あん』音声ガイダンスの内容確認の機会を通じ、見えない人のために映画を届けようとする、スタッフの映画愛に気づいたという。それが本作を撮るきっかけとなっている。

水崎綾女演じる主人公の尾崎美佐子は、まさにその、視覚障がい者が映画を楽しめるようにするための音声ガイダンスの原稿を書きおこす仕事についている。

冒頭、藤竜也が監督・主演を務める劇中映画『その砂の行方』に美佐子が付けた音声ガイダンスを対して、モニターの意見を聞く会議が開かれる。

小市慢太郎ほか、本物の視覚障がい者のモニターも出演しているようで、大変リアルに感じられる。いくつか意見は出るが、どこか遠慮がちなコメントが多い中で、中森雅哉(永瀬正敏)だけが辛辣な意見を述べる。

「押しつけがましいんだよ。主観は入れないでほしい」

(C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

誰にも、踏み込まれたくない世界がある

美佐子は良かれと思ってやったことだが、間を大切にして映画の世界に入り込みたい視覚障がい者には、邪魔な情報にもなる。

私もDVDの再生時に誤って音声ガイダンスを付けてしまうことがあるが、情報量は多いほど良いのだと思い込んでいた。だが、必要以上の情報は、映画の楽しさを阻害するものなのだと気づかされる。

多くの人は、音声ガイドの存在が助かっているので、雅哉のように激しい主張は珍しい。美佐子は意見に従い修正をするものの、彼に反感を抱くようになる。

自宅に拡大読書器を届けてくれた美佐子に、相変わらず憎まれ口を叩く雅哉。見えないだろうと彼を殴るポーズをする美佐子(ここはキュート!)に「今、何かやったろう!」

この段階では、雅哉にはわずかに視力がある。手料理をご馳走になり、写真集を見せられ、次第に二人は打ち解けていく。

(C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

美佐子の音声ガイダンスのように、どこまでやると主観の押しつけになるか、或いは言葉足らずで<逃げ>になるのか。その匙加減の難しさは、本作そのものにも当てはまる重要なファクターだ。

監督自身も常に自問自答しながら作品に向き合っているのだろう。

私には、例えば『あん』『朝が来る』は説明過多に感じたし、『朱花の月』は説明が足らないと思えた。だが、本作は言葉の匙加減が絶妙に決まっている。美佐子と雅哉の関係も、観る者に解釈余地を残している。

(C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

役を積むひと、本を読むひと

<役を積む>という行為を、河瀨直美監督は演者に課している。演じる役を学ぶのではなく、撮影期間を通じて、その役本人になりきってもらう

期間中は常に役名で呼ばれ、控室で共演者と談笑することも許さずひたすら順撮りで撮影を進めていく。何ともストイックな手法だが、これに共感する役者のひとりが永瀬正敏なのだ。

準備期間から一日中弱視体験ゴーグルで身体を慣らし、視覚障がい者のアドバイスを聞き演技に反映させる。視力を失う訳にはいかないが、せめて何か代わりにと自分に課した絶食で身体を絞り込む。

こうして捻りだした演技には、誰をも納得させる気迫と緊張感が漂う。何せ、徹夜仕事で12時間昼夜を間違えて電話してしまうシーンは、実際に夜を徹した後の演技だという。リアリティがあるはずだ。

(C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

愛用する古いカメラ(ローライフレックス)から自宅の卓上調味料まで、すべて手探りの生活。音声ガイダンスに頼るPC環境、拡大読書器。弱視の雅哉は、全てを手に取り、なめるように顔を近づけなければいけない。その不便な日常を、カメラは忠実に切り取る。

美佐子を演じた水崎綾女が、モニター会議で雅哉にやりこめられて見せる悔しそうな表情も、あえて台本を与えずに生み出した本物の感情表現だという。

『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督は、徹底した本読みの繰り返しでリアルな会話を生み出す<濱口メソッド>で成果を出すが、河瀨直美監督の<役を積む>行為は、その上を行くアプローチともいえる。ともに名だたる国際映画祭で高い評価を受けていることは興味深い。

河瀨直美監督 映画『光』カンヌ国際映画祭コンペティション部門選出決定

その表情は生きる希望に満ちているか

映画は基本的に、視覚と聴覚に訴えるメディアである。聴覚障がい者を描いた作品では、難聴になったドラマーを描いた『サウンド・オブ・メタル』や、ヒューマンコメディの『エール!』といった良作が思い浮かぶ。

視覚障がい者を扱った作品は、『暗くなるまで待って』から『座頭市』までそれこそ無数にあるが、音声ガイダンスに着目し、ここまで念入りに描いた作品は珍しいのではないか。

しかも、藤竜也による劇中映画を使い、音声ガイダンス付きで観賞するとはどういうものかを健常者にも体験させるとともに、肝心な場面では映像を見せずに音声だけで伝えることで更に効果をあげている。

「その表情は生きる希望に満ちている」

劇中映画『その砂の行方』のラストシーンのガイダンス初稿は、若い美佐子らしい主観に溢れている。

だが、主人公は明日死ぬかもしれない老人で、最愛の妻が認知症で自分を忘れていくことに、強い喪失感と絶望を感じている。その心情が、この初稿では伝わらない。

美佐子は、雅哉との心の触れ合いを経て、最後にどのようなガイダンス原稿にたどり着くのか。

(C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

なお、この劇中映画は短編として劇場で併映されたこともあるそうだ。本作だけでは分かりにくいが、藤竜也演じる主人公はサンドアートの作家で、妻(本編では美佐子の上司役も演じている神野三鈴)は認知症を患っている。

藤竜也永瀬正敏に、本作の中では共演シーンがないのは残念。永瀬のデビュー作『ションベン・ライダー』(相米慎二監督)からの付き合いだろうから。

顔を触らせてくれないかな

何より大切な視力を失った天才写真家・中森雅哉。演じる永瀬正敏自身、写真師だった祖父の影響か、実際にカメラマンとしても活動している。

雅哉は同業者の後輩と飲んだ後に酔って手探りで帰る途中、路上のゲロに滑って転び、大切なカメラを持ち去られる。

それが飲んでいた後輩の仕業とすぐに分かるのは呆気ない展開だったが、「こいつは俺の心臓なんだよ、動かせなくなっても」と、気迫で奪還するシーンは胸を打つ。

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その後、偶然に出会い彼を心配する美佐子と夜の路上で向き合い、「顔を触らせてくれないかな」と愛しむように彼女の顔を撫でまわす様子は、まるでキスシーンのように官能的だ。

その夜、路上で雅哉が撮った美佐子のスナップショットは、光が足らずピンボケになるが、彼の写真家として最後の一枚になる。残り僅かの視力さえ失いかけている雅哉は、心臓であるはずの大切なカメラを、山の上から投げ捨ててしまうから。

そこは、美佐子が雅哉に頼んで連れて行ってもらった夕陽の写真の撮影地。山の上からの眺めは、彼女が亡き父と撮った写真の場所と似ていたのだ。

一番大切なものを捨てるつらさ

一番大切なものを捨てなければいけないつらさを、美佐子は思い知る。そして思わず自分から雅哉の唇を求めに行く。熱い抱擁。

(C)2017 “RADIANCE”FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、Kumie

かつて美佐子は、ガイダンスのモニターとしての雅哉に対して、「想像力がないのはどちらなの?」と責めた。だが、責められるべきは、雅哉のつらさを想像できなかった自分の方だった。

美佐子もまた、何より大切な認知症の母(白川和子)を失いかけていたところだった。それを失うことはどれだけつらいのだろう。美佐子と雅哉は心を通じ合えた。その経験が、彼女のガイダンスにも生きてくる。

二人の間にほとばしる感情は、恋愛のそれとは違うのかもしれない。だが、互いを何より必要としている。

「俺は追いかけなくても、大丈夫だから」

順撮りでようやくここまでたどりついた、雅哉の台詞の温かみ。劇中映画の主人公・重三(藤竜也)と同じように、互いの見つめる先には光が見えているのだろう。

『東京2020オリンピック(仮称)』のドキュメンタリー作品公開が待たれる河瀨直美監督には、今何かと制作姿勢について批判の声もあるようだが、作り手として体制に迎合しない反骨精神を貫いた作品を期待したい