『あの頃。』
松坂桃李が<あやや>推しに!愛すべきハロヲタの仲間たちの愛おしい青春の日々。今泉力哉監督の片想い映画はここに極まれり、桃色だけど。
公開:2021 年 時間:117分
製作国:日本
スタッフ 監督: 今泉力哉 脚本: 冨永昌敬 原作: 劔樹人 『あの頃。男子かしまし物語』 キャスト 劔樹人: 松坂桃李 コズミン: 仲野太賀 ロビ: 山中崇 西野: 若葉竜也 ナカウチ: 芹澤興人 イトウ: コカドケンタロウ アール: 大下ヒロト 佐伯: 木口健太 靖子: 中田青渚 奈緒: 片山友希 松浦亜弥: 山﨑夢羽 (BEYOOOOONDS) 馬場: 西田尚美
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
大学受験に失敗し、彼女もお金もなくどん底の生活を送る青年・劔(松坂桃李)。
松浦亜弥のミュージックビデオを見て「ハロー!プロジェクト」のアイドルに夢中になった彼は、イベントで知り合った個性的な仲間たちとともに、くだらなくも愛おしい青春の日々を謳歌する。
やがて時は流れ、仲間たちはアイドルよりも大切なものを見つけて離れ離れになっていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
すぐに<あの頃。>に引き戻される
松浦亜弥の「♡桃色片想い♡」のMVを観たことがきっかけで、松坂桃李がハロヲタ生活にのめり込んでいく話。原作は、主人公である劔樹人の著作『あの頃。男子かしまし物語』。
片想い系恋愛映画を本拠地とする今泉力哉監督にして、今回のヲタクたちのクラブ活動のような、ちょっと老け気味の中学10年生的なノリの映画は、新境地といえる。
◇
時代は<あやや>やモー娘。が全盛の20年前くらいの設定か。私はハロプロど真ん中の世代ではないけれども、本作の中で流れてくるようなメジャーな曲は勿論わかる。
まさに<あの頃。>を懐かしみながら、ついつい部活に入り込んでしまった。あ、そうか。映画や原作のタイトルの最後にある<。>は、<モー娘。>が由来か! 今頃気づいた。
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冒頭で生気のない下手なベーシストの劔(松坂桃李)が、友人の佐伯(木口健太)にもらった松浦亜弥のMVを、コンビニ弁当食いながら観てみる。そして彼女の存在に打ちのめされ、不覚にも泣いている。
その様子をノーカットで淡々と撮り続けるカメラ。生き甲斐をみつけた劔には、あややと同じく瞳の中に天使リングが光る。
何とも楽しそうなメンバーたち
松坂桃李は、『孤狼の血』や『新聞記者』でみせた存在感とは別人のように、こういう売れっ子俳優オーラのない役も器用にこなす役者なのだ。
はしゃぎっぷりにもちょっと照れがあり、独特のスタンスがよい。かつて坂元裕二脚本のドラマ『最高の離婚』で永山瑛太がでんぱ組.incのヲタ活に走っていたが、あのキレ気味な応援とは大分違った。
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一緒に活動する、むさ苦しく個性的なメンバー。ネット弁慶のコズミンは誰に対しても怒ってばかりの嫌な奴なのだが、憎めない面もある。
仲野太賀は先日観た『すばらしき世界』で泣かせてもらったばかりだが、善人よりも、むしろ憎まれ役がうまい。
その点では、コズミンは宮藤官九郎『ゆとりですがなにか』のモンスター後輩・山岸の路線に近いキャラで、楽しい。松坂桃李は『ゆとり~』の主演なのだが、太賀と絡んだ記憶はない。
メンバーのリーダー的な存在・ロビさん。とはいっても、最年長で一番威張って無茶するキャラ。
山中崇は私の中では『宇宙でいちばんあかるい屋根』の先生みたいなマイルドな役のイメージだが、今回はヒゲ面でちょっと意外。でも、『深夜食堂』のチンピラのゲンも、こんな感じだったかな。
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映像から小道具まで器用に作る西野役には、若葉竜也。今泉作品の常連になっており、公開が待たれる『街の上で』では主演。『愛がなんだ』のナカハラ君には泣けたが、今回は軽妙な役でチームを支える。
CDショップの店員で、メンバーのハロプロ・イベントに劔を誘ったナカウチ。のちに、東京に来るように劔に声をかけたのも彼だ。ひげもじゃで一見怖そうだが、とても穏やかで常識人。
演じる芹澤興人は『知らない、ふたり』でも今泉監督と組んでいるが、彼が入っているとメンバーに安定感がある。
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最後は、みんなにいじられ役のイトウ。自室を部活動に提供している。演じているのはロッチのコカドケンタロウ。映画は初出演。
お兄さん、あやや推しちゃう?
男ばかりの部活動ではあるが、周囲にはアイドルのグッズやポスターだらけなので、さほど殺伐とした雰囲気にはならない。何というか、男子校的なバカバカしさが懐かしくも心地よくもあったりする。
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松浦亜弥や藤本美貴をはじめ、アイドルに萌えはするが、汚してはならない存在であり、決して性の対象としては見ないところが好感。
それゆえに、活動とは別に彼女の存在をチラつかせたり、もっとストレートに、AVや風俗のネタまで登場させて、一線を画しているのである。
◇
ハロヲタの物語、かつ20年も経過すれば、さすがに当時の本物のアイドル登場というわけにもいかない。それは分かるが、ちょっと寂しい。
と思っていたら、なんとあややの握手会シーンがあるではないか。松浦亜弥役を演じたのはハロプロのアイドルグループ「BEYOOOOONDS」の山﨑夢羽。いや、マジで似ていた!
それも、デフォルメしたモノマネに逃げるのではなく、当然アイドルとして可愛くありながら、似ているのだ。シーンは一瞬ではあったが、これは嬉しかった。
あとは石川梨華のライブの過去映像。これで、本物の出演は満足としよう。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
今が一番楽しければ、それでいい
中学・高校と違って、仲間たちとのヲタ活には卒業もなく、その気になればずーっと、好きな応援と研究に打ち込める。今が一番楽しく思える。
彼女にふられた松浦亜弥のコンサート、劔の隣の空席には、自分と同じ熱心なファンと思える格好のオヤジが座る。彼は、20年後の自分だという。
お前はそのまま彼女もできずにファン活動を続けるが、それでも俺は、今が一番楽しいぞと。このオヤジ、『れいこいるか』のいまおかしんじ監督だったのか。確かに桃李の20年後と言われると、雰囲気は似てるかも。
本作では、何人かカメオ出演があるらしいが、誰でも気づくどんぐりしか分からなかった。コンサートで劔の隣に座る西田尚美はカメオじゃないだろうし。
◇
さて、そんな風に過ごしてきた愛おしい青春の日々も、やがて終わりはくる。自分の方で心変わりがなくても、あんなに全てを捧げたアイドルの方から卒業してしまうのだから。喪失感は大きい。
考えてみたら、両想いではなく、片想いにこそ、恋愛の純粋さと尊さがあるのだと説いてきた今泉力哉監督が、無償の愛の極みであるヲタ活にたどり着いたのは、ある意味必然なのかもしれない。何たって、♡桃色片想い♡なのだから。
闘病中でもコズミンはヲタク道を行く
後半、みんなが徐々に疎遠になり、劔がナカウチの誘いで東京に暮らすようになる頃、コズミンが癌になり、闘病生活に入る。
だが、気持ちよいほど気丈に明るく癌に立ち向かい、そしてヲタクとしてのライフスタイルを貫くコズミン。カッコ悪いところが、人間味があっていい。
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仲間の闘病生活を笑いのネタにするメンバーたちも、彼らならではの優しさなのだ。
ネット弁慶のコズミンが生前葬や喫茶店で土下座して詫びるシーンが複数回あって、『今日から俺は!!』の今井役でも、番長なのに土下座してたのを思い出す。
自分の危篤状態をツイートするコズミン。みんなで大阪に暮らしたあの頃のmixiは、今はTwitterにとって代わり、時代は移り変わっている。
だが、今なお<モー娘。>は存続し、道重さゆみはいう。
「10代はかわいい。20代は超かわいい。30代は超超かわいい」、と。
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彼女の名言を熱くコズミンに語る劔。そう、松浦亜弥で始まった劔のヲタ活は、ハロプロのある限り、終わらせるわけには行かない。だって、今までで今日が一番ピークだと、彼女たちが教えてくれたから。
映画公開を記念してコンピレーションアルバムが限定発売されるらしい。気になるけれど、すでに映画を観てから、「♡桃色片想い♡」が耳から離れない状態になっている。