『海よりもまだ深く』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『海よりもまだ深く』今更レビュー|結婚できない男は離婚も苦手

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『海よりもまだ深く』

是枝裕和監督が阿部寛と樹木希林を母子役で起用する家族ドラマ第二弾。夢見た未来とちがう今を生きる、元家族の物語

公開:2016 年  時間:108分  
製作国:日本

スタッフ
監督・脚本:        是枝裕和

キャスト
篠田良多:          阿部寛
篠田淑子(母):      樹木希林
白石響子(元妻):    真木よう子
白石真悟(息子):     吉澤太陽
中島千奈津(姉):     小林聡美
中島正隆(義兄):     高橋和也
中島彩珠(姪):      蒔田彩珠
中島みのり(姪):    一栁みのり
福住(響子の恋人):    小澤征悦
<興信所>
山辺康一郎:   リリー・フランキー
町田健斗:         池松壮亮
愛美:           中村ゆり
<その他>
質屋:      ミッキー・カーチス
仁井田:           橋爪功

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

ポイント

  • 阿部寛のダメ男ぶりと、樹木希林の当意即妙の返しと慈愛。是枝裕和監督の描く、普通の家庭の家族ドラマは『歩いても』から始まり、『海よりも』で昇華する。本作の樹木希林は、ウチのお袋がモデルではないかと本気で思ってしまうほどのリアリティ。

あらすじ

笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多(阿部寛)。15年前に文学賞を一度とったきりの自称作家で、今は興信所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。

元妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされ、息子・真悟の養育費も満足に払えないくせに、彼女に新恋人ができたことにショックを受けている。そんな良多の頼みの綱は、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子(樹木希林)だ。

ある日、たまたま淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。こうして、偶然取り戻した、一夜限りの家族の時間が始まる。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

歩いても、海よりも

是枝裕和監督の『歩いても、歩いても』(2008)は、子連れの女性と再婚した主人公が、家族を連れて実家に帰ってくる、ある夏のひと時を描いた家族ドラマだった。何でもない会話やカットにリアリティを感じさせる是枝監督らしい佳作だった。

本作はその流れを汲んだ家族ドラマに思える。主演は同じ阿部寛だし、役名の良多まで変わっていない。実家で彼を待つ母親役が樹木希林という母子の組み合わせも同じだ。

更に言えば、口うるさい姉がいて、その夫役を高橋和也が演じているのも共通(但し姉役は『歩いても~』YOUから小林聡美となる)。

あちらはいしだあゆみ、こちらはテレサ・テンのヒット曲の歌詞にちなんだタイトルと言う点も共通、また、良多が渋い顔で電車(前回は京急、今回は西武)に乗って、気乗りせず実家にやってくるという導入部分も似ている。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

だが、似ているのはこのあたりまでか。『歩いても~』では原田芳雄演じる開業医の頑固親父がいる、医院も兼ねた日本家屋だったが、本作では父親が亡くなった後の話であり、実家も狭い団地住まいだ。

舞台設定が異なることで、映画の印象は大きく違う。せせこましい団地の中の生活を、うまい具合にフレームに収めている。若干息苦しさはあるが、映画としてはむしろ狙った効果なのだろう。

冷蔵庫の冷凍カルピスや、通販の防水ラジオ、ベランダのペットボトルじょうろ、狭い風呂場のまっくろくろすけなど生活感の描写がいい。ロケ地は是枝監督が実際にかつて暮らしていた東京都清瀬市の団地だという。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

樹木希林の自然体

本作で特筆すべきは、母親・淑子を演じた樹木希林の演技とは思えない自然な語り口とふるまいだろう。これには圧倒される。愛する愚息とポンポン交わす当意即妙な言葉のやりとりが何ともいえず面白く、味わいがある。

良多はかつて島尾敏雄文学賞を受賞した経歴をもつ作家だが、その後は何年も鳴かず飛ばずで、小説の下調べと称して興信所に勤めて生計を立てている

そう聞くと、頑張って作品を書いている物書きに思えるが、実態はギャンブル好きの悪癖も抜けず、息子の養育費もまともに払えない、隙あらば親の金をアテにする、どうにも情けない男なのである。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

『歩いても~』では全面的に息子を溺愛する母親だったが、本作では生活力もなく妻にも見放された<晩成すぎる大器>の我が子に毒舌を吐くものの、根っこでは愛情を注ぐ母親樹木希林は自然体(と見える)で演じている。

多くの人がそう思っているのかもしれないが、この作品の中の樹木希林は、うちの母がモデルなのではないかと思うほどに、言動が似ている。これが是枝監督の企図したものだとすれば、私はまんまと罠にかかっている。

罠といえば、団地に住むクラシック音楽好きのインテリ先生(橋爪功)が、団地の有閑マダムを自室に集める音楽鑑賞会。あれは絶対、怪しげな催眠商法だと思った。樹木希林『悪人』(2010、李相日監督)の騙されイメージが強すぎるからだろうか。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

再婚できない男

さて、一方の阿部寛。書いた小説が若い頃に賞をとるが、その後は売れずもがき苦しむ主人公。最近では『夜、鳥たちが啼く』(2022、城定秀夫監督)がこのパターン。

是枝監督が最新作『怪物』で組んだ脚本家の坂元裕二も、かつて、「受賞後に空回りする主人公はまるでオレのことだ」と思ったそうだ。それだけ印象的なキャラ設定なのだろう。

本作の良多はギャンブル癖も意に介さず、その情けなさは見るに堪えない。別れた元妻の響子(真木よう子)への養育費も滞納しているのに、月一回の息子・真悟(吉澤太陽)と会える日には、悪びれず我が子を連れ出し見栄を張る。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

響子の新たな交際相手で大手不動産会社の営業マン・福住(小澤征悦)の動向を気にしてあれこれ探るのはまだしも、金欠で手が出せずに息子にあげるはずの野球のグローブは福住に先にプレゼントされてしまう。

それならばと奮発して買ってあげるスパイクシューズは、わざと店でこっそり傷をつけて値切る姑息ぶり。

こういうダメ男を演じる阿部寛はちょっと懐かしい感じ。熱血漢や知的な刑事も勿論お得意だが、どこか冴えない男もまたいいのだ。

プライドは人一倍高い『結婚できない男』型で、かといって仕事もパッとしない。妻に愛想を尽かされても納得のキャラ。『奇跡』(2011)での阿部寛の起用は大いに不満だったが、本作は大正解。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

そして暴風雨がやってくる

良多にとって心の支えである我が子と別れても未練のある元妻、そして老いた母親が一人で住む団地。物語は後半、どのように展開していくのか。ここで序盤からチラ見せしてきた台風情報が生きてくる。

月一回我が子に会える日に真悟を連れ回した良多は、実家に息子を連れていく。真悟は祖母に懐いているのだ。夜遅くなり、そこに響子が迎えに来る。離婚した夫の実家だ。義母との仲は良かったとはいえ、足は遠のいている。

だが、その晩、台風が接近し、家に戻る時機を逸した響子と真悟は、淑子の望んだとおり、一晩泊ることとなる。こうして、一夜限り、元家族が一つ屋根の下で顔を合わせることとなる。いわば是枝版『台風クラブ』だ。

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

笑いの中に泣きがある

本作の白眉は是枝作品のミューズ・樹木希林の自然体の演技だが、作品全体の匙加減もよく考えられていると思う。

例えば、小澤征悦が演じる響子の交際相手の福住。押しが強く自信過剰で、うるさいタイプではあるが、かといって悪いヤツではない。

良多と並べて明らかにひどい男であれば、観ている方にも再婚反対の機運が高まるが、そこまでではない。むしろ冷静に考えれば、こいつの方がよい父親になりそうだ。

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母・淑子も、台風の夜に偶然三人が揃った息子家族が、もう一度元のさやに戻ることを切に願っているのに、さりげなく川の字に布団を敷くのがせいぜいで、あからさまに響子に再考を促したり、懇願したりはしない。

だからこそ、「もう、駄目なのかしらねえ」冗談めいた言葉の合間に涙をこらえ樹木希林の演技が胸に刺さるのだ。

テレサ・テンの歌を聴いて、「海より深く人を愛したことなんかないわよ、普通の人はないわよ」という母。亡くなった夫にはそうだったかもしれないが、晩成すぎる頼りない息子に向けた無償の愛は、相応に深い。

海よりもまだ深く 本予告

しょっぱいラストが丁度いい

暴風雨のなか、童心にかえったように息子を連れて児童遊園の巨大なタコの滑り台の中に探検にいく良多。心配になった響子もそこに加わり、夜中の公園のタコの腹の中で、家族三人が不思議な時を過ごす。

真悟のポケットには、良多と買ったサマージャンボ宝くじ。ギャンブルを嫌悪する響子は怒るが、良多は反論する。

「宝くじはギャンブルじゃなく、夢を買うんだ!」

(C)2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

確かに、1億円当たって破滅する人はいても、はずれて破産する人はいない。競馬・競輪・競艇と同類ではない。

暴風雨に飛ばされたジャンボのバラ10枚を必死で追いかけて、台風一過の翌朝、ベランダでそれを乾かす。夢は繋がった。これが当たれば、家を買って祖母も一緒にみんなで暮らすのが真悟の夢なのだ。

高額当選しないまでも、三人家族が元のさやに収まっていく結末だと、さすがに大団円すぎるだろうと心配していたが、現実的なエンディングで安堵した。

少なくとも、良多は家族再結成に向けて、これといった努力をまだしていない。彼は悪いヤツではないが、だらしない性格は治っていない。養育費を滞納して宝くじ買っただけでハッピーエンドになっては、さすがにご都合主義だろう。

なので、暴風でひん曲がった傘がたくさん転がっている快晴の駅前で、それぞれ元の生活に戻っていくラストは納得感がある。

是枝監督作品は、最近派手な題材を取り扱うことが多く、『歩いても~』や本作のように、これといった事件もない日常に終始する作品は少なくなっているが、本作はどこか心に残る。

エンディングのハナレグミ『深呼吸』も、とても本作にフィットする。興信所の同僚役を演じた池松壮亮が、是枝監督による、この曲のMVにも出演している。本作鑑賞後に観ると、更に世界観に浸れる。

ハナレグミ - 「深呼吸」 Music Video