『地獄でなぜ悪い』
ヤクザと映画撮影の融合、これは園子温監督的<キネマの神様>といえる。初参加の長谷川博己と國村隼もノリノリ。楽しんでみるのが正解。
公開:2013 年 時間:130分
製作国:日本
スタッフ 監督: 園子温 キャスト 平田: 長谷川博己/中山龍也 佐々木: 坂口拓/中田晴大 谷川: 春木美香/青木美香 御木: 石井勇気/小川光樹 武藤大三: 國村隼 武藤ミツコ:二階堂ふみ/原菜乃華 武藤しずえ:友近 池上純: 堤真一 橋本公次: 星野源/伊藤凌 住田: 諏訪太朗 木村刑事: 渡辺哲
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ヤクザの組長・武藤(國村隼)は、獄中の妻しずえ(友近)の夢でもある、娘ミツコ(二階堂ふみ)を主演にした映画の製作を決意。
「映画の神様」を信じるうだつのあがらない映画青年(長谷川博己)と、通りすがりのごく普通の青年(星野源)を監督に迎え、手下のヤクザたちをキャストに映画作りを始める。
しかし、対立する池上組の組長でミツコに恋心を抱く池上(堤真一)も巻き込み、事態は思いもよらない方向へと進んでいく。
今更レビュー(ネタバレあり)
今回はコメディ全開の園子温
園子温監督作品なのだから、はじめの数カットでその作品に乗れるかどうか、これに全てがかかっている。
本作はヤクザ同士の抗争に、いつか傑作を撮りたいと夢見る自主映画制作集団FUCK BOMBERSがまきこまれて、本物の殴り込みをフィルムに収めるという、奇想天外なストーリー。
今回は、園子温監督の特徴的な、過激な性と暴力もなければ、東日本大震災に向き合うシリアスな社会描写もない。純粋な、おバカ・エンタメ作品だ。人によっては、とっつきやすいかもしれない。
◇
暴力団同士の抗争といっても、バイオレンスに縮み上がるようなシーンは皆無だ(流血沙汰は無数にあるけれど)。
園子温作品には初参加となる國村隼が演じる組長の率いる武藤組、対立するのは武藤に組長を殺され解散した北川会から池上組を立ち上げた池上(堤真一)。
ヤクザをシリアスに演じるも、どこか狡猾さと中年の色気を漂わす國村隼に、お得意のちょっと狂気の入った演技が通常より濃厚な堤真一。
そして、物語の中心にいるのは、國村の娘で女優の武藤ミツコ(二階堂ふみ)。池上はそのファンでもある。
俺たちは、FUCK BOMBERS!
組の抗争とはまるで無縁のようにみえる自主映画制作集団FUCK BOMBERSは、10年前の高校時代のエピソードから描かれる。
映画への想いを熱く語り、監督を夢みる平田(長谷川博己)。不良同士のケンカを撮られ仲間になった、カンフーアクションスターを夢みる佐々木(坂口拓)。
そして、カメラはローラースケートをドリー代わりに移動ショットが得意な御木(石井勇気)と、手持ち派の谷川(春木美香)という二人。
この四人は10年経っても芽が出ずに、閉館した行きつけの映画館に入り浸っている。
FUCK BOMBERSとヤクザはどう繋がるか。武藤組長の妻しずえ(友近が似合う!)は、家を襲った北川会のヒットマンたちを次々とめった刺しにして、過剰防衛で服役していた。
組にとっては一大功労者のしずえは出所日が近づき、娘ミツコの主演映画の鑑賞を心待ちにしていた。だが、ミツコは撮影現場から男と失踪したことで映画の女優は差し替え。武藤組長は、出所までに娘の主演で映画を撮影する計画をぶち上げる。
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監督に指名されたド素人の公次(星野源)は、偶然知り合った平田に救いを求めることになる。こうして、平田たちは念願の映画を、それも本物のヤクザを使って撮ることができるようになるのだ。
ヤクザと映画制作の組み合わせは意外と多い
暴力団抗争と映画製作を結び付けた作品といえば、まず思い出すのは三谷幸喜の『ザ・マジックアワー』だろうか。売れない役者の悲哀を描いた秀作だった。
韓国映画では『映画は映画だ』なんて、まさにヤクザが俳優をやることになるマジなバイオレンス作品だった。製作がキム・ギドクだったから、本当に怪我してたのかも。
◇
本作はそれらとは方向性が異なる。映画愛に満ちた、無茶な勢いがあるのはよい。やや冗長だった気がする学生時代のエピソードも、後半にうまく繋がる気持ちよさ。
本物のヤクザが長物をもって殴り込んでいき、そのリアルなアクションを映画オタクのFUCK BOMBERSや武藤組の映画班が、必死で撮る。
なんともバカらしくて、だけど楽しい。赤いカーペットを敷き詰めたような血みどろの部屋なのに、どこか幻想的だ。
「生涯で一本でいいから傑作を撮らせてください!」
映画の神さまに願をかけた平田の祈りが10年後のその日に通じる。
「兄ちゃんたち、いい作品撮ってくれよ」
そういってくれた今は亡き優しい映画館主(ミッキー・カーティス)。
「こんなことに巻き込んでしまってすみません」と平謝りの公次。だが平田は大喜び。
「本物のヤクザの殴り込みを映画に? 神さま、ありがとう!」
園子温は、20年近く前の映画監督になっていない頃に、本作の原案を書いている。これは園子温版の『キネマの神様』なのだ。
全力歯ぎしりレッツ・ゴー!
池上組の屋敷に堂々と乗り込んだ平田が、偶然にも旧知だった池上とうまい具合に撮影の話をつけ、いざカメラ班、アクション班、照明班、録音班、もろもろOKで本番撮影が始まる。
みんな、菅原文太や健さんみたいに、カッコよく決めてください。さあ、イッツ・ショウタイム! 脚本なしの真剣勝負。どんな映画ができあがるのか。
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「全力歯ぎしりレッツ・ゴー!」
劇中多くの出演者に何度となく歌われるのは、ミツコが子役タレント時代に出演していた全力ハミガキのCMソング。
全てがデフォルメされた本作ではあるが、この部分だけは妙に学芸会風な演出で全体から浮いているので、ちょっと萎える。
子役CMを劇中に効果的にはさむ手法は、宮藤官九郎のドラマ『監獄のお姫さま』のエドミルク「えどっこヨーグルト」でも使われてたっけ。妻が監獄にいるという設定も、どことなく似ている。
園子温的な映画愛に満ちている
この映画駄目だわ、ってなる人もいると思うけれど、数々の園子温作品を見てきた者としては、このくらいの変化球は受け取れる、というか十分楽しめるように体が順応している。
熱くなり喋りまくる長谷川博已はまるで『鈴木先生』そのまんま。彼は、この平田と言う役は、まさに自分が演じたいと熱望していた役だと語っている。その熱量は十分に伝わってくる。
堤真一はこの頃から、どんどんシリアス路線を崩していき、どこまで暴走するか怖い。柳沢慎吾にまた一歩近づいている気がする。
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星野源は、『罪の声』に主演するような今とは違い、こういう役柄が固定。でも、エンディングにはちゃんとミュージシャン仕事もこなす。
ちなみに、『罪の声』には星野源のほか、ミツコの子役時代の原菜乃華、木村刑事の相棒・田中刑事の尾上寛之も出演していて重複率が高い。
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二階堂ふみは、こういう殺陣のアクションもする女優なのだ。眼力が強い。ビール破片の口移しキスがえぐいっす。園作品おなじみのミツコ役は、今回悲惨な最期ではなかった。
『冷たい熱帯魚』でも怪演した住田組長(諏訪太朗)、木村刑事(渡辺哲)、それからラーメン店主(でんでん)のチョイ役出演も嬉しい。
会話の途中であっけなく首を斬られる國村隼は、まるで『キル・ビル』ではないか。そんなら、カンフー佐々木の黄色いトラックスーツは、ブルース・リーじゃなくて、ユマ・サーマンを意識?
本作がオマージュを捧げたのは、きっとタランティーノ経由で深作欣二なのだろう。警察署の名前も深作警察だったし。
ラストの長回しショットで、誰もいない雨の降る夜道をフィルム抱えて、延々と一人走る平田。
FUCK BOMBERSと大声で歌い続ける平田には、燃え尽きた満足感が滲み出る。これがクランクアップだったというから、一層そう感じさせるのかもしれない。