『侍タイムスリッパー』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『侍タイムスリッパー』考察とネタバレ|カメラの次は、サムライを止めるな!

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『侍タイムスリッパー』

侍がタイムスリップして現代に。これだけのネタで、かくも笑って泣ける映画ができるとは!

公開:2024 年  時間:131分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:     安田淳一

キャスト
高坂新左衛門:   山口馬木也
風見恭一郎:   冨家ノリマサ
山形彦九郎:     庄野﨑謙
山本優子:     沙倉ゆうの
殺陣師関本:     峰蘭太郎
西経寺住職:     福田善晴
住職の妻節子:     紅萬子
井上所長:       井上肇
錦京太郎:     田村ツトム
斬られ役俳優安藤:  安藤彰則
村田左之助:     高寺裕司

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)2024未来映画社

あらすじ

幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)は家老から長州藩士を討つよう密命を受けるが、標的の男と刃を交えた瞬間、落雷によって気を失ってしまう。

目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所だった。新左衛門は行く先々で騒動を起こしながら、江戸幕府が140年前に滅んだことを知り、がく然とする。

一度は死を覚悟する新左衛門だったが、心優しい人たちに助けられ、生きる気力を取り戻していく。やがて彼は磨き上げた剣の腕だけを頼りに撮影所の門を叩き、斬られ役として生きていくことを決意する。

レビュー(まずはネタバレなし)

単館上映から人気が広がり、瞬く間に上映スクリーン数を増やしていく様子から、『カメラを止めるな!』の再来といわれている本作。同作のヒットで映画館側も味をしめたか、今回は拡大対応が早い。

とはいえ本作に、二匹目のドジョウ感はまったくなく、むしろ自主製作映画なのにこの完成度は凄いものだと感服する。こんなに面白い脚本ならと、東映京都撮影所が全面協力してくれたのが大きいのだろう。

『カメ止め』は良くも悪くも自主製作映画の匂いがするのだが(それが持ち味)、本作は画面の作りも役者もセットも、みな本格的な重厚感がある(まあ、本物だからね)。

未来映画社の劇場映画第三弾、監督・脚本は安田淳一。家業を継いで米作農家をやる傍らで自主製作映画を撮り続ける苦労人らしい。

この脚本と映画のクオリティで、認められなかったら嘘だよ。ヒットしてほしい。思わず声をだして心底笑ってしまう場面が頻出する作品は、一体何年ぶりだろう。

本作はいわゆるタイムスリップもののコメディだ。現代社会に侍が時空を超えてやってくる。

京都を舞台にしたタイムスリップコメディというと、『ドロステのはてで僕ら』『リバー、流れないでよ』等、劇団ヨーロッパ企画の映画を連想するが、これらの作品は、何度もタイムスリップを繰り返す、何かを変えることに執心する。

それに対し本作は、未来にやってきてしまったことを、割と素直に悩むことなく主人公が受け容れ、かつ順応していく姿が潔く、またユニークでもある。

映画は冒頭、幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)村田左之助(高寺裕司)は、家老から長州藩士を討つよう密命を受け、闇に待ち伏せする。

名乗りを上げた標的の男・山形彦九郎(庄野﨑謙)は剣の使い手。突然の豪雨の中、二人が刃を交えた瞬間、高坂は落雷によって気を失ってしまう。

落雷でタイムスリップするのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』からのお約束だから、もはや何の説明もない。

(C)2024未来映画社

高坂が目覚めたのは既に昼間の宿場町の路上で、敵の姿もない。だが町人に場所を訪ねても、みな彼を無視し、眼前では町娘が男たちにからまれ、二枚目の武士に助けられている。

そう、高坂が分からないのは無理もないが、ここは現代の撮影所の時代劇の江戸の町並セットなのだ。

マザーテレサの言葉じゃないが、「置かれた場所で咲きなさい」この主人公を時代劇の撮影所に置き、そこで咲かせるという発想が、本作のキモであり、最大の魅力である。

普通なら、未来に放り込まれた主人公は、苦悩し、絶望し、そして社会のあちこちに見聞を広めに動き回る。過去から来た人間として、政府に捕獲されることだって想像される。

(C)2024未来映画社

ところが、本作の高坂は京都の町を離れないし、街に貼られたポスターを見ただけで、「倒幕から140年」という歴史に納得してしまう(彼に算用数字が読めたのは不思議だが)。

はじめに若干のトラブルはあれど、現代社会への順応度はすこぶる高い。彼がショートケーキを食べて感動する場面で、同じく侍がタイムスリップする錦戸亮『ちょんまげぷりん』を思い出す。

(C)2024未来映画社

高坂は、親切にしてくれる助監督の山本優子(沙倉ゆうの)に支えられ、かつて長州藩士に斬りかかった寺の住職夫妻(福田善晴、紅萬子)のもとで寺男として世話になる。

そして、ひょんなことからエキストラの斬られ役としてデビューを果たすと、磨き上げた剣の腕を頼りに殺陣師関本(峰蘭太郎)の弟子入りを志願し、斬られ役としてこの世界で生きていくことを決意するのだ。

斬られ役の主人公なんて、階段落ちつかこうへい『蒲田行進曲』のようだが、あの作品のように、本作にもスタッフ・キャストの映画愛、時代劇愛が満ちている。

(C)2024未来映画社

もはや時代劇なんて風前の灯だという環境認識も自虐的にしっかり入っている。単にサムライをタイムスリップで混乱する様子をみせるコメディではなく、そこには深みもペーソスもある。

時代劇とタイムスリップの組み合わせには近年『サマーフィルムにのって』という秀作もあったが、本作はある意味、王道的な展開だ。殺陣をとっても本格派である。

(C)2024未来映画社

役者がいい。自主製作映画の出自からして、名前を存じ上げない俳優ばかりなのは無理もないが、それにしてもみな演技のレベルが高いと思ったら、朝ドラや時代劇などで、長年の実績を積んだ猛者揃いだった。

特に、終始会津弁で主人公の高坂を演じた山口馬木也の面構えと佇まいがいい。どこか若い頃の笠智衆のようでもあり、彼がエキストラの斬られ役をやる姿は、唐沢寿明がスーツアクターを演じた『イン・ザ・ヒーロー』を彷彿とさせた。

高坂を相手役に抜擢する大物時代劇俳優の風見恭一郎(冨家ノリマサ)や殺陣の師匠を演じた峰蘭太郎もまた、重厚感があってよい。

(C)2024未来映画社

ベテランの多い出演者勢は、通常の自主製作映画では願ってもない陣営だろうが、みな脚本の面白さに惹かれて快諾してくれたという。何とも、心温まる話ではないか。

ちなみに、ヒロインの山本優子を演じた沙倉ゆうのは、未来映画社の看板女優のようだ。

コメディの基本原則に従い、演者はみなクソ真面目に芝居をし、それが笑いに繋がっている。

出演者に憎たらしいヤツが一人も出ておらず、みないいヤツ揃いなのも、ドラマであれば薄っぺらくなるところかもしれないが、本作にはよく馴染む。

終盤のひねった展開もよく練られており、さすが苦労人の撮った映画だと思った。拡大公開は喜ばしい。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

『カメ止め!』と違い、ネタバレ厳禁なサプライズはないと思うが、それでも知らずに観た方が楽しめると思うので、少しだけネタバレ。

落雷でタイムスリップしたのは高坂だけと考えるのは早合点で、同じように落雷を受けた者がいるだろうと想像される。

そんなことを忘れかけていた頃に、この同じ幕末の時代を生きた人物が現代に登場する。まるでヴェンダース『ベルリン・天使の詩』で、街にはまだ何人も天使がいたように。

『心配無用の介』から始まった時代劇は、竜馬の幕末ドラマを経て、ついに著名な監督による待望の時代劇映画『最後の武士』へ。

トム・クルーズ『ラスト サムライ』でも役所広司『峠・最後のサムライ』でもなく、『最後の武士』。そこで因縁の対決が甦る。小道具ではない真剣による侍同士の対決。

グラサンの監督が、「カメラを止めるな!」と言っていたのは、一匹目のドジョウへのオマージュか。

ここからの展開には触れないが、終盤のひねりは、なるほどコメディ映画の王道ともいえる、美しい収め方である。

時代劇の灯を消さないためには、こういう変化球の企画もありなのだ。『仕掛人藤枝梅安』も驚きだろう。上映後に拍手が起こっても当然に思える、見事な出来栄えだった。安心して誰かに勧めたくなる一本。