『ベルリン・天使の詩』 今更レビュー:うちのカミさんじゃなく神様の物語

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『ベルリン・天使の詩』 
 Der Himmel über Berlin

ヴィム・ヴェンダース監督の代表作といえる、かつてのミニシアター系ロングランヒット作。芸術性の高さとハートウォーミングな物語を見事に両立させた手腕はさすが。

公開:1988 年  時間:127分  
製作国:西ドイツ

スタッフ 
監督:  ヴィム・ヴェンダース
撮影:    アンリ・アルカン

キャスト
ダミエル:  ブルーノ・ガンツ
カシエル: オットー・ザンダー
ピーター・フォーク:   本人
マリオン:
   ソルヴェーグ・ドマルタン
ホメーロス:  クルト・ボイス
ニック・ケイヴ:     本人

勝手に評点:4.5
(オススメ!)

©1987 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH and ARGOS FILMS S.A.

あらすじ

像の上からモノクロのベルリンの街を見降ろす天使ダミエル(ブルーノ・ガンツ)の耳には人々の声が聞こえてくる。姿は見えないはずなのに、アメリカの映画スター、ピーター・フォークが人間になれとダミエルを誘う。

そんな彼が、美しい空中ブランコ乗り・マリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)に恋をした。天使は人間に恋をすると死んでしまうのだが……。

今更レビュー(ネタバレあり)

子供は子供だった頃~

冒頭、モノクロの画面に万年筆で綴られる詩とそれを歌のように読み上げる男の声

「子供は子供だった頃~」

何もまだ始まっていないが、圧倒的な芸術性に気圧され、居住まいを正してしまう。そしてベルリンを上空から見下ろす風景そこには、天使がいる

天使たちは、ベルリンの町に生きる人々の心の声に、ひたすら耳を傾け、時には手を差し伸べる。天使たちの姿は、たまに子供たちの目に留まることはあっても、大人には誰も認知されない。

だが、彼らの多くは建物の屋根や図書館の中で人間の傍らに立って、その心の声に寄り添っている。

何と不思議で神々しく、また美しい映画なのだろう。これまでのヴィム・ヴェンダース監督の作風や路線の流れを汲んでいるのかは分からないが、彼の代表作のひとつと言ってよい。公開時のミニ・シアターのブームを思い出す。

本作は、世界を舞台にした『夢の涯までも』の撮影が難航していたことから、ベルリンに絞って考えられた企画と聞く。それが奏功したように思える。

いかにも天使が見下ろしていそうな造形の建物がこの町には多いようだし、まだ壁の存在を強く意識させる町全体の雰囲気も独特だ。

ちなみに、本作のヒット後に、ハリウッド・リメイクされたのが『シティ・オブ・エンジェル』。ニコラス・ケイジとメグ・ライアンは好きな俳優だけれど、ベルリンがロスアンゼルスに変わるのはどうにも許せなくて、未だに観ていない。

©1987 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH and ARGOS FILMS S.A.

奇跡のような組み合わせ

この作品を振り返ると、傑作になりえる奇跡的な要素がいくつか組み合わされていると思えてならない。

まずは前述した「子供は子供だった頃~」を繰り返す、美しい詩の存在。ヴェンダースの友人でもある、戯曲作家のピーター・ハントケによる作である。

そして、撮影監督として巨匠アンリ・アルカンを口説いて復帰させたこと。モノクロ映像があまりに見事で、時折差し込まれるカラー映像が鬱陶しく思えるほどだ。

もっとも、モノクロとカラーが天使目線の有無で切り替えられる発想は、はじめはその意味に気づきにくかったが、後段で俄然効果を発揮する。

主演の天使ダミエルブルーノ・ガンツを持ってくるのも、面白い。まあ、一般的には天使イメージではない重厚イメージの中年男性、というか『アメリカの友人』の殺しも請け負う額縁屋だ。

その彼がただ黙って、彫りの深い端整な顔立ちで、優しい表情のまま人々に寄り添っている。どうにもギャップがあるところが、逆にうまくハマっているようだ。同僚の天使カシエル(オットー・ザンダー)もまた同様。

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この手のダンディーなオジサン天使像建物の上から人々の生活を見下ろす構図、そしてあちこちから流れてくる心の声。これらの演出効果は、ジャンルを超えて、のちに多くの作品に影響を与えたように思う。

ジェームス・キャメロンの『ダークエンジェル』の主人公は、よくビルの屋上で夜風にあたっていたな。うるさく思えるほど周囲の他人の心の声が聞こえるのは、テレパスものでは定番表現。

ダミエルがいつの間にか心惹かれるようになってしまう、サーカスの空中ブランコ乗りの女性マリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)。空中芸がうまくできず、またサーカスは資金難のため明日で解散という憂き目に遭う。

サーカスと映画の相性の良さはフェリーニの『道』でもお馴染みだが、本作でも優れた舞台効果を上げる。更には、ソルヴェイグ・ドマルタンはかつて空中ブランコの学校に通っていた経歴もあり、これ以上の適役はない。

©1987 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH and ARGOS FILMS S.A.

そして最後には、奇跡のキャスティングといえる、ピーター・フォーク本人の登場だろう。「今(すれ違った)のコロンボじゃねえか?」などと若者がいう台詞が本作に出てくるなんて、思いも寄らなかった。

彼は、ベルリンに撮影仕事で訪れる米国俳優というまさに本人役で、本作にも中盤からちょいちょいお目見えする。

うちの神さんがね、とは言わないか

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

白状するが、後半のピーター・フォークがコーヒースタンドの前にいるシーンまで、私は本作品の芸術センスを高く買ってはいたものの、ちょっと宗教色の濃いアーティスティックな作品といった程度の認識でしかなかった。

無事に最後の日のサーカスで空中を舞ったマリオンが、夢の中でダミエルと出会い愛情を確かめ合うシーンは、幸福そうだが、宗教画のようで苦手だなと思い始めたのだ。

だが、そんな折に、ピーター・フォークが再登場するのである。コロンボは虚空を見つめていう。

「あんた、見えないが、いるのだろう?」

なんと彼は、天使ダミエルに握手を求めるのだ。今まで、そんなことができる大人は一人もいなかった。ここから、ダミエルは現実世界に大きな憧憬を持つようになる。

手をこすり合わせた感触、コーヒーの熱さや苦み、床屋のマッサージ、新聞を読む習慣。そして、意中のマリオンとも、会って話すことができる! 

シティ・オブ・エンジェル

ある日、ついに彼は決心を友人カシエルに打ち明ける。だが、その時すでに、彼は実体のある人間になっていたことを、友人は足跡から気づくのだ。

そして画面はカラーに。何と美しい場面転換だろうか。人類が生まれる前から、この観察仕事の同僚であるカシエルは、親友の英断を責めることなく、優しく見守ろうとしている。

そこからのダミエルの生活は、発見と喜びに満ち溢れている。頭をぶつけて出血し、それを舐めてみることさえ新鮮な体験なのだ。

我々も普段何も思わずに感じている多くの事柄に、このような新鮮さと喜びが感じられたらよいのに。

そして、撮影所でピーターを見かけると、ダミエルは握手を求める。ピーターは驚くでもなく、いくらかカネをやろうかという。だが、天使の世界が餞別にくれた鎧を売ったから当面のカネはある。

「いくらで売ったんだ。俺のときは、もっと高く売ったぞ」

何のことはない。ピーターもまた、かつては同業だった。そう、街の中には、天使だった人々が大勢暮らしているのだ。

本ページの情報は2021年10月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。

地上に降りた天使

地上に降りた元天使ダミエルは、マリオンの居場所さえ分からなくなってしまったが、二人は運命の再会をはたすことができるだろうか。

町中に神の使いがいるところや、空中ブランコがでてくるあたりは、伊坂幸太郎の『死神の精度』『重力ピエロ』にも、影響を与えているのかもしれないな、映画マニアらしいし。

まあでも、街に溢れるのは、死神よりは天使でいてほしいけれど。

「僕は今知っている、いかなる天使も知らなかったことを」

冒頭の詩と同様に、ダミエルは、万年筆でドイツ語を書き綴っている。最後まで、緊張感の途切れない、見ごたえのある作品だった。

なお、映画は「To be continued」で終わるが、それを受ける形で公開されたのが、6年後のベルリンを同キャストで描いた『時の翼にのって ファーラウェイ・ソー・クロース!』である。