『犬神家の一族』
日本映画の金字塔、角川映画はここから始まる。
公開:1976 年 時間:146分
製作国:日本
スタッフ 監督: 市川崑 原作: 横溝正史 『犬神家の一族』 キャスト 金田一耕助: 石坂浩二 <長女・松子> 犬神松子: 高峰三枝子 犬神佐清: あおい輝彦 <次女・竹子> 犬神竹子: 三条美紀 犬神寅之助: 金田龍之介 犬神佐武: 地井武男 犬神小夜子: 川口晶 <三女・梅子> 犬神梅子: 草笛光子 犬神幸吉: 小林昭二 犬神佐智: 川口恒 <当主> 犬神佐兵衛: 三國連太郎 <その他> 野々宮珠世: 島田陽子 猿蔵: 寺田稔 古館弁護士: 小沢栄太郎 助手・若林: 西尾啓 橘警察署長: 加藤武 大山神官: 大滝秀治 琴の師匠: 岸田今日子 那須ホテル女中・はる: 坂口良子 柏屋の亭主・久平: 三木のり平
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
日本の製薬王、犬神佐兵衛が残した謎の遺言状。犬神財閥の巨額の遺産を巡って、血塗られた連続殺人が起こる。
犬神家の家宝である 斧・琴・菊に隠された秘密とは?名探偵・金田一耕助(石坂浩二)が解き明かす血の系譜、そして意外な真相とは!?
今更レビュー(まずはネタバレなし)
角川映画はここから始まる
横溝正史による同名原作は過去何度か映画化されているが、ここで採り上げるのは1976年の市川崑監督版で金田一耕助には石坂浩二。
他に片岡千恵蔵主演の1954年版や、同じ石坂浩二で市川崑がセルフリメイクという謎の行動にでた2006年版があるが、前者は観ておらず、後者は何の印象も残っていない。
◇
本作は<日本映画の金字塔>と称されることもあるそうで、その是非はともかく、邦画のありように最も大きな影響を与えた作品という点では異論がない。
泣く子も黙る<角川映画>の記念すべき第一回作品であり、その巨額な宣伝費を投じるメディアミックス戦略は、当時世間を驚かせた。
気の利いたキャッチコピーとともに大量のテレビCMを流し観客動員を促す手法は、本作以降も大きな効果を発揮し、角川春樹は時代の寵児となる。
誇大広告ばかりで、映画の品質が伴っていないと揶揄もされた角川映画だが、少なくとも第一回作品となる本作は十分に期待に応える上質なミステリー作品となっている。
しかも、戦後間もない時代設定ながら、市川崑監督の斬新な映画的取り組みが随所に散りばめられ、今見ても古さを感じさせない。
後の世代に多大な影響
本作が映画制作者をはじめ各業界のクリエイターたちに大きな影響を与えたことは、今もいろいろな場面で実感させられる。
例えば、当主の臨終と遺言書の内容、それを巡る一族の殺人事件。目下公開中の『ミステリという勿れ』などは、丸々本作のオマージュ作品といえるほどだ。
そして、一度聴いたら忘れられない、大野雄二による叙情的なテーマ曲。これも今なおCMソングなどでよく耳にする。
更に、この曲とともに印象的なタイトルロールのスタッフ・キャストの巨大な明朝体文字。あれが発注ミスによる偶然の産物だとは知らなかったが、途中で90度に曲げる表示と合わせて、今でもエヴァンゲリオン・フォントにその影響をみることができる。
編集手法に関しても、映像自体は内容に合わせた風格のある色調や陰鬱さだが、時おりコマ落としの動きになったり、会話の途中で奇妙な切り返しをして違和感をねらったりと、まるで森田芳光監督がやりそうな実験的試みが、今では多くの作品にも採り入れられている。
金田一耕助のキャラ設定
金田一耕助のイメージも本作のキャラクター設定によって、すっかり定着してしまった感がある。
原作では一時期アメリカで暮らしていたり、本作以前の『本陣殺人事件』では中尾彬がTシャツ・グラサンで演じていたりの金田一耕助が、本作以降はよれよれの羽織袴にフケだらけのボサボサ頭と帽子の謎の探偵というスタイルで固定。
私にとって金田一耕助は古谷一行のイメージなのだが、石坂浩二の人の良さそうなキャラも捨てがたい。
◇
依頼人に呼ばれた金田一耕助が旧家のある田舎町に訪れて、そこで起きる猟奇的な連続殺人事件の調査を始める。最後には見事に謎を解いて見せるが、その時には殺人事件はあらかた終わってしまい死屍累々の状態。
本作で世間に広く知られるようになった基本パターンは、その後の作品でも踏襲されるが、観客は皆、安心してこの展開を楽しんでいるという『男はつらいよ』的な現象。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。
角川映画=スケキヨ
ミステリー作品ゆえストーリー詳細については割愛させていただくが、本作は簡単にいえば、莫大な資産を残して死んでいった犬神佐兵衛(三國連太郎)の、遺産相続争い必至な遺言状をめぐる殺人事件である。
本来相続権がないはずのヒロイン・野々宮珠世(島田陽子)が、それぞれ母親の異なる、佐兵衛の三人の孫、佐清(あおい輝彦)、佐武(地井武男)、佐智(川口恒)のいずれかと結婚すれば、家督を継げるという遺産内容。
但し、珠世が誰とも結婚しなかった場合や、三人がみな亡くなった場合など、いろいろ縁起でもない例外条項が入り込み、加えて、佐兵衛と愛人・青沼菊乃の息子・青沼静馬もその相続権に複雑に絡んでくる。
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三人の孫による珠世の争奪戦、そして次々と死んでいくライバルたち、その都度、利害関係の勢力図が変わっていく不気味さ。
ビジュアル的に最大のインパクトは、戦争で顔に傷を負って白いゴムマスクで顔を隠している佐清だろう。最近の<角川映画祭>でも堂々の主役扱いで代名詞的存在。
このマスクはよくできている。俳優以上に雄弁だったというと、あおい輝彦に叱られそうだが。終盤に、そのマスクの下の正体が疑われ、ハスキーボイスで母の松子(高峰三枝子)に語り始めるシーンは、何度観ても怖い。
改めて観ると、このマスクの佐清って実に山田裕貴に似ている。そう思うと、もはや『東リベ2』でスキンヘッドのドラケンにしか見えない。
善きことを聞く
物語は孫の三人の若者の殺害に焦点があたるが、その前に古館弁護士(小沢栄太郎)の助手があっさり殺されていることは忘れられがちだ。
この助手がどう殺されたかには、実は事件の鍵があるのだが、どうしても猟奇殺人の方に目が行く。
◇
湖から脚二本を天に向けて突き出し死んでいる映像は、本作を代表するアイコンとなっている。この佐清とみられる三人目の孫の死体、そして菊人形に混じって生首となった一人目の佐武(地井武男)の死体にはインパクトがある。
カメラが菊人形を金田一目線でパンしていき、生首に気づき愕然とするカットは子供心によく覚えている。もっとも、生首の顔が私には地井武男に見えなかったので、誰だっけと当時は理解に苦しんだが。
この二人に比べると、佐智(川口恒)は屋根の上で琴の糸を首にまかれて死んでおり、天窓からその死に顔がみえるという、やや迫力にかける死に様が気の毒といえる。
原作では佐智は湖畔の空き家で琴糸に巻かれて死んでいるのだが、どちらも従兄弟にくらべてインパクトが弱い点は否めず。
なお、これらの殺人は、当家家宝である斧・琴・菊(善きことを聞く)に因んでいるのだが、原作ではスケキヨが逆さまに死んで脚だけがみえていることで、ヨキケスを表現していた。映画では斧が登場しており、湖の死体に必然性はなくなってしまった。
よーし、分かった!
ヒロイン珠世役の島田陽子は常に沈着冷静で、役柄的にはあまり演技力を発揮しにくいのが勿体ない。
一方、本作のラスボス的な存在、嫌われ松子役の高峰三枝子は、難しい役をしっかり乗り切った感じで見応えあり。
竹子(三条美紀)の娘・小夜子は遺言状でも無視され、恋人も殺されて気が変になってしまい気の毒でならない。演じる川口晶は石立鉄男とのドラマが好きで良く観ていたが、あの元気な役とはギャップが大きくて。
その他、とぼけた持ち味が楽しい大山神官(大滝秀治)や、「よーし、分かった」でお馴染み早合点ばかりの警察署長(加藤武)、盲目の琴の師匠(岸田今日子)やコメディリリーフの宿屋亭主(三木のり平)など、周辺メンバーの配役もいい。
本作で一番好きなキャラは、那須ホテルの女中・はるを演じた坂口良子。全般的に暗く重たい本作にあって数少ない陽キャであり、美しさも相まって貴重な存在。ちなみに坂口良子は本作以降も役を変えて金田一事件にたびたび登場する。
◇
原作は犯人の自殺で幕を閉じるが、映画のラストは「困ったなあ、見送られるのは苦手でして」と早々に那須駅から汽車に飛び乗る金田一。
あいにく汽車は映り込まないが、駅舎に風格があってよい。ラストシーンに大野雄二の音楽で、余韻が沁みる。