『金田一耕助の冒険』 今更レビュー:<瞳の中の〇〇>は大林映画における鬼門である

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『金田一耕助の冒険』 

古谷一行のTV版金田一を愛し、尾道三部作を愛する私には、何十年も怖くて見られなかった大林作品。当時の文化を知らなければさっぱり分からないパロディの連発に忙しく、誰もストーリーに関心を払わない怪作。

公開:1979 年  時間:113分  
製作国:日本

スタッフ 
監督: 大林宣彦
原作: 横溝正史『瞳の中の女』

キャスト
金田一耕助: 古谷一行
等々力警部: 田中邦衛
マリア:   松田美由紀
明智文江:  吉田日出子 

勝手に評点:2.0
(悪くはないけど)

あらすじ

数々の難事件を解決してきた金田一耕助(古谷一行)は、今やすっかり時の人となっていた。

美術評論家から「不二子像」の首を盗み出した美術品窃盗団のマリア(松田美由紀)が金田一のもとを訪れ、十年前に金田一が真犯人を突き止められなかった「瞳の中の女」事件を解決しろと要求。

金田一は等々力警部(田中邦衛)とともに事件を追うが、捜査の先には例によって多数の犠牲者が生まれるのだった。金田一は今度こそ事件の真相を暴くことができるのか。

レビュー(ネタバレなし)

私の愛した金田一耕助

この映画は公開から今日まで40年近く、怖くて見られなかった作品だ。無論ホラーでないことは承知しているが、観る前から、およそストーリーを無視してふざけまくる、苦手な部類の映画だと分かっていたからだ。

大林ファンとしては好みでない作品を増やしたくないし、金田一耕助ファンとしても、シリアス路線で明るく現代に登場する探偵など見たくない。

更に皮肉なことに、よりによって古谷一行が映画で演じた唯一の金田一耕助である。

彼のTVシリーズを当時夢中で観ていた私には、この役を演じた数ある役者の中で(といっても知っているのは石坂浩二くらいだったが)、古谷一行こそが金田一耕助その人だった。

なので、本作に出演すると知って、失望が怖くて見られなかったのだ。

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ふざけまくるのにも信念が必要

大林監督追悼の意味もあり、初めて観賞した。ある意味すごい。自虐的パロディの塊だ。一応原作ベースのストーリーらしいものはあるが、作り手も観客も、誰も気にしていないと思える。

これを撮る大林監督も凄いが、『ねらわれた学園』の前に角川映画として本作を作らせる角川春樹も腹が据わっている。これが映画かと散々叩かれた『HOUSE』など、本作に比べれば実にマイルドな作品だと思う。

私の評点は当然主観的なものだが、広く誰かに薦められるかを基本軸にしているので、心苦しいがこの手の作品は辛口になってしまった。

ただ、高評点の作品はある程度万人受けするが、辛口評点の作品には、この作品メチャクチャ好きという人も結構いたりするものだ。勝手に評点するのも、結構難しかったりする。

ともあれ、大林監督は、この手のふざけ放題のおもちゃ箱ひっくり返し系の作風を、捨て去ることなく、メッセージ性の高い作品にも活用するところが凄い。

『花筐/HANAGATAMI』『海辺の映画館―キネマの玉手箱』等、晩年の反戦を訴える数々の作品にまでそのスタイルを活用している。

その時代を知らない人には分かりようがない

ギャグやパロディのネタの一つ一つはここでは採り上げきれないので割愛するが、ウィキペディアの記載の充実ぶりには驚いた。余程本作を愛する方がいらっしゃるのだろう。

角川映画をはじめ、邦画を中心に多くの作品がパロディとして登場するが、当時の映画のキャッチコピーの浸透度合いは今よりはるかに高い。マキシムのコーヒーCMを始め、大林監督自身のCFのセルフパロディも頻発される。

当時を知る者には懐かしいネタばかりだが、平成世代には理解不能だろう。

世俗ネタを採り入れないという意味では、例えば小説では、星新一はショートショートから、時代を感じさせる描写を極力排除したそうだ。

「電話のダイヤルを回す」と書かず「電話をかける」に留めて、技術革新に順応しようとしたのだ。

一方で映画にもなった福井晴敏の『人類資金』のように、先月新聞に載っていたような最近の出来事まで積極的に採り入れて、時代を切り取ることにこだわる作品もある。

本作は明らかに後者に属する。アデランスのCMの出演者を覚えている人がどれだけいるか。

自作CMのパロディは好き嫌いが分かれるところだろうが、クルマの扱い方は好きだ。等々力警部の愛車がマスタードイエローのサバンナRX-7(初代)。映画でみかけるのは珍しい。

マツダ車が活躍する映像作品として、『幸福の黄色いハンカチ』のファミリア、『帰ってきたウルトラマン』のコスモスポーツに比肩する。

ついでに言えば、本作にはマツダ・コスモAPと、そのCMに出演した女優も登場する。

豪華スタッフ陣のなせる技と様々な楽しみ方

本作はスタッフ陣も結構豪勢。後の角川映画に馴染みの深い、つかこうへいをダイアログ・ライターに起用し、タイトルバックは和田誠。撮影は木村大作

この豪華な布陣でこういう作品に仕上げるところが、監督ならでは。

どこまで、つかこうへいの筆が入っているのか分からないが、人を殺すからには、それなりの屈折した人生があって、共感させる動機があって、しかも被害者か遺族は美人でないとみたいな、独特のつか論法が本作にも感じられ、楽しませてくれる。

テーマ音楽も斬新さがあると思うのだけれど、「きんだいっちーこーすけーの、ぼーけん、ぼーけん」のリフレインが翌日まで耳に残ったのは、参った。

「A movie」で始まらないと思ったら、劇中に登場する映画で現れた。人を食った映画なのだ。

題名は本作の原作である『瞳の中の女』。宍戸錠がブラックジャックを演じた映画『瞳の中の訪問者』とともに、<瞳の中の>は観る者に賛否両論を巻き起こす、大林映画の鬼門といえるキーワードといえる。

美術品窃盗団がローラースケートで気持ちよさそうに動き回るところは、妙に高揚感があって好きだ。

この映画を公開当時に評価できる懐の深さは私にはなかったと思うが、監督の作風にある程度慣れ親しんだ今なら、この作品の楽しみ方も心得ている。

古谷一行の金田一耕助は、テレビシリーズを観直すことにしよう。以上、お読みいただき、ありがとうございました。横溝正史の原作もどうぞ。