『ラーゲリより愛を込めて』
実話をベースに瀬々敬久監督が二宮和也主演で描く、シベリアの強制収容所に抑留された日本人捕虜の物語。
公開:2022 年 時間:133分
製作国:日本
スタッフ
監督: 瀬々敬久
脚本: 林民夫
原作: 辺見じゅん
『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』
キャスト
山本幡男: 二宮和也
山本モジミ: 北川景子
松田研三: 松坂桃李
新谷健雄: 中島健人
相沢光男: 桐谷健太
原幸彦: 安田顕
鈴木信二: 奥野瑛太
高橋良太: 金井勇太
竹下勝: 中島歩
西野浩: 佐久本宝
後藤実: 山時聡真
佐々木: 三浦誠己
松田静子: 朝加真由美
山本マサト: 市毛良枝
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
ポイント
- 戦争が終わっても何年もシベリアの強制収容所生活を強いられた日本人捕虜たち。すぐに会えるはずだった妻や子供たちとの断絶。
- 泣く気満々で観る人には恰好の作品だが、冬の厳しさや絶望の日々を伝えるには映像が軽い。後半のメロドラマ展開も含め、終戦記念日二時間特番ドラマの雰囲気濃厚。
あらすじ
第2次世界大戦後の1945年。シベリアの強制収容所に抑留された日本人捕虜たちは、零下40度にもなる過酷な環境の中、わずかな食糧のみを与えられて重い労働を強いられ、命を落とす者が続出していた。
そんな中、山本幡男(二宮和也)は日本にいる妻・モジミ(北川景子)や子どもたちのもとへ必ず帰れると信じ、周囲の人々を励まし続ける。山本の仲間思いの行動と力強い信念は、多くの捕虜たちの心に希望の火を灯していく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
愛を込めて、か
1945年、シベリアの強制収容所に抑留された実在の日本人捕虜・山本幡男を描いた作品、監督は瀬々敬久、原作は作家・辺見じゅんのノンフィクション『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』。
原作名が映画向きでないのは分かるが、『愛を込めて』っていうのも何だかなあ? ショーン・コネリーも天国で苦笑いだろう。
◇
日本に帰した妻や子供たちと、すぐに会えると約束したのに何年も強制収容所生活を余儀なくされ、極寒の地できつい労働に明け暮れる主人公・山本幡男を二宮和也が演じる。
彼の坊主頭と丸眼鏡、そして少し丸まった背中と温和そうな表情が、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』(2006)を思い出させる。
だが、あの映画では強く感じられた緊張感やリアリズム、そしてどうなるか分からない展開の興奮が、本作ではあまりに弱い。
先の読めてしまう展開とメロドラマ風な演出、そしてあの厳しい時代を感じさせるには不似合いな美しい映像の戸惑い。
すぐにまた会えるよ
最初に違和感を覚えたのは、夫婦の別れの場面だ。中国のハルビンで身内の結婚披露宴に出席する山本の家族。戦況が悪いと知る山本(二宮和也)は、妻のモジミ(北川景子)に即刻子供たちと日本に戻れと告げる。
そこにソビエト機の夜襲。崩れてくる柱に負傷する山本だが、「すぐにまた会えるよ」と妻たちと強引に別れる。
倒れる柱のハリボテ感と、下敷きになり負傷する夫を言いなりに置いていく妻。場面にそぐわない約束。すべてが作り物に見える。終戦記念日の地上波二時間ドラマ水準なのか、本作は。
瀬々敬久監督は大ベテランだが、どうも作品は私とは『菊とギロチン』(2018)を最後に相性が悪い。本作も、戦争で引き裂かれた家族を描く泣かせのドラマを期待する人には向いていると思うが、私はどうもその手の作風は苦手だ。
実際にあった話をベースにしているとなると、迂闊にはダメ出ししにくいが、あくまでフィクションの作品として観て感じたことを書かせてもらう。ご容赦願いたい。
シベリアの悲壮感と妻の美しさ
戦争が終わり、山本たちはシベリア行きの列車でラーゲリに連れていかれる。山本はロシア語が堪能で通訳をやらされる。つらく終わりのない強制労働所生活が始まる。
黒パンとわずかなスープで毎日重労働、冬には零下40度にもなる環境。ソビエトの連中が高圧的に捕虜たちを痛めつけるのは分かるが、捕虜のなかにも日本軍の上官を置き、しっかりと働くよう監視させている。
その上官に桐谷健太、また捕虜の仲間に松坂桃李や中島健人など、なかなかメンバーは魅力的で、この収容所生活は見せ場にはなっている。あとには安田顕も参加。
だが、何と言うか、捕虜たちの悲壮感が足らないし、零下40度の険しい自然を感じさせないのだ。絵が明るくクリアすぎるせいだろうか。
◇
もう一つ言っておきたいことは、山本の妻・モジミ役の北川景子が美しすぎることだ。
映画のヒロインが美しくて何が悪いとお思いかもしれない。だが、この戦後の混乱期に、たとえすっぴんに近くとも、北川景子の輝かしい笑顔と美白肌は、リアリティに欠けるのではないか(その時代を生きていないけどさ)。
ヒロインだって、ここは必死に生計を立てていく生活感を出すべきだと思った。彼女の熱演は涙を誘うが、顔だけ見れば現代劇だ。
オー・マイ・ダーリン
そもそも、なぜ山本は好んで「いとしのクレメンタイン」を英語で歌うのだろう。良いものは良いという彼のポリシーを強調したいからか。
でも戦争が終わってすぐに、敵国の歌を好んで歌わなくても、「雪よ、岩よ、われらが宿り」でお馴染み「雪山賛歌」の替え歌でいいじゃないか。場所柄、歌詞もこっちの方が合うし。
◇
終盤、このクレメンタインをみんなで歌いだすシーンがある。まるで大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』だ。
収容所の映画には傑作が多いが、本作には『戦メリ』や『ショーシャンクの空に』(刑務所か)などにオマージュを捧げたような演出がみられる。それはいいのだが、本家には遠く及ばない。
また、収容所を舞台にした作品といえば思い浮かぶのは山崎豊子原作の『不毛地帯』、『二つの祖国』そして『大地の子』。いずれも骨太の名作ドラマになっている。
本作と境遇が似ているのは、長期のシベリア収容所生活でなかなか日本の土が踏めない『不毛地帯』だろう。映画版は主演・仲代達也、監督・山本薩夫。比較してしまうと、やはり本作はまだまだ平和に見えてしまう。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
収容所(ラーゲリ)から来た遺書
「ダモイ(帰国)」の希望を捨てず、捕虜たちが何とか生き抜いていく。途中、一旦は日本に戻れそうになるが、山本たちはみな帰国を許されず、25年の懲役刑をくらう。
ニノが出演した『硫黄島からの手紙』でもそうだったが、この時代にこの局面で頼りになるのは、手紙なのだ。家族や恋人、母親と、捕虜たちが待ちわびる手紙のエピソードは盛り上がる。
◇
ネタバレになるが、あれだけダモイを切望していた山本は、喉頭がんになってしまい、長い遺書を書いてシベリアの土に葬られる。
原作『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』のタイトルの由来だから、想像はつく。その遺書を仲間たちは家族に届けると約束するが、ソビエト兵に没収されそうになる。
感動させてやるの波状攻撃
ここからの泣かせ演出の連発は、さすがに鼻白んでしまう。まずは帰国。山本の死後、日ソの国交回復で、ついに終戦から11年が経ち、みんな日本に戻れることになる。
その船をおいかけて氷河をかけてくる犬のクロが、まるで山本の分身のように描かれる。船から元捕虜たちが犬の名を叫ぶ。『南極物語』のタロ・ジロかと思ったら、こいつはクロだ。
彼らが船を止めて、泳ぐ犬を引き上げて連れていくとはたまげた。これも実話ベースなのか?
そしてクライマックス。遺書の没収を恐れた仲間たち4人が、それぞれ長い手紙を記憶し、帰国後に山本の家に手紙の内容を伝えに訪れるのだ。
家族へ、母(市毛良枝)へ、子供たちへ、そして妻へ。まあ、泣けるけどさ、ちょっとあざといし、くどい気もする。
◇
仕上げは現代に移って、その子供の一人が娘の結婚式で死んだ父の話をするというもの。ここに、30年前に本作のテレビドラマで山本役を演じている寺尾聡を起用。まだ感動させたいかなあ。
もっと、あっさり終わったほうが、きっと胸に残ると思うのだけれど、瀬々監督はこってり派。エンディングはMrs. GREEN APPLEの「Soranji」。クレメンタインじゃないんだね。