『3月のライオン』考察とネタバレ|こっちは全部将棋に賭けてんだよ!

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『3月のライオン 前編・後編』

羽海野チカによる人気将棋コミックを『るろうに剣心』の大友啓史監督が実写映画化。原作の主人公に驚異のシンクロ率の神木隆之介。『るろ剣』が動なら、こちらは静の盤上のバトルアクションなのである。

公開:2017 年  時間:138分+139分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:    大友啓史
原作:   羽海野チカ
          『3月のライオン』

キャスト
桐山零:    神木隆之介
 (少年時代)  大西利空
<幸田家>
幸田柾近:   豊川悦司
幸田香子:   有村架純
 (少女時代)  原菜乃華
幸田歩:    萩原利久
 (少年時代)  鈴木雄大
<川本家>
川本あかり:  倉科カナ
川本ひなた:  清原果耶
川本モモ:   新津ちせ
川本相米二:  前田吟
川本美咲:   板谷由夏
甘麻井戸誠二郎:伊勢谷友介
<その他、棋士ほか>
二海堂晴信:  染谷将太
林田高志:   高橋一生
三角龍雪:   中村倫也
松本一砂:   尾上寛之
神宮寺崇徳:  岩松了
柳原朔太郎:  斉木しげる
島田開:    佐々木蔵之介
宗谷冬司:   加瀬亮
後藤正宗:   伊藤英明
安井学:    甲本雅裕
山崎順慶:   奥野瑛太


勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

あらすじ

前編

幼い頃に交通事故で両親と妹を亡くし、父の友人である棋士・幸田(豊川悦司)に引き取られた桐山零(神木隆之介)

深い孤独を抱えながらすがりつくように将棋を指し続けてきた零は、中学生でプロ棋士の道を歩みはじめる。しかしある事情から幸田家での居場所を失い、東京の下町でひとり寂しく暮らしていた。

ある日、和菓子屋を営む川本家の三姉妹(倉科カナ、清原果耶、新津ちせ)と知り合った零は、彼女たちとの賑やかで温かい食卓に自分の居場所を見出していく。

後編

川本三姉妹との出会いから一年がたち、今年も獅子王戦トーナメントが始まるが、最高峰を目指す棋士たちには、さまざまな試練が待ち受けていた。

一方、川本家に三姉妹を捨てた父親(伊勢谷友介)が突然現れ、耳を疑うような要求を突き付けてくる。

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レビュー(まずはネタバレなし)

君は将棋は好きか?

『ハチミツとクローバー』羽海野チカによる人気コミックを『るろうに剣心』大友啓史監督が実写映画化。

原作コミックに近いキャスティングを配して、原作ファンを裏切らない作品を目指す姿勢は『るろ剣』と変わらないものの、あちらが<動>なら、こちらは徹底的に<静>の勝負師もの。なにしろ奨励会時代から将棋ひとすじの青春を過ごす若者の物語である。

冒頭、小学生だった主人公の桐山零(神木隆之介/大西利空)は、両親と妹を交通事故で亡くし、父の友人だった棋士・幸田柾近(豊川悦司)に引き取られる。

「君は、将棋は好きか?」そう幸田に問われ、生きていくために、否応なく零は「はい」と答える。その瞬間から、彼の人生は将棋一色に染められていく。

幸田家の香子(有村架純/原菜乃華)(萩原利久/鈴木雄大)の姉弟にはじめは歯が立たず虐められたが、めきめきと腕を上げた零は、すぐに二人を追い越す。

幸田は子供にも将棋の駒の字をあてるほど将棋に賭けた棋士だ。零の実力を評価すると同時に、姉弟には奨励会を脱退させ、違う道を歩ませる。

何手先をも見据えたつもりだろうが、この強引な父に夢を失った姉弟は反発し、幸田家は崩壊しかかり、家を出ようとする香子を制し、零が去っていく。

出ていくよ。僕なら誰も心配しない

やがて高校生のプロ棋士として活躍するようになる零は、大会で対局した養父・幸田に勝利するが、罪悪感もあり、棋士の先輩格・三角(中村倫也)と松本(尾上寛之)に連れていかれたクラブで泥酔。

夜道で倒れていた零を、通りすがりの女性・川本あかり(倉科カナ)が、捨て猫のように拾って一晩泊めてあげる。そこから、和菓子屋・三日月堂の三姉妹、あかりひなた(清原果耶)モモ(新津ちせ)との付き合いが始まる。

原作コミックを知らない私は、このあたりでようやく、ざっくりと人間関係がつかめてた。不遇な少年期を過ごした零には、愛してくれる家族もいない。

(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

「あんたの名前と同じ、才能も家族も居場所もゼロだよ!」と、家の中で零をいたぶる香子がマジ怖い。

そして、零は孤独に棋譜の勉強を重ね、中学生プロ棋士としてデビューする。彼の孤独感は、きっと明るく優しい三姉妹が癒してくれるのだろう。

だが、棋士として成長していく零が前編・後編という長い旅路の果てに倒そうとする相手は誰なのだろう。

義姉・香子が不倫している先輩A級棋士の後藤正宗(伊藤英明)か。僕が勝ったら不倫をやめてよ、みたいな布石はあったけれど。

それとも、天才棋士として長年王座を維持する名人・宗谷冬司(加瀬亮)か。彼ならラスボスとして不足はないが。或いは、前編に登場しない究極の対局相手が、後編に現れるのか。

そういえば、配役に名前のあった伊勢谷友介は、まだ登場していないぞ。などと気を取られていたら、努力と忍耐の棋士・島田開(佐々木蔵之介)に、零同様に私まで油断してしまった。「A級なめんじゃねえぞ」である。

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気付けなかったね、美しかったのに

主演の神木隆之介は、原作ファンも納得のシンクロ度だというが、なるほど、彼なら原作ファンも満足のキャスティングだろう。

幼少の頃からプロ棋士の厳しい世界に身を置く主人公の桐山玲と、子役時代から俳優の世界に育つ神木隆之介の青春期に重なるものがあるのかもしれない。気負った演技はないが、自然体で零に見えてしまう。

本作は主演以外のキャスティングも大きな魅力だ。豪華ではあるが、けして過剰な演出はなく、役者によってはオーラも消す。作品全体のバランスを崩すようなキャラも登場しない。そこは『るろ剣』と相違する点だ。

対局する棋士には、それぞれの持ち味。頂点に君臨する宗谷冬司を演じる加瀬亮の、感情をまるで出さない常人を超越した存在。

対局後に、負かした相手が見逃した勝ち手を指摘し、「気付けなかったね、美しかったのに」と独り言のように呟く、とても太刀打ちできない威圧感。

(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

対照的に、棋士の中では最も躍動感があり、眼光の鋭い後藤正宗、演じる伊藤英明の堂々とした体躯は、格闘技ではないが迫力はある。

おやつタイムでも相手とガンを飛ばし合うところは、数少ない和めるシーン。こういう屈強な戦士のような体格の棋士が実在するのかは気になったが。

一方で本物感が半端ないのが山形の生んだ苦労人棋士・島田開佐々木蔵之介。ダークホース的に登場した敵かと思えば、後編にかけては零の良き師であり理解者となった。彼の胃痛に苦しむ姿は、真に迫っている。

零を支える仲間たちには、まず昔からのライバルで親友でもある二海堂晴信。丸々と太った体型と顔は、はじめ誰だか分からなかったが、どこか表情に見覚えがあり、どうにか染谷将太だと分かった。

原作キャラに近づける特殊メイクらしいが、正直、そこまでしてビジュアル近づけなくてもいいのでは。染谷奨太ファンは複雑な思いだろう。

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先輩棋士の一人・三角龍雪中村倫也がおかっぱメガネで演じているのは、オーラが消えてて面白かった。なんでスミスって呼ばれてたのか不思議だったが、苗字から来ていたのか。

将棋連盟のお偉方を演じていた岩松了斉木しげるも、ちゃんと笑いを封印していて好感だったのだが、岩松了「桐山くん、桐山くん」とあの顔と声で言われると、時効警察の署長に見えてしまって、どうも。

そして、孤独な高校生活で唯一、零の話し相手である、将棋ファンの担任・林田先生。さすが高橋一生は何でもナチュラルにこなすな~。ちょび髭はやした脱力系な教師だが、ちゃんと気の利いた台詞で零の背中を押すところが、嬉しい。

(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

他人の家をつぶすのが得意だもんね

さて、零をとりまく女性陣はというと、まずは和菓子屋・三日月堂の川本家三姉妹。はじめは長女あかり(倉科カナ)が母親かと思ったが、ちょっと年の離れた三姉妹。

両親をみれば当然かと思うが、みんな美形。特に、次女ひなたを演じた清原果耶の熱演は、圧巻。亡き母を慕い、隅田川の川辺で号泣するシーンには胸を打たれた。

零を温かく迎え入れてくれる川本家の人々に対して、「あんたは不幸ぶって他人の家をつぶすのが得意だもんね」と相変わらず手厳しい香子の有村架純

零を責める<ひよっこ>に、守る<モネ><ウェルかめ>朝ドラヒロイン三つ巴対決。これは豪華だわ。

有村架純が悪女役なのは珍しいのか。神木隆之介とは、クドカンのドラマ『11人もいる!』から『るろうに剣心The Final』(共演シーンない?)、『コントが始まる』まで共演も多く、本作でも仲が悪いようにはみえないのが玉に瑕。香子も、仲が悪いくせに、わざわざ零の部屋を訪ねてくるのが、複雑で面白い関係。

(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

おまえの前に座るのは、ただの人間だ

将棋そのものを映画の中でどう見せるかは、作品によってだいぶ温度差がある。どの位、将棋に詳しい層をターゲットに置くかで、変わるのかもしれない。

本作は、盤上の棋譜そのものにはあまり着意を感じない。原作では異なるようだが、本作では、将棋の専門的な話には深入りしないし、駒を打つ場面は見せても、盤上の流れは情報さえ与えない。

駒が置かれた将棋盤を上からではなく横から水平にカメラでとらえるくらいだから、絵柄優先なのだろう。そのアプローチがいいとも悪いともいえない。情報過多は、映画のリズムを削ぐだろうし。

AI将棋を題材にした『AWAKE』では、たった一つの打ち手を人工知能が選ぶかどうかだけに、映画はフォーカスしていた。

実在の棋士を扱った『聖の青春』では、もう少し丁寧に棋譜を追っていたように記憶する。将棋の映画としては、それが正攻法に思える

だが、本作は特に後編で三姉妹をめぐるホームドラマの要素が強くなるので、ストイックな将棋ドラマと位置付けていないのかもしれない。

(C)2017 映画「3月のライオン」製作委員会

なかなかフクフクにならないねえ

本作の演出で残念だったのは、二海堂を演じた染谷奨太特殊メイクだ。あれは全体のバランスを崩した。

『聖の青春』の主演松山ケンイチが体重を相当増やして、実在モデルに寄せてきたのを思えば、どうしても邪道に見える。染谷奨太はどちらも棋士役で出演しているが、両作品の違いをどう感じただろう。

前編/後編に分けたことには必然性があっただろうか。原作コミックのボリュームが大きいからというだけでは弱い。

東宝が得意とする前編/後編戦術については、興行的な理由は分かるにしても、観る側を二回劇場に足を運ばせるだけの納得感はあってほしい。

例えば、同じ大友啓史監督の『るろうに剣心・京都大火編』『伝説の最期編』は前編後編のようなものだが、前編で倒せなかった志々雄を後編で仕留めるから、両方観た者の溜飲が下がるわけで、その点では、今回4時間半近く付き合った観客に、どのくらい達成感はあっただろうか

原作コミックが連載途中だから仕方ないのか。でも、勝負が続くという終わらせ方なら、一本3時間くらいの作品でまとめてくれた方が、個人的には気持ちいい(興行的な理由はさておき)。

伊勢谷友介は、『るろ剣』的にはどう考えても神木と戦う新たな刺客だと思ったが、まさかホームドラマ編の隠し玉だったとは。

映画「3月のライオン」予告編

将棋は、何も奪わない

前編にMarch comes in like a lion、後編にMarch goes out like a lambの副題がつくのは、さりげなくてセンスがいい。子羊のように穏やかには終わらなかったけれど。

3月と三月町、ライオンと獅子王戦、なにか関係があるのかと思ったが、解ききれなかった。

川本三姉妹や、幸田姉弟をまじえたドラマそのものについては、決して悪くない。というより、よく描けていてさすがだと思う。大友啓史監督の本分は、アクションではなく、やはり人間ドラマなのだな。

生きるために選んだ将棋を、いつの間にか好きになっていた零「お前が幸せになる勝ち筋はきっとある」と、穏やかに香子に語りかける幸田。枯れた感じのトヨエツもいい。

泣かせるホームドラマの中心のどっしりと前田吟が座っていると、松竹映画かと思ってしまう。

将棋に人生を賭けている人たちがいる。「俺には将棋しかねえんだよ!」そう叫び、もがきながら、厳しい奨励会の階段を昇っていこうとする棋士たちの魂の咆哮が聞こえる。

極限まで努力し、自分を最後まで信じきれたものだけが、つかみとる栄光。対局は格闘技であり、殺陣である。大友啓史監督がそう説く世界観は、十分に伝わってきた。