『湯を沸かすほどの熱い愛』今更レビュー|ホラーという勿れ

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『湯を沸かすほどの熱い愛』 

直球なタイトルに中野量太監督の覚悟をみる。余命わずかな母親が家族のためにやり遂げたいこと。泣かせじゃないのに落涙必至の傑作。

公開:2016 年  時間:125分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督・脚本:   中野量太

キャスト
幸野双葉:   宮沢りえ
幸野安澄:   杉咲花
幸野一浩:   オダギリジョー
片瀬鮎子:   伊東蒼
向井拓海:   松坂桃李
酒巻君江:   篠原ゆき子
滝本探偵:   駿河太郎
滝本真由:   遥
宮田留美:   松原菜野花
向田都子:   りりィ

勝手に評点:4.5
(オススメ!)

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

あらすじ

持ち前の明るさと強さで娘を育てている双葉(宮沢りえ)が、突然の余命宣告を受けてしまう。

双葉は残酷な現実を受け入れ、一年前に突然家出した夫を連れ帰り休業中の銭湯を再開させることや、気が優しすぎる娘を独り立ちさせることなど、4つの「絶対にやっておくべきこと」を実行していく。

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今更レビュー(まずはネタバレなし)

泣かせるのではなく涙をこらえる映画

泣ける映画が好きな人は勿論、そういう作為のある作品を敬遠する人にも、ぜひ観てほしい作品。

私自身、「ラスト10分は涙が止まらない」的な売り文句にはシラケてしまうタイプだが、本作は泣こう泣かせようとはせず、むしろ懸命に涙をこらえて生きる主人公家族の姿が胸に訴える。

年齢とともに涙脆くなってきたせいもあるだろうが、双葉(宮沢りえ)と娘の安澄(杉咲花)の激しくぶつかり合いながらも、その根底にある熱い愛情と信頼が滲み出る瞬間に、何度観ても心を動かされる。

まさに女優同士の迫真の演技の相乗効果だと思う。こんな作品を商業映画デビュー作で撮ってしまう中野量太監督の、演出と脚本の力量に改めて感服する。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

死ぬまでにしたいやり残し

亭主が蒸発して銭湯は休業中、パン屋で働きながら気丈に娘を育てる双葉だったが、仕事中に卒倒し、自分が末期がんであることが医師から告げられる。

休業し薄暗い銭湯の風呂の中で茫然自失となりうずくまる双葉。帰りが遅いことを心配した安澄からの連絡でスマホだけがぼんやりと発光する。この言葉少ない演出がいい。

そしてここから、早くも双葉は気持ちを切り替える。自分の余命は2~3か月。どうしてもしておかなければいけないことがある。

サラ・ポーリー主演の『死ぬまでにしたい10のこと』に似た設定ではあるが、双葉にはToDoリストがある訳ではない。彼女は死ぬと分かってから考え出したのではなく、常日頃から、或いは何年も前から考えていた<やり残し>の実践を早める。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

夫を連れ戻し、銭湯開始

ネタバレにならないよう、ここでは一部だけ語らせてもらう。

まず双葉は、探偵の滝本(駿河太郎)に依頼し失踪した夫・一浩(オダギリジョー)の居場所を突き止め、彼を女と同棲するアパートから連れ戻し、銭湯を再開させる。

一浩は女にだらしなく、頼りない男だが、どこか憎めない、人の好さがある。本作でのオダギリジョーは二枚目封印で、そういうキャラだ。

「シャブシャブって、なんで肉を浸すとき、しゃぶ、しゃぶって言っちゃうんだろうね」
ここは台詞も口調も、『時効警察』の霧山クンっぽい。

いい人キャラの一浩は、あなたの子よ、と嘘かホントか押し付けられた幼い鮎子(伊東蒼)を連れて、銭湯に戻ってくる。こうして一人、家族が増える。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

気の優しい娘を自立させる

双葉がやり遂げたいことのもう一つは、気弱で心配な安澄を逞しく独り立ちさせることだ。

実際、安澄は学校で陰湿ないじめを受けている。今どきなら親がもう少し学校に噛みついたり、我が子のために手を差し出したりしそうだが、双葉はじっと堪えて、娘を強引に登校させ、自分の力で解決する勇気を引き出す。

男親なら一浩のようについ甘くなりそうだが、この双葉の胆力と慈愛が素晴らしい。ちなみに、学校で安澄をいじめていた女生徒の一人は、これまでの中野作品の常連・松原菜野花

学校側の対応および困窮した安澄が取った奇策は冷静に考えると、こんなのありかと思わなくもないが、流れとしては気にならなかった。

ここまでの序盤、例えば冒頭の母娘の朝のシーンだけでも、洗濯した娘の子供っぽいブラ味のおかしい味噌汁、親子で乗るのは恥ずかしい自転車二人乗りなど、多くの伏線が散りばめられている。いずれも後に回収されるが、それもさりげなくて好感。

『湯を沸かすほどの熱い愛』

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

お母ちゃんのDNA

ネタバレしたところで感動は薄らがないが、一応ここまで伏せていた台詞を紹介したい。まずは、勇気を出して学校に行き制服を奪還してきた安澄と、心配そうに自宅前で待っている双葉の会話。

「お帰り。(制服姿の娘をみて)頑張ったんだ…」
「…(逞しい)お母ちゃんの遺伝子、ちょっとだけあった」

切り詰めて無駄のない言葉と、涙をうかべ言葉に詰まる姿。抱きしめ合う母娘。

そして、この光景を脇で観ていた鮎子もまた、自分を捨てた母親を恋しく思う。番台から着服した売り上げで切符を買い、自分の住んでいたアパートに戻る。

男と出て行った母が、誕生日には自分を迎えに来てくれる筈だった。だが、母親は現れず、双葉と安澄は、鮎子を連れて家に戻る。

「もっと一生懸命働くので、ここに置いてください。でも、まだママのこと好きでいていいですか」

涙ながらに訴える鮎子を当たり前じゃないのと抱きしめる双葉。こうして新しい家族の結束は固まる。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

これも、義母と娘のブルース

さて、これら泣かせるシーンを採録したのには理由がある。伏線のひとつに、幸野家に毎年静岡に住むある女性からカニが送られてくること、そして安澄はなぜか手話ができること、というのがある。

ステージ4の体調で運転していいのか甚だ疑問だが、双葉は娘たちを乗せてクルマで静岡に旅行にでかける。

双葉がやり遂げる項目の一つが安澄を、カニを送ってくる女性・酒巻君江(篠原ゆき子)に会わせること。君江は、夫・一浩の前妻だった。耳の聞こえない彼女は、若くして安澄を産んだが、育てられず手放したのだ。

顔も分からない娘と再会する君江と、突如事実を双葉に聞かされたばかりで動揺を隠せない安澄。いつか役立つからと双葉に言われて手話を覚えた理由が今わかる。

役者が手話に感情を込めるのは難しそうに思えるが、このシーンもまた、今にも降り出しそうな曇天の海をバックに、深く印象に残る。先日観た『Drive My Car』でも感じたが、手話は時として、言葉よりも饒舌なのだ。

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双葉と安澄には血の繋がりがなかった。だが伊坂幸太郎の『重力ピエロ』ではないが、親子の絆はDNAを超えるのだ。

結局、鮎子と同じように、安澄もまた実の母親から見放された境遇だったということだ。双葉が君江の働くカニ料理の店で、突如彼女を平手打ちにしたのは、娘の気持ちを代弁したのか。

愛を積み上げたピラミッド

さて、病状が悪化する双葉は、自分が死んだら、生き別れたままの母親に会えるから寂しくないと強がりを言う。双葉もまた、母親に棄てられた子供だった。だからこそ、子供たちにつらい思いはさせたくなかった。

そんな双葉の母親の消息を、滝本探偵がつかんでくる。世田谷の豪邸で幸福そうに孫たちと暮しているという。一目会いたいと切望する双葉だったが、実の母親(りりィ)は、そんな娘は知らないと面会を拒絶する

ここを死に際が近い娘との感動の再会にする手もあったろう。だが、現実社会の冷淡さを強調することで、自分は温かい家庭を築き、そういう親たちに見せつけてやろうという、双葉の気迫が一層伝わってきた。

双葉が新婚の頃に言ったエジプトに行きたいという夢を、ようやく一浩が叶える。病院の窓から見下ろすところで、人間ピラミッドを作っているというオチが、寒いのに温かい

探偵の幼い娘・真由(遥)がスフィンクスで、ピラミッドは下段に男三人、中段に安澄と君江、頂上に鮎子を載せる。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

話は前後するが、静岡への旅行中に出会ったヒッチハイカーの若者・拓海(松坂桃李)は生きる目標もなくフラフラしており、双葉は彼に日本の最北端に行けとミッションを与える。拓海は双葉に感銘を受けた。そして今、嬉しそうにピラミッドを支える石になっている。

本作において、滝本探偵や拓海のキャラの存在意義がちょっと分からない気もしたが(勿論、双葉の母性に影響されている男性たちではある)、滝本が自ら言うように、ピラミッドの人数合わせというのが実は正解だったりして。

このマヌケなのに泣けるピラミッドを前に、初めて「死にたくないよ」と双葉は誰に言うでもなく弱さを吐露するのだ。

(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

絶対一人にはさせないからね

その次のシーンで登場する彼女はもう衰弱しきっている。宮沢りえは、ここでクランクアップだったそうだが、ただでさえスリムな彼女が、本当に倒れそうに痩せこけている迫真の演技だ。

そして、母の前では絶対に涙は見せずに明るくしようと鮎子と誓った安澄が、母を前に必死に涙をこらえながら気丈にふるまう姿

これは女優・杉咲花の、ひとつの頂点ともいえる名場面だと思う。撮影クルーも涙ながらに撮っていたに違いない。双葉が死んでも、本当の母親は天国で待ってはいない。でも、「絶対一人にはさせないからね」

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双葉が息を引き取るシーンや、病床でそれを取り囲み、家族が泣き崩れるシーンをあえて入れていない潔さがよい。そう、本作はウェットではいけない。

銭湯で葬式が執り行われる。静岡へのドライブで観たのと同じ鮮やかな富士山のペンキ絵が、双葉の遺影の後ろにそびえている。

ラストの展開は、そんなの犯罪じゃんかよというものだが、でもタイトル通りなのだからいいじゃないか。

ここに流れるきのこ帝国の曲が、とても映画と合っていた。そして、家族たちはみな、母親の愛情で、身体の芯までポカポカになっている。