『her/世界でひとつの彼女』 考察とネタバレ:私の代書は出版しないでほしい

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『her/世界でひとつの彼女』 her

人工知能と男の色恋。声で魅了するスカーレット・ヨハンソン。愛を手紙に綴るホアキン・フェニックス。スパイク・ジョーンズのセンスが冴える、SFと呼ぶには現実に近い、近未来の恋愛映画。LAの摩天楼が美しい。

公開:2013 年  時間:120分
製作国:アメリカ

スタッフ
監督:     スパイク・ジョーンズ

キャスト
セオドア:  ホアキン・フェニックス
サマンサ: スカーレット・ヨハンソン
エイミー:    エイミー・アダムス
キャサリン:    ルーニー・マーラ
ポール:      クリス・プラット
ブラインド・デート:
        オリヴィア・ワイルド

勝手に評点:4.0 
(オススメ!)

あらすじ

近未来のロサンゼルス。セオドア(ホアキン・フェニックス)は相手に代わって思いのたけを手紙にしたためる代筆ライターをしている。

長きにわたり共に生活してきた妻と別れ、悲嘆に暮れていた彼はある日、人工知能型OSのサマンサ(声:スカーレット・ヨハンソン)と出会う。

次第にセオドアは声だけで実態のない彼女の魅力のとりこになっていく。

レビュー(まずはネタバレなし)

上質な近未来SF

これ見よがしな大スペクタクルはなくても、設定次第で低予算で質の良いSF映画は作れるという、見本のような作品。久々に観返した。

ロサンゼルスを舞台にしたSF映画といえば、まず『ブレードランナー』ではあるが、本作も忘れてはいけない佳作なのだ。

いや、厳密にはSFではなく恋愛映画なのかもしれない。手紙代筆家の男と、人工知能型OSの恋だ。

かつてカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』に出会った時も、これは近未来小説だがSFではなく恋愛ものだと思った。それに近い。

近未来版手紙代筆業の男が、ハートフルな手紙を朗々と読み上げプリンターから紡ぎだす冒頭のシーンで、グイッと引き込まれる。

そうだ、スパイク・ジョーンズ監督。この世界観は、『マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』で怪気炎をあげていた当時を思い出させてくれる。

Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

声だけとは思えぬ存在感

人工知能型OSと人間の恋愛。テーマとしては、古く『メトロポリス』から脈々と続いてきた、古典的な擬人化恋愛ものだ。

だが、この<彼女>は、3次元の姿態はおろか、2次元の顔さえみせず、終始、ハスキーな声しか登場させない徹底ぶり。

声優はスカーレット・ヨハンソンだと後で知ったけれど、何も重ね合わせる画面上の動きがいない中での声優仕事とは思えぬ存在感。

声だけで、アカデミー賞にノミネートされるのではと当時騒がれたほどらしい。

撮影中はサマンサ・モートンが声をやっていたとか。だから、<彼女>はサマンサと名乗ったのか? そういえば、エイミーもエイミー・アダムスだ。

主人公の離婚危機迫るロマンティストな代筆業者、セオドアにホアキン・フェニックス『ジョーカー』を演じた男とは想像もつかない静かな役どころだが、何でも見事にこなす俳優だ。

サマンサは声だけなので、映像的にはホアキンの恋愛一人芝居なのである。それを2時間持たせるだけの力量がある。

レビュー(ここからネタバレ)

近未来のLAといえば

スマホ全盛の現代では、OSの<彼女>とのデートなど、技術的にも心情的にも現実として受け入れられつつあるように思う。

air-podを装着して誰かと話しながら歩いている人はよく見かけるが、劇中でLAのビル街をOSと楽しそうに会話しながら歩いている市民たちとそう変わらない。

それにしても、近未来のLAの高層ビル街(いくつか上海のビルをみつけた)は白が基調で実に美しいのだが、無機質でクリーンすぎる。

私には酸性雨が降りしきって、強力わかもとの広告が流れるLAの方が住みやすそうだ。

『ブレードランナー』と関連づけてばかりだが、その続編『ブレードランナー2049』では人工知能のヒロインが主人公と抱き合うために娼婦を呼び、そこに自分を投影するのだ。

なんと、本作でサマンサが、二人の愛に共感した女性を呼び、代わりにセオドアと寝かせたのと同じ発想ではないか(こっちのが公開は先だけど)。

セオドアの苦悩

セオドアは、次第にサマンサに惹かれていく。

猫の死骸マニアの女と出会い系サイトでチャットしたり、ハーバード卒の肉食系女子といい雰囲気になったり。

フラフラしていた生活が、OSをインストールしてからは、サマンサとのバーチャルな行為ですっかり幸福感に満ち足りている。

離婚調停中の妻キャサリン(ルーニー・マーラ)や、旧知の隣人エイミー(エイミー・アダムス)、あるいは勤務先の上司にも、「自分の恋人はOSだ」と堂々とカミングアウトするところは、とても頼もしい。

そして、妻以外の人には普通に受け容れられるのも興味深い反応だった。

OSのアップグレードで突如音信不通になるサマンサにあせりまくるセオドアの心情は、ケータイ番号しか知らない恋人の電話が突如不通になる感じだろうか。それは、つらそうだ。

でも、もっとつらいのは、マルチタスクで8,300人と同時に会話していて、640人と付き合っているとサマンサに告げられた時だろうな。

桁違いのスケールの二股三股行為だが、考えてみれば、当然あり得る話だ。

Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

サマンサの決断

一方のサマンサは、セオドアと恋におち、彼のことや人間のことを、もっと理解したいと思う。

彼の好みを想像してピアノ曲を作っては聴かせる。代理女性を呼んでセオドアに抱かせたのも、理解への欲求だ。

人間に近づきたいあまり、無意識に彼女がため息をつくと、
「君には酸素なんて必要ないだろう。人間のフリなんてしなくいい」

セオドアの心ない一言がサマンサを傷つける。

ところで、タイトルの『her』は所有格か、目的格か。今泉力哉監督の『his』なら見分けがつくが、これはどっちだろう。まさか、ため息の「her」ではあるまい。

サマンサは進化を続け、ついにはOS全員でこの物質的な世界から抽象の世界へと旅立つことを決意する。640人と付き合うことは、彼女自身も苦しめていたのか。

レビュー冒頭で『わたしを離さないで』を引き合いにだしたが、こちらは<わたしを探さないで>だった。声だけのサマンサが去っていくことに、これほどの喪失感があろうとは。

ラストシーンで、セオドアは、別れた妻キャサリンに手紙を送る。幾百の手紙を代書してきた言葉のプロフェッショナルの彼が、おそらく初めて彼女に送った手紙なのだろう。

そこには代書ではない自分の心からの言葉が綴られている。夜が、静かに明けようとしている。

ところで、サマンサの働きかけで彼の代筆の書簡集が出版されるのは、代筆の依頼人たちにとっては、よろしくない事態なのではないか。そこだけは気になる。