『時には懺悔を』
中島哲也監督が打海文三の傑作ハードボイルドを西島秀俊と満島ひかりで映画化。
公開:2026年 時間:128分
製作国:日本
スタッフ
監督: 中島哲也
原作: 打海文三
『時には懺悔を』
キャスト
佐竹三雄: 西島秀俊
中野聡子: 満島ひかり
明野哲夫: 宮藤官九郎
明野新: 諸角優空、しんすけ
明野昌美: 烏森まど
尋津民恵: 黒木華
志賀功: 毎熊克哉
佐竹由紀: 柴咲コウ
佐竹観月: 山﨑七海
風間謙二: 鈴木仁
米本洋一: 佐藤二朗
舟尾: 片岡鶴太郎
寺西: 役所広司
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
探偵の佐竹(西島秀俊)と助手の聡子(満島ひかり)は、ある殺人事件の真相を探るうち、9年前の誘拐事件で連れ去られた、「新」という子どもの存在にたどり着く。
重い障害がありながらも数奇な運命を生きのびてきた新。いまを必死に生きるひとつの小さな命によって、傷ついた大人たちが再び生きる力を取り戻していく。
レビュー(若干ネタバレあり)
死んだほうがマシな人間が殺された
打海文三の同名原作はまず映画化不可能と思っていた。重度な障害を持つ児童が重要な役割を担う作品だからだ。小説ならともかく、これを映像化することには相当のハードルがある。でも、中島哲也はそれをやってのけた。
映画『渇き。』の出演女優からの契約違反のバストトップ公開による精神的苦痛の訴えで、監督が公的にコメントを避けまくってきたため、本作も公開延期となった。
その後にNoteでの謝罪公表で、ようやく1年以上たっての公開が実現した。この件について事情を知らない部外者の私が意見をいうのは控えるが、この『時には懺悔を』を撮り切るには、中島監督のただならぬ覚悟が必要だったはずだ。
◇
「死んだほうがマシな人間が殺された」と囁かれる悪徳探偵・米本(佐藤二郎)の死。
探偵事務所の元上司・寺西(役所広司)の依頼で、事件の調査をすることになった一匹狼・佐竹(西島秀俊)は、見習いの聡子(満島ひかり)をあてがわれて、米本殺しの調査を進める。

米本が死の間際に調査していたのは、9年前に失踪し今は父親の明野(宮藤官九郎)と二人で暮らす、重度の障害児・新(しんすけ)。調べを進めるうちに佐竹たちは、明野が誘拐した赤ん坊、それも障害児を、9年間も育てていることに気づく。
生きているのが奇跡だ
ここまでの展開は原作だとやや流れがつかみにくくもどかしく感じたが、映画は西島と満島のかけあいも面白く、よいテンポで話が進む。だが、結局は障害児の扱いにどうしても目が行く。
明野と暮らす新は二分脊椎症で背骨が90度に曲がり、水頭症も併発している。「生きているのが奇跡だ」と医者に言われる存在だ。
佐竹たちが調査の末に明野にたどり着くまでに、何人かの重度障害児が登場する。この子たちは特撮ではなく、実際障害を抱えているのだろう。
このような局面では、娯楽映画に出演してもらうことの是非がいつも気にかかってしまう。本人や親が同意しているからといって、こういう扱いは許されるのか。
こんな題材を取り上げていいのだろうかと頭を悩ましてしまう映画は、相模原の障害者施設での連続殺傷事件を描いた石井裕也監督の『月』以来かもしれない。
だが、最後まで胸糞の悪さが収まらなかった問題作『月』に比べ、本作の障害者への向き合い方は極めて誠実だ。綺麗ごとを並べるわけではない。
障害を持った赤ん坊を病院で何者かに攫われてしまうが、心のどこかでほっとしていることを自覚し、通報を遅らせる母親・尋津民恵(黒木華)。

調査を進める探偵の佐竹にも、かつて仕事の忙しさを口実に障害のある子どもの世話を妻の由紀(柴咲コウ)に押し付け、家庭を破綻させた過去を持つ。
聡子もまた、DV夫を刺して傷害罪で前科一犯、親権を失った娘からも嫌われているという過去がある。
◇
だが、そんな彼らとは正反対に、誘拐した赤ん坊が障害児だと気づいても、ご丁寧に一日中仕事もできずに子供の世話をしている明野がいる。
それも、自分の時間をすべて投げ出して子供の面倒をみているというのに、悪態をつくわけでもなく、心穏やかに子供と接しているのだ。そんな明野と新の日常を一日中盗聴しているうちに、聡子はこの子の存在が愛おしく思えてくる。

キャスティングについて
昭和のハードボイルド探偵ものの匂いが濃厚に漂う。西島秀俊は、『MOZU』に代表される無口でしかめっ面のキャラに無精ひげで更にワイルド化。ウィスキーのがぶ飲みはさすがにピッチが速すぎて、麦茶にしか見えなかったけど。
上司の役所広司も同系統で危険な匂いがするが、それ以上に渋かったのが同業者役の片岡鶴太郎。この男は役者としても一流の味わいを出す。

昭和の時代を感じさせる、セフィーロやポケベル、忍たま乱太郎のアニメに、志村けんの「だいじょぶだあ」のコント。スマホ乱用の現代設定よりもはるかに映画的。
◇
ハードボイルド世界の中で唯一異質な存在なのが、子供の介護に忙しい明野。ここに宮藤官九郎は、余人をもって代えがたい。
子供を欲しがる妻(烏森まど)のために病院で赤ん坊を攫うが、障害児と分かり返そうとするところを妻が制する。日夜、介護に悪戦苦闘する妻が交通事故死し、遺志を継いで明野が子供の面倒を見始める。
手書きで文字がびっしり書かれた「新の育児日誌」が泣かせる。これをビジュアルで見せられるのは映画の特権だ。
◇
盗聴しているうちに標的に感化されていくのは、『カンバセーション 盗聴』や『善き人のためのソナタ』などを例に出すまでもなく定石ではあるが、感情を表に出さない佐竹に代わって、直情型の聡子が実質的に映画の主人公のような存在感。
満島ひかりとクドカンが場の空気をリードする状況は、傑作ドラマ『カルテット』を彷彿とさせる。

レビュー(ネタバレあり)
ここから更にネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
ホントは死んだ方がマシと言われるほどの守銭奴の悪徳探偵のはずの米本が、この一件に関してだけは普段と違う動きをする。偶然テレビで9年前に誘拐された我が子をみつけ、消息調査を米本に依頼する民恵。
所在を探し当てた米本はいつものように依頼人を強請るのではなく、明野が逮捕されたあとの、子供の行先を真剣に考える。悪ふざけしない佐藤二朗は、いつもいい仕事をする。

さて、この物語はハードボイルドだがミステリーではない。というのも、米本殺しの真相は、まったくヒントもなく別なところから答えが持ち出されるからだ。推理小説の世界なら、反則といっていい。
だが、この作品の本質はそこにはない。ろくに長生きできないだろう、生まれてこない方が幸福だったんじゃないか。そう思ってしまう自分が、次の瞬間、その子が気持ちよさそうに笑ったりすると、かわいさに気づき、このまま一緒に暮らしたいと思う。
勝手な生き物である人間たちが、それでもこの子を何とかしてあげたい、自首させない手を考えたり、元の母親に引き取らせようと説得したり、あれこれ悪あがきをする。
優等生じみた理屈を並べることもなく、現実味のないハッピーエンドになるわけでもない。誰もが過去の古傷を抱え、懺悔をしながら生きている。その生きざまを描いた本作は、障害を食い物にすることのない、誠実な作品に思えた。
