『愛にイナズマ』
石井裕也監督がコロナ禍から今日に繋がる現代社会を舞台に豪華キャストで描いたファミリーヒストリー。
公開:2023 年 時間:140分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 石井裕也 キャスト 折村花子: 松岡茉優 舘正夫: 窪田正孝 折村治: 佐藤浩市 折村誠一: 池松壮亮 折村雄二: 若葉竜也 落合: 仲野太賀 原: MEGUMI 荒川: 三浦貴大 則夫: 益岡徹
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
ポイント
- 意外なことに、同時期公開の石井監督作品『月』より重く、ずっしり堪えた。『茜色に焼かれる』のが好きなひとには、本作もハマるかもしれない。私は途中からのシビアな世界でのコメディ転調で脱落した。
あらすじ
折村花子(松岡茉優)は幼少時からの夢だった映画監督デビューを目前に控え、気合いに満ちていた。ある日、彼女は魅力的だが空気を読めない舘正夫(窪田正孝)と運命的な出会いを果たす。
ようやく人生が輝き始めたかに思えた矢先、花子は卑劣な業界のオトナたちにだまされ、全てを失ってしまう。失意の底に突き落とされた花子を励ます正夫に、彼女は泣き寝入りせずに闘うことを宣言。
花子は長年音信不通だった<どうしようもない家族>のもとを訪れ、父(佐藤浩市)や兄たち(池松壮亮、若葉竜也)にカメラを向け、自分にしか撮れない映画を撮り始める。
レビュー(まずはネタバレなし)
『月』よりもダーク&ビター
半月前に『月』が公開されたばかりの石井裕也監督が、オリジナル脚本で挑む本作。コロナ禍の現代社会に蔓延する不条理や生きづらさを、独特のタッチで描き綴る。
松岡茉優が演じる映画監督デビュー目前の主人公が、父親(佐藤浩市)や離散した家族をつかまえて自分なりの映画を撮るドタバタコメディ。何度も観た劇場予告ではそういう作品に思えたのだが、だいぶ想像と違った。
◇
本作は途中から大きくテイストが変化する。主人公が実家に戻ってからは笑いの要素が入ってくるが、能天気に抱腹絶倒する類のコメディではない。
笑いのレベルとしてそれはアリだが、前半の腹黒い人間たちによる格差社会の醜悪さや辛辣さは、後半でも薄まることなく舌に残ってしまい、この途中からの味変は、私には馴染めなかった。
⋰#愛にイナズマ⚡❤️🔥
— 映画『愛にイナズマ』公式 (@aini_inazuma) October 27, 2023
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石井裕也監督は、高評価を得た『茜色に焼かれる』のように、社会の残酷さを生々しく取り入れ、嫌なヤツが大勢登場する作品を撮ることがある。
個人的にはこの手の作風は苦手なので、きっと合わないだろうと覚悟して臨んだ『月』が、意外と相性良く観られた。けして心穏やかでいられる作品ではないが、悪いヤツに共感できる部分も多かった。
対照的に、これも意外なことだが、本作は私とは相性があまり良くはなかったようだ。日頃見慣れているだけに、カネを払ってまで観たくないような社会の不条理やうわべだけのいけ好かない連中。
想像するに、『茜色に焼かれる』が楽しめたひとには、きっと本作も刺さるのではないか。だから、世間的には本作も高い評価を得られるかもしれない。
私は、あの作品がダメだった。勝負に出る時には赤を差し込んでくる母親役の尾野真千子に共感できなかった。だから、本作でも赤にこだわる主人公の松岡茉優の言動に乗れなかったのかもしれない。
というわけで、以下は偏った私見になるので、悪しからず。
舐められたままで終われるか!
映画は冒頭、折村花子(松岡茉優)が町の風景や人々にカメラを向け動画を撮っている。ビルの屋上から飛び降り自殺しようとする男に、野次馬はスマホを向け、「早くやれよ!」とけしかける。
そんな冷めた世の中を作品に切り取っているつもりなのか、花子が無遠慮に町の人にカメラを向ける姿は、あまり好感が持てない。
◇
などと思っていたら、それに輪をかけて鼻持ちならない業界の先輩がふたり。
訳知り顔で自分は味方だと匂わせる原プロデューサー(MEGUMI)と、何かと先輩気取りで素人の花子を卑下する荒川助監督(三浦貴大)。この二人の見事な怪演で弱いものイジメの憎まれキャラ全開。
そして打ちひしがれた花子は、寂れたバーで空気読めない純朴キャラの舘正夫(窪田正孝)と出会い、役者志望の落合(仲野太賀)という共通の知人がいたことで親しくなる。
◇
ここまでの恋愛ドラマ的な展開。田舎の父、治(佐藤浩市)が花子に何度も電話をかけるも繋がらない場面のインサートショット。
それにちょっとした予想外の成り行きが加わり、花子は映画監督をおろされ、実家に戻り自分の映画を撮ることを決意する。自分が撮るはずだった、幼い頃に突然理由もなく失踪した実の母の物語を。
「舐められたままで終われますか!」
安定の石井組常連
キャスティングは石井組初参加の松岡茉優と窪田正孝を取り囲むように、安定感のある常連のベテラン勢。
折村家の長男で口のうまい誠一には『夜空はいつでも最高密度の青色だ』はじめ、石井作品には欠かせない池松壮亮。真面目で牧師になった次男の雄二には、『生きちゃった』の若葉竜也。
父の治役の佐藤浩市は『町田くんの世界』か。本人は嫌がるだろうけど、こういう役をやると三國連太郎の面影が重なる。
◇
父子という点では、『生きちゃった』の仲野太賀が花子の映画の役者役で登場。そこで父親役になるはずなのが中野英雄という絶妙な配役(その後の展開を含め)。
食肉工場からのカットの繋がりと、中野英雄の出世作ドラマ『愛という名のもとに』の世代を超えたオマージュ演出、ここはいい。
コロナ禍はじめ社会問題が多数
石井裕也監督は『茜色に焼かれる』で過剰なまでにコロナ禍の総マスク社会を描いていたが、本作でも途中までその流れが踏襲される。
バーで酒を飲む時でさえ、いちいちマスクをするマナーのルールがあった。ついこの前までの社会常識が、映画になるとおそろしく煩わしく見える。
「あれは何だったんだろうね」
あの国民総マスク社会は日本固有の過剰対応だったのか、正しい措置だったのか、まだ判断が下せる時期にはない。
無意味に追加コストが膨らんだ世紀の愚策アベノマスク、小さなバーを潤わせ、シャンデリア購入に充当された助成金、マスクなしで路上で酒を飲む大人を激しい言葉で非難する自警団気取りの中学生(こいつの方が怖い)。
◇
不都合なものは<なかったことに>する隠蔽社会や被害拡大するオレ詐欺、犯罪抑止のマニュアルを金科玉条のように唱えるケータイ解約対応の窓口(趣里最高!)、ついでに「ジュリアに傷心」をスナックで調子はずれに歌う客の謎演出。
コロナ絡み以外でも、胸糞の悪くなるネタのテンコ盛り。それが監督の狙いだろうが、心は荒む。
転調しても笑えない
ここまで前半展開が陰険に描かれてしまうと、後半の実家パートからの転調に頭の切り替えがしにくい。笑っていいんだっけ、と一瞬ためらう。
家族全員、申し合わせたかのように着ているものが赤になっている演出は分かり易いが、絵的には終始赤がうるさすぎる。アベノマスクに血がにじむネタも、一回だけなら面白いが、次第に辟易。
花子だけが知らない、理由もなく失踪した母をめぐる真相やいかに。ここはミステリアスな展開にしているが、散々ひっぱって、期待に応えられたか。
◇
1500万円という金額が、本作には随所にでてくる。
花子が監督デビューするはずだった映画の製作費。芹澤興人がマスターの寂れたバーがもらう助成金。誠一が乗り回すBMWの購入価格。オレ詐欺の実行犯たちが一晩で稼いだ被害額。そして、父・治があることのために支払い続けた金額。
同じ金額でも、人によって重みがまるで違う。そのなかで、最後に真相にたどりついたとき、家族はどのような景色をみるのか。
「本作のラストには、タイトルのように、まさに雷に打たれたような衝撃ととめどない感涙をもたらすだろう」と、公式サイトのイントロダクションにご丁寧に書いてくれている。
確かに、スクリーンの中で花子と兄弟たちは泣いていた。だが、私は明らかに置き去りにされた。「泣けるだろ、これ」の重圧に屈しなかった点では、『生きちゃった』のエンディングに近い。俺だけ冷酷な無感動男なのか、と不安にさせる映画だ。
本作にあるような家族の姿を描くのに、ここまでシビアな社会という舞台設定が必要だっただろうか。私には同じ石井裕也監督の作品『ぼくたちの家族』のほうが、断然胸に響いた。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
実家から花子に電話をしても繋がらず、メールで言うには忍びない内容。これはどうみても、父・治は重い病気で余命わずかという流れだ。ネタバレといっても、劇場予告をみたら誰でも分かるような匂わせになっている。
上京した娘が実家からの電話の返事もしないで放置するうちに、親の病状が悪化して云々というのは、最近では『ロストケア』でも同様の設定だったか。
◇
余命一年の父親を相手に、なぜ母親がかつて失踪したかを追求するファミリーヒストリーの映画を撮る。
それ自体は興味深い展開だが、肝心の母親は姿も形も見せず、出てくるのは別れ際に妻に渡したケータイからの、駆け落ち相手の声だけという演出は寂しい。
ケータイという文明の利器が、映画をいかにつまらなくしたかのよい見本だ。
真相についてはここでは触れない。だが、その内容がすべて、父の親友である海鮮料理店主・則夫(益岡徹)によって語られてしまうのは、何とも呆気ないというか味気ない気がした。
オレ詐欺の犯人たちを懲らしめるために、家族で立ち上がるシーンがある。アベノマスクで顔を隠した家族と正夫の五人が相手に喧嘩をふっかけに行く。
中央に佐藤浩市、人数も絵面もまるで『GONIN』(石井隆監督)じゃないかと盛り上がる場面。だが、本作ではバイオレンスは見せない主義らしい。ちょっと惜しい。
本作のラストに散骨シーンがある。
相米慎二監督の晩年の作品『あ、春』は山崎努演じる破天荒な父親の散骨で終わる。その遺族に若き日の佐藤浩市がいた。本作で彼は散骨される方だが、山崎努ほどの強烈な喪失感を家族たちに残せたようには、私には感じ取れなかった。
母の姿を追いかける『消えた女』を撮るはずだった花子は、『消えない男』を撮るのだと父への思いを新たにする。
それはいいのだが、結局、母についは何も語られずじまいだし、事情はあったにせよ、父の暴力肯定映画になってしまった気がしてならない。