『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』今更レビュー|河は静かに流れる

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『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』

最果タヒの詩集を石井裕也監督が映画化。東京の空の下、屈折した男女の出会い。初主演の石橋静河が魅力を放つ。

公開:2017 年  時間:108分  
製作国:日本
 

スタッフ 
監督・脚本:  石井裕也
原作:     最果タヒ
『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

キャスト
美香:     石橋静河
慎二:     池松壮亮
智之:     松田龍平
岩下:     田中哲司
アンドレス:  ポール・マグサリン
工事現場監督: 正名僕蔵
玲:      佐藤玲
牧田:     三浦貴大
老人:     大西力
ミュージシャン:野嵜好美
美香の母:   市川実日子
美香の妹:   佐藤菜月
入院患者:   田島令子
中華料理店主: 伊佐山ひろ子

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

(C)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会

ポイント

  • 最果タヒの詩集も本作もどこまで理解できたのかは疑問だけれど、きっと理屈ではなく肌で感じる映画なのだと思う。東京の閉塞感に息切れしそうになったとき、この映画のどこかに救いがあるような気がした。映画界に新たなミューズが誕生。

あらすじ

看護師をしながら夜はガールズバーで働く美香(石橋静河)は、言葉にできない不安や孤独を抱えつつ毎日をやり過ごしている。

一方、工事現場で日雇いの仕事をしている慎二(池松壮亮)は、常に死の気配を感じながらも希望を求めてひたむきに生きていた。

排他的な東京での生活にそれぞれ居心地の悪さを感じていた二人は、ある日偶然出会い、心を通わせていく。

今更レビュー(ネタバレあり)

詩集の映画化とは何ぞや

原作は、というか元ネタは最果タヒによる『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

これは詩集であり、当然にしてストーリーがある訳ではないが、収録された詩に触発された石井裕也監督が脚本を書き、東京の片隅に生きる若い男女の、言葉にならない感情の震えを掬い取って映像化している。

詩の内容だけでは登場人物も物語も形成されないため、石井裕也監督がそれらしく映画にしてはいる。だから、タイトルは原作通りではなく、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』<映画>を冠している。

言い方は悪いが、隅々まで考えられたカッチリしたストーリー構成になっている訳ではない(ように思う)。その点では感性で観る恋愛映画だ。

公開時に観た時にはそこが判然としなかったが、改めてそういう心持で観ると、とても瑞々しい作品に思えた。詩集が根底にあることが伝わってくる。

最果タヒの詩集も手に取ってみたが、正直言って腑に落ちた詩は多くない。それが世代格差によるものか、個人的な感受性の問題かは知る由もない。

ただ、分からないなりに、詩集のもつ何かを訴えたいエネルギーと、都会に感じるフラストレーションのようなものが、ありありと伝わってきた。

映画からも、同じような何かを感じ取ることができた。だから、本作はこの詩集の映画化として成立していると思うし、分かりやすい物語仕立てにしなかったことにも共感できる。

『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』予告

都会への絶望と達観

日中は看護師をしながら夜はガールズバーで働き、上京し逞しく生活を送りながらも、不安と孤独と不機嫌を抱えて生きている美香(石橋静河)。同室に入院する患者の視界をカーテンで遮り、亡くなった患者を送り出す。シーンの切り取り方がうまい。

「大丈夫。すぐに忘れるから」と、泣き崩れる遺族に心の中で告げ、渋谷の街を自転車でガールズバーに向かう。孤独で虚しい美香の日常。

一方、古いアパートで一人暮らし、建設現場で日雇いとして働く慎二(池松壮亮)

先輩格の智之(松田龍平)や中年の岩下(田中哲司)、出稼ぎフィリピン人のアンドレス(ポール・マグサリン)といつも一緒にいるが、漠然とした不安が離れない。片目が殆ど見えない慎二は、不安から何かを常に喋り続けていないと落ち着かない。

(C)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会

懐は寂しいが、たまには行こうと同僚たちと繰り出したガールズバーで、美香と出会う慎二。それから二人は、何度も偶然の再会を果たし、次第に打ち解けていく。

「俺って変だから」
「へえ、じゃあ私と同じだ」

夜なお明るく賑やかな渋谷や新宿を映し出しながら、そこにどうにも馴染めずにいる、屈折した何かを抱えた若者たちの姿が鮮明に描かれている。

(C)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会

片目が見えないことで、「自分は世界の半分しか見ていないんだ」と不貞腐れる慎二に、「半分も見えてたら上出来だよ」と慰める美香。

母親は子供の頃に自分を捨てて自殺し、大嫌いな実家だが意地になって仕送りをし、厭世観まるだしの女と、高校時代は優秀だったが、片目のせいでいつしか日雇い生活に落ちてしまった、人生を諦めた男

だが、都会の人たちが一日中下を向いてスマホを眺めて続けている中で、美香と慎二の二人だけは、バス停から見上げる上空を進む飛行船や、新宿の夜空に悠然と浮かび上がる、青い光を放つ月の存在に気づく。

キャスティングについて

本作でまず驚くのは、映画初主演とは思えない石橋静河のフレッシュな魅力と圧倒的な存在感だろう。

石井裕也監督作品には『ハラがコレなんで』(2011)で石橋凌『ぼくたちの家族』(2014)に原田美枝子が出演し、その延長線上で石橋静河が抜擢されたのかもしれない。

だが、この大物の両親の名前から紹介されるような存在から、あっという間に、実力派の若手女優として独り立ちしたようだ。

(C)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会

一方の池松壮亮は、『ぼくたちの家族』、『バンクーバーの朝日』(ともに2014)、本作を経て『町田くんの世界』(2019)、『アジアの天使』(2021)、それに公開予定の『愛にイナズマ』と、もはや石井裕也監督作品には欠かせない存在となっている。

本作でも、屈折した純粋な若者を好演し、主演の二人のやりとりは観ていて楽しい。

慎二の同僚・智之を演じた松田龍平は、石井裕也監督の代表作『舟を編む』(2013)の印象が強いが、本作はあの作品の真面目なボケキャラではなく、ちょっとギラギラ感のある本来の得意キャラ。

ガールズバーに行って、「一杯1000円かかるから、キミは飲んじゃ駄目だよ」と真顔で美香にいうシーンが好き。ただ、途中から智之は予想外の運命に苛まれる。

(C)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会

会いたい思いがつのる

「携帯、9,700円。ガス代、3,261円。電気、2,386円。家賃 65,000円、シリア、テロリズム、食費 25,000円、ガールズバー 18,000円、震災、智之が死んだ、イラクで56人死んだ、薬害エイズ訴訟、制汗スプレー 750円、安保法案、少子高齢化。…会いたい!」

日々のやりくりに苦しむ慎二の頭の中は、生活費の出費と、社会問題、そして友人の死。全てが順不同に頭をよぎり、夜空に文字が浮かんでいく。だが、それをかき消すように、美香への会いたさがつのる。

この映像表現もうまいし、なにより、東京の夜空の撮り方が美しい。暗闇に光るタバコの赤い火が、幾千もの街の灯に移り変わるカットは秀逸。

だが、二人の恋愛はけして楽しいことばかりではなく、むしろ友人・知人の死や解雇・失恋等、厄介事に囲まれている。

「まだ愛してる」と美香にメールを送ってくる元カレ(三浦貴大)「昔、愛してた」と慎二にメールを送ってくるNY帰りの同級生(佐藤玲)。どっちも困りものだが、久々に再会し、いきなり「慎二君、いま年収いくら?」と聞くガサツな女のほうが、性質が悪いか。

恋愛に臆病で、不器用な慎二と美香だが、少しずつ距離を近づけていく。

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東京、頑張れー

二人の偶然の再会も4回、5回と大都会では考えられない頻度だが、どこに行っても、売れなそうな曲をギター弾き語りで歌っている路上ミュージシャン(野嵜好美)がいて、メチャメチャ目立っている。

『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』野嵜好美が唄う「Tokyo Sky」

「あの人、売れそうにないね、誰も聴いてないし」

でも、最後にひと捻りある。これが東京の奇跡なのかと思わせる。

彼女が東京を歌ったこの曲は、敢えてなのだろうが、いかにも売れなそうな素朴なフォークソングで、はたしてこの作品の世界観と相性が良かったのかは疑問。しかも、やたらと耳に残るのは参った。

対照的に、エンディングに流れるThe Mirrazの曲はエッジの効いていて、東京の最先端を思わせる。ギリギリ分かるくらいの超絶早口で歌いまくる歌詞がクールだ。最果タヒがイメージする東京の夜は、こっちの方が断然フィットする。

The Mirraz - 「NEW WORLD」歌詞PV

慎二の仕事仲間、智之(松田龍平)は死に、岩下(田中哲司)は腰痛で退職し、アンドレス(ポール・マグサリン)は厳しい就労環境からフィリピンに帰る。

アンドレスのアパートの騒音に悩む就活中の隣人や、美香の病院の同僚、それに実家の父や妹。本作に登場した人物で、幸福そうに見える人はほとんどいない。

メニューが殆ど品切れの謎の中華料理(店主:伊佐山ひろ子)の不気味さも、並大抵ではない。今日も東京は無数の人たちを絶望させ、人生を浪費させながら、虚しく輝いている。

それでも、くじけずに生きていこう。

「嫌なことは、俺が全部半分にしてやる」