『一度も撃ってません』
売れない老いぼれ作家の正体は伝説の殺し屋。阪本順治監督と常連組によるハードボイルド+コメディ。これ観ると、夜の街に繰り出して酒飲んで仲間と騒ぎたくなっちゃう。自粛のご時世にはつらい。
公開:2020 年 時間:100分
製作国:日本
スタッフ 監督: 阪本順治 脚本: 丸山昇一 キャスト 市川進: 石橋蓮司 市川弥生: 大楠道代 石田和行: 岸部一徳 玉淀ひかる: 桃井かおり 児玉道夫: 佐藤浩市 五木要: 寛一郎 守山秀平: 江口洋介 今西友也: 妻夫木聡 連城孝志: 柄本明 周雄: 豊川悦司
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ハードボイルドを気取る74歳の小説家の市川進(石橋蓮司)。
大都会のバー「Y」で旧友のヤメ検エリート・石田(岸部一徳)や元ミュージカル界の歌姫・ひかる(桃井かおり)と共に夜な夜な酒を交わし、情報交換をする。
妻・弥生(大楠道代)の年金暮らしで、担当編集者の児玉(佐藤浩市)からも愛想をつかされている、時代遅れの作家である市川。
だが、彼には伝説の殺し屋・サイレントキラーという、もう一つの顔があった。
レビュー(まずはネタバレなし)
蓮司さん主演で一本やろう
本作は2011年に他界した原田芳雄の七回忌で桃井かおりが「蓮司さん主演で一本やろう」と声を上げたことで生まれた企画だそうだ。
そうなれば、当然監督は原田の同志である阪本順治。メンバーは石橋蓮司、大楠道代、岸部一徳をはじめ、阪本劇団ともよばれる常連組が占める。
意外なことに桃井かおりは阪本組初参加だそうだが、そんな様子は微塵も感じさせない溶け込みようだ。
◇
石橋蓮司の18年ぶり二度目の主演作だという。はて、初主演作が思い当たらない。
調べてみると弘兼憲史原作の『黄昏流星群 星のレストラン』だった。近年またテレビドラマ化されていたが、映画化していたのか。
裏稼業は都市伝説のような殺し屋
さて、本作はハードボイルド気取りの売れない作家・市川が、実は伝説の殺し屋・サイレントキラーであるという物語だ。
のんきなコメディだと思っていた阪本作品『団地』が実はSF的要素の強い寓話だったのと同様に、本作も全面的にコメディな訳ではなく、濃密なハードボイルドがいい具合に配合されている。
監督が阪本順治、脚本に丸山昇一とくれば、『カメレオン』・『行きずりの街』の系譜でもあるのだから当然か。
都市伝説のような殺し屋と聞くと、岡田准一の『ザ・ファブル』かよ、と思ってしまうが、どんな相手も6秒以内で殺すどころか、実は本人は手を下さない。<一度も撃ってない>人なのである。
物語のリアリティにこだわる市川(石橋蓮司)は小説を極めるために、密かにヤメ検の石田(岸部一徳)から殺しの依頼を受けては、本物のヒットマン・今西(妻夫木聡)に仕事を頼み、その暗殺の状況を取材しているのだ。
この構造が面白い(公式サイトにここまでは示されているので、悪しからず)
◇
市川は元学校教師の妻・弥生(大楠道代)に浮気を疑われながら、依頼された殺人を今西に再委託し情況や心理を聴取のうえ、詳細を小説に落とし込む。
これで小説が売れればまだしも、あまりの偏執ぶりに編集者の児玉(佐藤浩市)には見放され、新担当の五木(寛一郎)には正面から酷評される始末。
だが、意に介さず、今夜も市川は夜の街に繰り出すのである。
レビュー(ややネタバレ)
相変わらず、撮影時の楽しさが伝わる阪本組
本作は昭和の時代の夜の街の空気感が濃厚に感じられる。酒好きの年寄りが集まって、勢いで一本作り上げてしまった映画のようだ。
いつもの阪本映画同様に、撮影現場はさぞ楽しかっただろう、という雰囲気は伝わってくる。
夜通しバーで飲み明かすのも嫌いじゃなく、老人の戯言にも付き合える度量の持ち主には、本作は気持ちよく楽しめる。
もう平成でも無理なのに、昭和をひきずるのは勘弁してという人には向かないかもしれない。
豪華脇役陣について
市川が殺人仕事を再委託して、といった話は公式サイトにもあるので、ネタバレというほどの材料は少ないが、多少ネタバレにもなる、メインの四人以外の豪華キャスティングについて触れたい。
◇
まずは出版社で市川担当の児玉(佐藤浩市)と、それを引き継がせる新担当の五木(寛一郎)。佐藤浩市は『KT』『顔』『亡国のイージス』等、阪本組常連だが、今回は父子共演、しかも飲み屋で語り合ったりして。
今回は、忌憚のない物言いの若造・五木の役が面白い。思えば『大鹿村騒動記』では佐藤と三國連太郎も父子で出演していたっけ。
石田をねらう暴力団組長・遠藤(柄本明)の舎弟に渋川清彦、雇ったヒットマンに豊川悦司。これは三人とも演技派で、役柄も似合いすぎ。映画ではハードボイルド担当班だろうが、マジ迫力演技が逆に笑える。
渋川は『半世界』、トヨエツは『顔』『傷だらけの天使』などで阪本作品に参加。なお、共演シーンはないが、柄本佑も切望してチョイ役で参加。佐藤、柄本のダブル父子参加作品となる。
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本当のサイレントキラーを演じた妻夫木聡は、今回なかなか彼とわからない役作りが良かった。消防服を着こんで殺人に及ぶ姿は、中野量太監督『浅田家!』のコスプレ写真を思い出す。阪本組には『闇の子供たち』以来。
そして彼の恋人役には初参加の井上真央。こちらも今までにないような面白い役柄。
◇
そして消防服の妻夫木に殺されてしまう投資詐欺師の江口洋介も、同様に『闇の子供たち』で参加した一人。なお、作中で殺されてしまうのは江口と冒頭のゴロ記者の堀部圭亮。
メンバーたちが入り浸るバー<Y>のマスター・ポパイの新崎人生も、本業がレスラーなのだから当然にマッチョマンなのに、無口で繊細な役回りなのがギャップ萌えする。『傷だらけの天使』ではレスラー役で出演。
店畳んで田舎に帰るときに、<Y>の店名札を裏返して<Z>で眠らせる小ネタがいい。
そして夜がまた更けていく
さて、気付けば知らぬ間に人生は80年から100年時代に延長しており、後期高齢者目前の主人公たちも、まだまだ夜の街を謳歌する元気さに満ちている。
市川も石田も、ハードボイルドを気取ってバーに行っては気の利いたつもりの台詞を吐いて悦に入る。
だが、銃を仕入れるガンショップの店主は死に、薬物を仕入れる薬剤店の店主は中国に帰り、長い付き合いの編集者は定年で後進に担当を譲り。世代交代の波には逆らえない。
◇
そして、石田の頼みで彼の身辺を洗っていたら、組長の連城が狙い始めたのは、なんと伝説の殺し屋である自分だった。
慌てて妻やひかるを匿おうとするが、時すでに遅し。しかも頼みの今西は使い物にならず。
万事休す。<一度も撃っていない>市川は、銃を手にして、連城の仕向けたヒットマンと対峙する羽目になるのだ。ここから先は、文字だけでは伝えきれない、不思議な面白さ。
◇
ああ、歌舞伎町の<深夜食堂>に次いで、常連客として行ってみたい店になったよ、バー<Y>。畳んじゃったけど。
市川のペンネームは御前零児(おまえれいじ)。夜を愛する彼は、文字通り午前様で飲んで帰るのが生き甲斐なのだ。
今週から20時以降東京では酒が飲めなくなった現実を思えば、夢のような日常だ。