『最後まで行く』
二重三重に不幸が重なる不良刑事の巻き込まれ型サスペンス。岡田准一と綾野剛の初タッグ、興奮が途切れない。
公開:2023 年 時間:118分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 藤井道人 脚本: 平田研也 キャスト 工藤祐司: 岡田准一 矢崎貴之: 綾野剛 工藤美沙子: 広末涼子 淡島幹雄: 杉本哲太 久我山太地: 駿河太郎 梶征士: 山中崇 松田優生: 黒羽麻璃央 川上昌平: 駒木根隆介 植松本部長: 千葉哲也 植松由紀子: 山田真歩 尾田創: 磯村勇斗 岸谷真由子: 清水くるみ 仙葉泰: 柄本明
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
ポイント
- オリジナル版未見だけど、本作で満足しちゃいました。おそらく、単なるリメイクでない深みがあるに違いない。クライマックスまで息も切らせない展開と、「木更津キャッツアイ」を思わせるA面/B面構成。藤井道人監督、楽しいです、これ。
あらすじ
ある年の瀬の夜、埃原署の刑事・工藤(岡田准一)は危篤の母のもとに向かうため雨の中で車を飛ばしていたが、妻・美沙子(広末涼子)からの着信で母の最期に間に合わなかったことを知る。
その時、工藤は車の前に現れたひとりの男をはねてしまう。彼は男の遺体を車のトランクに入れ、その場を立ち去る。そして、男の遺体を母の棺桶に入れ、母とともに斎場で焼こうと試みる。
しかし、その時、スマホに「お前は人を殺した。知っているぞ」というメッセージが入る。
レビュー(まずはネタバレなし)
オリジナルを超えてやる
オリジナルはキム・ソンフン監督2014年公開の同名韓国映画。高い評価を得て、中国やフランス、フィリピンでもリメイク作品が作られ、日本においては藤井道人監督がメガホンを取り、本作が作られる。
今回が監督と初タッグとなる岡田准一、そして『ヤクザと家族 The Family』(2021)で主演を務めた綾野剛の待望の共演。
◇
ひとことで言えば、次々と不運が訪れる、巻き込まれ型アクション映画。韓国版は未見なのだが、見応えは十分。安易なリメイク映画ではないであろうことは、のっけからの面白さですぐに想像できた。
藤井道人監督も、本家を凌駕する作品にする意気込み満々で、オーソドックスな展開だったオリジナルとは結構異なる設定や時間軸を織り込んでいるそうで、まったくテイストの異なる作品といえるのかもしれない。
泣きっ面にハチが何匹も
冒頭、激しい雨の中、クルマを激走させる主人公の工藤祐司(岡田准一)。運転中のケータイの会話から、危篤の母の病院に向かっていることが分かる。
だが、次に上司の淡島(杉本哲太)から電話が入り、暴力団仙葉組からの裏金受領がマスコミにリークされ、監察が入ると知らされる。工藤は埃原署の刑事なのだ。
このままでは、身内の癒着のスケープゴートにされる。そこに妻から再告知。母は亡くなったと。二重苦が重なった彼に、三つ目の災難が。突如雨の夜道に現れた若者(磯村勇斗)を轢き殺してしまう。
◇
畳み掛ける災難で息つく暇がない。遺体をトランクに積み、とりあえず病院に向かう工藤のクルマが飲酒検問にひっかかる。年末なのだ。
多少飲酒もしている工藤は、警察手帳で乗り切ろうとするが、彼を敵対視する交通課の梶(山中崇)が執拗にトランクを開けさせようとする。身内の検問でここまでドキドキさせられるとは。
そして真打登場。後続車から現れたのは、県警本部の監察官・矢崎(綾野剛)。まさに埃原署に向かう途上だったが、その彼のおかげで、工藤は急場をしのぐことができる。
序盤の展開だけで興奮し通しだ。普通なら、この後シーンが変わり、例えば病院での母の遺体との対面などですこし落ち着いたペースにトーンダウンするところだが、本作は当初の発射角を維持したまま、緊張状態を緩めずに突き進む。
脚本は平田研也。『22年目の告白 –私が殺人犯です-』(2017、入江悠監督)に続き、韓国映画リメイクの脚本を手掛けるが、前作同様にオリジナルに負けない日本流の味付けがなされている。
ヘタレな岡田准一が懐かしい
何といっても、主演の岡田准一の使い方がいい。もはや日本のアクション映画の第一人者といえ、役者の域を超えコレオグラファーとしても活躍する彼ゆえ、近年は無敵のヒーローキャラが多くなった。
『ザ・ファブル』や『ヘルドッグス』も、清廉潔白な役ではないが、強くてカッコいいことに変わりない。
だが、本作の工藤は、妻にも愛想を尽かされ、会社でも煙たがられ、ヤクザと癒着する、威張り散らすだけの冴えない人物。今回も遺体をどうやって処分しようかでオロオロする、情けないキャラなのだ。
これは結構新鮮、というか懐かしい。『木更津キャッツアイ』のぶっさんが脳裏によみがえるわ。ついでにいえば、今回妻役の広末涼子とは、田村正和主演のドラマ『オヤジぃ。』で姉弟役だったか。まあ、どっちも古い話ですが。
◇
工藤がどうにかこうにかトランクの遺体を別の場所に隠して、母の棺の中に潜り込ませて火葬してしまおうと考える。この辺の挙動は笑いを誘うのだが、『ザ・ファブル』ほどふざけておらず、匙加減が丁度いい。
いよいよ『木更津キャッツアイ』っぽいなと思っていたら、なんと工藤が天井裏のダクトでほふく前進を始めた。これって、ドラマ内でうっちー(岡田義徳)がやってたヤツじゃん。
さらには、映画がA面・B面構造になっており、矢崎(綾野剛)のプロフィールが明かされ始めるシーンの前で、キュルキュルと音を立ててこれまでのシーンの時系列が巻き戻される。これなども完全に『木更津キャッツアイ』オマージュだろう。そうに違いない。
狂気の綾野剛もいい
さて、その綾野剛。藤井道人監督作品では、『ヤクザと家族 The Family』(2021)やドラマ『アバランチ』(2021)で主演を務め、公私ともに付き合いが深いという。
今回の彼は、本性がよく分からない不気味なキャラだ。狂気とバイオレンスの人であり、『ヤクザと家族 The Family』の繊細さとは無縁の人物。
はじめは、工藤の犯罪を追い詰める正義の監察官なのかと思ったが、「この程度の裏金など、私がもみ消してあげますよ。ほかにもっと、心配事はないですか」と、工藤の懐柔に入る。
どういう人物かと思っていると、B面で明かされる彼を取り巻く環境に驚く。なんだよ、実は工藤より、矢崎の方が余程不運に見舞われてるじゃん。
『ヤクザと家族 The Family』からは、主演だった綾野剛のほか、同僚刑事役の駿河太郎、そして本作ではいきなり轢死体となる若者役の磯村勇斗も参戦。三人とも前作とはまったく異なる役柄設定だ。
それから、同じく同僚刑事役の駒木根隆介と、矢崎と結婚する本部長の娘役の山田真歩が、『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(2010、入江悠監督)のラッパー同士なので、ちょっとニヤけてしまった。
◇
工藤の上司役には杉本哲太。刑事としてはドラマ『隠蔽捜査』はじめ切れ者の役が多いが、今回は隠蔽する側。目下『あまちゃん』再放送中なので、シリアスなキャラに見えず困った。
そして暴力団・仙葉組の親分に柄本明。本作オリジナルである、彼が例え話に使う<砂漠のトカゲ>の話が、映画に通底するイメージを膨らます。
熱い砂の上から離れればいいものを、物好きにもこの町で這いつくばって生きていく。それが、工藤と矢崎の二人の対決する姿にオーバーラップする。
いや、それにしても本作、岡田准一・綾野剛、それに回想シーンで活躍する磯村勇斗と、人気俳優を揃えながら、誰もが例外なくボコボコにされ、醜態をさらすところがユニークだ。
正直、ファンはこんな情けない姿、観たくないのにと思ってしまいそうだが、映画的にはべらぼうに面白い。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
プロモーションのネタバレ具合どうよ
藤井監督は作品ごとにテーマを秘かに決めていて、『ヤクザと家族 The Family』では<煙>、本作では<埃>なのだそうだ。愛知県にある架空の都市・埃原市というのも、それを連想させる。全てのクルマのナンバープレートに埃原とあるのも芸が細かい。
◇
ネタバレと書いたものの、筋書きを細かに語る作品でもないので、ここでは触れない。
個人的には、公式サイトのストーリー紹介欄でさえ、書きすぎな気はする。工藤のスマホに届く「お前は人を殺した。知っているぞ」の送り主さえ書かれているのは興ざめだ。
それともう一つ。詳しくは書かないが、終盤で工藤が矢崎に、「クルマから離れろ」とケータイで指示される場面がある。映像的にもクルマが爆破されそうな気配が濃厚なのだが、実際は想像を上回る展開になっている。
このおいしい場面を、私の記憶が確かなら、劇場予告でも使っていたはずだ。これはネタバレに近い。観客動員欲しさなのだろうが、この場面は上映まで秘蔵してほしかった。
最後まで行ってないけどね
磯村勇斗演じる若者・尾田を誤って工藤が轢き殺してしまったところから始まった話が、とある寺の隠し持つ莫大な政治家の裏金をめぐる争いに発展。
政略結婚した新婦の父である県警本部長(千葉哲也)はその裏金に関与しており、矢崎は義父の指示で、必死にその金庫鍵を持ち逃げした尾田を追う。いやあ、結婚式の花嫁の父の怖さと緊張感たるや、凄まじい。
こうして、尾田の遺体(指認証としての鍵)をめぐり、工藤と矢崎が争うことになる。同じ砂漠のトカゲのような境遇を生きる二人。「俺と組まないか」と矢崎が持ちかけるが、工藤は相手にしない。
大きな墓地や、大金の置かれた大きな金庫部屋でのタイマン対決は、さすが岡田准一のアクションもあってか、迫力もあるし、トカゲのような動きも絵になる。
だが、個人的にはこの対決に至るまでの踏んだり蹴ったりのプロセスの方が断然好き。
いや、藤井道人監督、こういうジャンルもいける人なのか。結局この二人、<最後まで行く>といえるのかは不明なのだけど、そんなことはお構いなしの突き抜け感。やっちゃえ、ぶっさん。