『ばしゃ馬さんとビッグマウス』今更レビュー|偉そうなことは、脚本書いてから言え!

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『ばしゃ馬さんとビッグマウス』

𠮷田恵輔監督が麻生久美子と安田章大の共演で贈る、シナリオライターの卵たちの苦悩の日々。

公開:2013年  時間:119分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:      吉田恵輔
脚本:         仁志原了


キャスト
馬淵みち代:     麻生久美子
天童義美:       安田章大
松尾健志:       岡田義徳
マツモトキヨコ:    山田真歩
亀田大輔:        清水優
天童育子:       秋野暢子
馬淵絹代:      松金よね子
馬淵治:         井上順

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会

あらすじ

学生時代からプロの脚本家になることを夢見て懸命に頑張っているのに、一向に芽が出ないまま、三十路を迎えた馬淵みち代(麻生久美子)

それでもなお夢を諦めきれない彼女は、社会人向けのシナリオ講座に通うことに。そこでみち代は、偉そうに大口をたたくものの、実績はまるでゼロに等しい年下の青年・天童義美(安田章大)と出会う。

義美がすっかりみち代に惚れ込んで言い寄るのに対し、彼女は彼のことを毛嫌いし、まるでソリが合わない二人だったが…。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

脚本家を目指す男女の青春ラブコメ。脚本を手掛けた𠮷田恵輔監督自身や仁志原了の実体験も生かされていることは想像に難くない。

寸暇を惜しんでは<ばしゃ馬>のようにシナリオを書いて、コンクールに投稿するも落選し続ける女、馬淵みち代(麻生久美子)

シナリオスクールで出会った、授業の課題のシナリオさえろくに書いてこないのに、言うことだけはでかい<ビッグマウス>な自信過剰男、天童義美(安田章大)

タイトルから期待させるような軽快感もラブコメ的な昂揚感もなく、シナリオライターの卵たちの苦悩する日常がひたすら淡々と描かれる。

(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会

対照的な二人のキャラのぶつかり合いが面白い。

「私、こんなに頑張ってるのに!」生活をなげうって、必死な形相でシナリオ執筆に取り組むものの、三十路を過ぎても一向に芽が出ない馬淵さん。

日常生活のピリピリ感が半端ない。藁にも縋る思いで、同じ道を目指す友人のマツモトキヨコ(山田真歩)を誘い、今更ながらシナリオスクールに入学。

(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会

そこで彼女が出会ったのが、天童クン。受講生のくせに、渡された名刺には脚本家とある。

「どうせ、すぐになれるやろ。俺が本気出したらスゴイで〜、映画の世界が変わってしまうかもしらん」

どっちも、「いるいる、こんなヤツ」的な存在。周囲の学生の書いたものをこき下ろしたり、講師(広岡由里子)を見下したりと、書きもしないのに言いたい放題の天童クンを馬淵さんが気に入るはずもない。

「馬淵さんのシナリオはきれいごとやな。それに定石に沿って書いててもダメやで」
「偉そうなことは、書いてから言え!」
「全く新しいモンを書いてるから、なかなか書けへんのや」

喧嘩するほど仲がよいのか、はじめは険悪な関係だった二人は、ともに厳しい現実に直面することで、互いを理解し、尊重し始める。

(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会

神経質で生真面目そうな馬淵さんは、『純喫茶磯辺』(2008)で演じた尻軽ウェイトレス役よりは、はるかに麻生久美子のイメージに合う。

一方の関ジャニ∞(現・SUPER EIGHT)の安田章大は、映画の単独主演は本作が初だが、無神経なビッグマウスぶりでもどこか憎めないキャラが、彼ならではと思えた。

それにしても、ばしゃ馬だから馬淵さんなら、ビッグマウス天童義美の役名は、あの大物演歌歌手の口を大きく開けて歌うイメージから着想しているのだろうか。

(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会

シナリオの世界でなかなか芽が出ない話だから、ただでさえ映画的に盛り上げにくい物語なのに、馬淵さんが書こうとする題材は、介護士という過酷な仕事。

スクールで知り合った映画監督(坂田聡)に現場取材を勧められ、馬淵さんは元カレの松尾(岡田義徳)に頼んで、彼の働く介護施設でボランティアとして働かせてもらう。

でも仕事は失敗ばかり、書いた脚本も表層的で現実を見ていないよねとみんなにダメ出しされ、映画はどんどん、暗いトーンになっていく。「もっとグイグイ盛り上げていかんと、この脚本退屈やで」と、天童クンに酷評されそう。

 

元カレ役の岡田義徳がいい。別れた馬淵さんにも優しく接している。

本作の前に『おと・な・り』(2009、熊澤尚人監督)でも麻生久美子と共演していたが、あの時の、途中から本性を露わにする悪質な男だった印象が鮮明で、今回も豹変しないかとハラハラした。

(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会

岡田義徳が演じる松尾は、役者になる夢をきっぱり諦めて、介護の仕事に就いている。馬淵さんはそれができずにいる。夢を追いかけるのは素敵なことだが、多くの人が、いつか現実を直視し、諦めることになる。だが、彼女は夢を捨てる勇気もない。

馬淵さんが実家の温泉旅館に戻る場面がある。シナリオに追われる彼女がわざわざ帰省したのは、友人の結婚披露宴のため。もう、周囲はみな既婚者だ。自分は脚本家の仕事で忙しいと見栄を張る。

披露宴で友人数名が「オズの魔法使い」の扮装で歌うのだが、ドロシー役は篠原ゆき子で、麻生久美子は黒塗りのブリキの木こり。これには笑ったが、「ブリキの木こりのように心がなく、それを必要としている」という潜在意識のメタファ―なのかも。

今更レビュー(ここからネタバレ)

以下、ネタバレになりますので、未見の方はご留意ください。

遅筆だった天童クンがついにシナリオを書いてみる(題名に『メリちん』とあったのは楽屋落ち?)。

その出来の良さに馬淵さんは彼を見直すが、コンクールには一次予選落選。落ち込む天童クンは、幾度の落選にもめげず、書き続ける馬淵さんを尊敬するようになる。

そして二人は、お互いに途中経過を見せ合って高め合いながら、自分自身を題材に書いた作品を次のコンクールに投稿。いよいよ、クライマックスだ。「これでダメだったら、私は夢を捨てて田舎に帰る」と馬淵さんは宣言する。

そして、次のカットではもう授賞式。会場には正装した馬淵さんの姿。ついに受賞したのだと思うが、檀上ではマツキヨ(山田真歩)が大賞受賞のスピーチ。友人として出席しているのだ。

花を咲かせずに東京を去り、実家に戻る物語にしたことは、映画にリアルさを与えたと思う。

だって、この作品は、「夢を追いかけ続けるのではなく、どうやって未練たらたらでも夢を捨て、明日に向かって歩いていくか」を描こうとしているのだから。

ばしゃ馬さんとビッグマウスは、いい関係にはなったが、けして交際を始めるわけではない。ともにひと時、同じ夢を追いかけた戦友という間柄なのだ。そこもいい。

(C)2013「ばしゃ馬さんとビッグマウス」製作委員会

「もしも、つき合おうって言ったら、どうする? もしもの話だけど」

中盤で馬淵さんが元カレに問いかけたこの台詞を、ラストでは天童クンが彼女に投げかける。それは本心であるくせに、仮定の話だよと逃げを打っている。

だが、傷つく勇気がなければ、望むものは得られない。馬淵さんは自分に足らなかったものに気づき、故郷で出直すことにしたのだろう。

2013年の公開時以来ひさびさに観た作品だったが、当時はあまり胸に響かなかったものが、12年を経たことで、共感できるようになった気がするのは、自分もどこかで夢を諦めたからかな。

馬淵さんの誕生日にと天童クンが生ギターで披露する「天童義美のラブソング」(実際に安田章大が作曲)が、素敵すぎて惚れてまうで。