『グラスホッパー』
伊坂幸太郎の人気原作を映画化。奇妙な殺し屋はじめユニークな登場人物を生田斗真、浅野忠信、山田涼介ら豪華キャストが演じる。
公開:2015 年 時間:119分
製作国:日本
スタッフ 監督: 瀧本智行 脚本: 青島武 原作 伊坂幸太郎 「グラスホッパー」 キャスト 鈴木: 生田斗真 鯨: 浅野忠信 蝉: 山田涼介 百合子: 波瑠 比与子: 菜々緒 すみれ: 麻生久美子 槿: 吉岡秀隆 岩西: 村上淳 寺原会長: 石橋蓮司 寺原Jr: 金児憲史 鯨の父: 宇崎竜童 メッシュの女: 佐津川愛美 桃: 山崎ハコ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
仕組まれた事故により恋人を失った教師・鈴木(生田斗真)は、復讐のため教員としての職を捨て、裏社会の組織<フロイライン>に潜入する。
しかし、復讐を遂げようとした相手は<押し屋>と呼ばれる殺し屋によって殺されてしまう。押し屋の正体を探ろうとした鈴木だったが、自らの嘘がばれ、組織から追われる身になってしまう。
レビュー(まずはネタバレなし)
瀧本監督と伊坂原作、相性良いかも
伊坂幸太郎の初期の代表作のひとつである『グラスホッパー』、瀧本智行監督は、なんで今頃になってこれを映画化するのだろうと思っているうちに、観るのを忘れていた。伊坂原作の映画化は中村義洋監督以外の作品は当たりはずれがあるので、つい無意識に敬遠していたのだろう。
だが、瀧本智行監督、原作とは異なる展開も相当あるのだが、いい感じにツボを押さえたアレンジに徹し、作品として上手にまとめ上げていたと思う。素晴らしい。
◇
裏社会を牛耳る組織、令嬢をはじめ、自殺屋、押し屋、ナイフ使いに情報屋の女と、多様な殺し屋稼業の連中が暗躍する荒廃した社会を、過度に嘘くさくならぬよう、微妙な匙加減で描き出す。『イキガミ』や『脳男』などでも、瀧本智行監督の得意とするところだ。
映画は冒頭、ハロウィンのコスプレに沸く、渋谷のスクランブル交差点。何だよ、いきなり令嬢の会長御曹司、寺原Jr(金児憲史)がクルマに轢かれるシーンからか?
だが、どうも違う。そうか、ここは主人公・鈴木(生田斗真)の婚約者・百合子(波瑠)が組織の陰謀の犠牲となって轢死するシーンなのだ。
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渋谷・ハロウィン・通りがかりの子供・飛び交う大量のバッタ。どうも冒頭から随分原作と乖離する。それに原作ではバイキング好きのさばけた感じの妻が、波瑠ではちょっと違うかな。などと思ったが、この違和感を感じた配役は、しっかりと終盤で効力を発揮する。
自殺専門の殺し屋<鯨>
原作の面白味は、登場人物名のハンコを押された単元が次々と入れ替わり展開され、三つのエピソードが途中から交錯し始める構成にある。当初は独立しているそれぞれの挿話がどのように描かれ、また誰が演じるのかが、観る前には気になっていた。
◇
その一人が<鯨>と呼ばれる自殺専門の殺し屋。原作で書かれているほど大柄な体格ではないかもしれないが、浅野忠信の雰囲気は合う。彫の深い陰鬱な目の奥にある洞穴のような空虚さが、標的を自殺に追い込む。
「人は誰でも、死にたがっている」
<鯨>がこれまで自殺させてきた犠牲者たちの亡霊が、いつも彼の周囲を取り囲んでおり、言葉を発する。
死者が見えてしまうのは、ドラマ『BORDER 警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係』の小栗旬のような特異体質だ(そういえば、あのドラマにも波瑠が出てたっけ)。
本作では<鯨>の住むキャンピングカーの中に、彼が殺した父(宇崎竜童)はじめ大勢の青白い亡霊たちが、満員電車のように寄り集まっているのが最高。この演出は映画ならでは。
ナイフ使いの<蝉>と雇い主の岩西
次に<蝉>という名のナイフを巧みに扱う殺し屋。その名の通りうるさい、痩身で猫のような身のこなしの青年を山田涼介が演じる。原作比、ちょっとカッコよすぎる気もするが、まあ、シジミの吐く泡を眺めて癒されている山田涼介というのも悪くない。
<蝉>に仕事をつなぐ雇用者の岩西(村上淳)もいい味をだす。伊坂ファンにはお馴染みのジャック・クリスピン(架空の伝説ミュージシャン)の名言を常に引用する岩西は、<蝉>と口論ばかりだが、互いに信頼し合っている。この岩西がとってきた寺原からの依頼仕事で、<蝉>と<鯨>は絡み合うことになる。
復讐のために令嬢に潜入する鈴木
そして物語のメインは、寺原会長(石橋蓮司)率いる令嬢に婚約者を殺された主人公。瀧本智行監督とは『脳男』(2013)に続きタッグを組む生田斗真。
教師だったが復讐のために偽名(鈴木)で組織に入社し、機会を窺っている。そして彼の上司の比与子(菜々緒)が、鈴木を怪しみ始めているという背景が映画では少々分かりにくい。
◇
善人の鈴木がなんとか復讐を果たそうとするという展開はよいが、キャラ設定上、アクションでは活躍しにくい。まるで、拉致され拷問されるだけの『土竜の唄』のようになってしまうのが、生田斗真のファンにはちょっと物足りないか。映画全体では、山田涼介がアクションで活躍する分、ジャニタレのバランスを考慮したのかもしれない。
<押し屋>の槿とその家族
今回のキャスティングで一番意外だったのは、<押し屋>の吉岡秀隆。標的の背中を押して道路や線路に落とし、事故や自殺に見せかけて殺す殺し屋。
いつもの調子で喋り続ける感じの吉岡秀隆ではなく、今回は終盤まで殆ど語らず、無言でにらみを利かせる役。そこが良かったというと怒られそうだが、いつもの彼にはない凄みが新鮮だった。
<押し屋>の苗字が槿であることや、妻・すみれ(麻生久美子)や子どもたちとのエピソード、彼の家に派遣家庭教師の営業として潜り込む鈴木とのハラハラするやりとりは、ちょっと原作にくらべると尺不足で残念。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
原作との対比
伊坂幸太郎の原作ファンとしては、どうしても原作との差異に目が行き、それがマイナス評価になりがちな点は否めない。
映画には時間的な制約があるため、各キャラクターのプロフィール紹介や、それぞれの話の展開が随所で端折られたり、急かされたりするのは、未読の観客には分かりにくかったのではないかと余計な心配をしてしまう。
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<鯨>と<蝉>が寺原絡みの騒動で出会い、勝負することになる話の流れも、もう少しじっくり見たかった。
途中で岩西の亡霊も登場する<鯨>と<蝉>の対決には見応えがあったが、原作ではきっちりと勝敗がつくのに対し、本作では両者痛み分けでドローになってしまうのはどうなのか。ジャニーズへの忖度を勘繰るほどの話ではないけど。まあ、それなら、山田涼介に自分の耳を切らせたりはしないか。
序盤で令嬢に捕まる、自称・鈴木の教え子の女(佐津川愛美)が、終盤に活躍の場が与えられる。
だが、ここは本来若い男女の設定であり、それが本作以降伊坂作品に頻出するスズメバチという名の同業者なのだ。この設定をいじられたのは残念。きっと『マリアビートル』を映画化したブラピの新作『バレット・トレイン』にも出てくるぞ。
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また、押し屋のレンタル家族のような妻と子供たち、さらには<劇団>と呼ばれる連中の活躍が、ほぼ麻生久美子の台詞だけで片付けられてしまったのも、味気無い。というか、吉岡秀隆に活躍の場がなくて、浮かばれない。
映画独自の工夫が見られた点
ただ、本作を原作のまま映画化すると、ラスボスである寺原会長(石橋蓮司)をあっさり殺すのは拉致された若者として潜入していたスズメバチ、しかも殺されたことは伝聞でとなってしまう。これでは盛り上がらないので、佐津川愛美を担ぎ出したのだろう。この判断は悪くない。
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主人公の鈴木が恋人を殺された復讐に燃えるが、結局他力本願で達成してしまう点も、原作では亡き妻の人物設定をはじめ、ライトタッチで淡泊に書かれている。これは伊坂幸太郎の作風ではあるが、映画となると、もう少しウェットな心情がほしい。
そこで冒頭の波瑠が、ハロウィンで迷子の子供を救おうとして犠牲になるシーンを入れたのだろうか。その程度に考えていた。だが、映画の終盤には思わぬ伏線回収があった。
学校給食の調理場で働く料理好きな百合子。一番の調味料は、食べてくれる人を想うこと。そして、鈴木のためにタッパーで冷凍保存する自分の手料理を、「(自分の想いが詰まった)タイムカプセルみたいだね」と語る回想シーンがある。
そして復讐劇の一年後、<劇団員>の女(麻生久美子)が、<押し屋>の子供役だった小さな男の子とともに鈴木の前に現れる。過去の仕事の関係者との再会はルール違反だが、少年が鈴木に会いたがったという。
彼こそが、渋谷の交差点で百合子が命を救った少年だったのだ。事故現場で拾った百合子の婚約指輪を、少年は鈴木に渡す。
「タイムカプセルだ、君は!」
そう言って少年を抱き締める鈴木。この終わり方はうまい。死ぬ間際の百合子の恋人を想う気持ちが、指輪とともに、鈴木のもとに時を遡って届けられる。原作にはないが、まるで伊坂幸太郎が書きそうな仕上がりだと感心した。
◇
ここまで来れば、当初冗長に感じた冒頭の渋谷交差点シーンも納得。ついでに、劇中やたら何度もインサートされたバッタ(変異で凶暴化している)のクローズアップも、映画ならではの不穏な空気を感じさせる意味で有効だったと思う。
好きな原作を下手に料理されてメチャクチャな作品だったらどうしようかと思っていた本作、その心配は無用だった。あれこれチャレンジしながらも、最後にはキレイに収める瀧本智行監督の手腕に感謝。