映画『紙の月』今更レビュー|臨店班に花咲舞がいたら黙ってないのに!

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『紙の月』

顧客預金の横領に手を染めていく女宮沢りえ。角田光代の人気原作を吉田大八監督が映画化。

公開:2014 年  時間:126分
製作国:日本

スタッフ  
監督:     吉田大八
脚本:     早船歌江子
原作:     角田光代
          『紙の月』
キャスト
梅澤梨花:   宮沢りえ
(少女時代)  平祐奈
平林光太:   池松壮亮
隅より子:   小林聡美
相川恵子:   大島優子
梅澤正文:   田辺誠一
井上佑司:   近藤芳正
平林孝三:   石橋蓮司
小山内等:   佐々木勝彦
小山内光子:  天光眞弓
名護たまえ:  中原ひとみ
今井:     伊勢志摩
奈々:     藤本泉

勝手に評点:2.5
(悪くはないけど)

(C)2014「紙の月」製作委員会

あらすじ

バブル崩壊直後の1994年。夫と二人で暮らす主婦・梅澤梨花(宮沢りえ)は、銀行の契約社員として外回りの仕事に従事し、その丁寧な仕事ぶりで周囲にも評価されていた。

一見すると何不自由ない生活を送っているように見えた梨花だが、自分への関心が薄い夫・正文(田辺誠一)との関係にむなしさを感じていた。

ある日、年下の大学生・光太(池松壮亮)と出会った梨花は、光太と過ごすうちに顧客の預金に手をつけてしまう。最初は1万円を借りただけのつもりだったが、次第にその行為はエスカレートしていく。

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今更レビュー(まずはネタバレなし)

ドラマに軍配をあげたい

人気作家・角田光代による柴田錬三郎賞受賞作を原作に、吉田大八監督が映画化。顧客の預金横領に手を染めていく主婦の物語。『オリヲン座からの招待状』(2007)以来七年ぶりの映画主演となる宮沢りえが話題となった。

さて本作を語るにあたっては、普段の当サイトでのレビュー以上に個人的な思いに基づく偏った感想になってしまうことを始めに申し上げておきたい。

本作公開は2014年だが、その半年ほど前にNHKで原田知世主演のテレビドラマがあった。両者を比較すると、どうしてもそちらの方が出来が良いように思えてしまうのだ。

これについては後述するが、そのせいで本作に対する私の評点は、多少世間一般より辛口になってしまった。もし映画の方を先に観ていたら、本作の印象はまた変わったものになったのかもしれない。

いずれにしても、本作で犯罪に手を染めていく主人公を演じた宮沢りえが、その迫真の演技で日本アカデミー賞の優秀主演女優賞を獲得していることからも窺えるように、作品自体がつまらないということでは全くない。

犯罪が発覚するかハラハラのサスペンス要素は二度観ても楽しめたし、大胆な脚本構成にも面白味がある。

宮沢りえか原田知世か

専業主婦だった梅澤梨花(宮沢りえ)わかば銀行の契約社員として働くようになり、仕事にやり甲斐を見出すものの、夫の正文(田辺誠一)には自分の仕事は軽んじられ、漫然とした不満を感じている。

そんな折、気難しい大口預金先の平林孝三(石橋蓮司)の家で出会った孫の光太(池松壮亮)と、職場の送別会の帰りに偶然再会し、積極的に誘ってくるこの若い大学生と、次第に親密な関係になっていく

学費が捻出できずサラ金に金を借りて学生生活を凌いでいる光太に、資金援助してあげたい。気持ちが抑えられなくなった梨花は、顧客の預金証書偽造に手を染めていく

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さて、ここからしばらくは、ドラマ、或いは原作との比較で感じたことを書かせていただく。

まずはキャスティング。主演の宮沢りえの気迫の演技と覚悟を感じる表情から滲み出る色香。ここは彼女ならではの魅力だと思うのだが、一方でドラマ版の原田知世には、この女が横領するのかという意外性に勝ると思う。

偶然にもこの二人を主演女優に起用している黒木和雄監督の作品を例に出せば、『父と暮せば』宮沢りえと、『紙屋悦子の青春』原田知世、いずれ劣らぬキャリアの女優である。

ただ、これは私見でしかないが、およそ悪事には無縁の銀行営業女性にみえるのは原田知世で、だからこそ、横領にも若い男との不倫にも、観ていて驚きがあるのだ。

これが宮沢りえだと、「ああ、そうなるよね」という想定内の展開になってしまう。もっとも、この後『あなたの番です』の登場で、原田知世からも意外性は薄らいでしまったが。

その他のキャスティング

そして、梨花と深い関係になっていく光太池松壮亮。はじめは謙虚な貧乏学生だったが、貢がれるカネで次第に裕福さに慣れていき、大学もやめ自堕落な生活に。

この役はドラマでは満島真之介。こちらは原作通り映画監督志望という設定を与えられているせいか、はじめのうちは純粋で青臭い若者として好感がもてる。

だからこそ性格が変わった後半で、ウェイタ―相手に「パラソルを移動させてよ」指示する傲岸さが際立つ。池松壮亮の演技力の高さは承知の上だが、この役は満島真之介がハマっていると思う。

(C)2014「紙の月」製作委員会

そして梨花の夫の正文田辺誠一。この役はもっと妻を小馬鹿にして、たかが契約社員なのに、なんで上海転勤についてこないのか、見下すような憎まれ役でないと盛り上がらない。

田辺誠一では善人すぎる。本作では、次第に雑に扱われるようになる夫が気の毒に思えたほどだ。ドラマではここに光石研。まあ、憎たらしかった印象が強い。

(C)2014「紙の月」製作委員会

結局、映画監督になる夢を追う光太の繊細な若者の魅力と、妻の仕事を評価してくれない正文の憎々しさがあってこそ、梨花の犯行動機に(多少なりとも)共感できるようになるはず。その意味では、ここの説得力がもうひとつ弱かったように思う。

ドラマ対比キャストで良かったと思ったのは、うるさい大口顧客の平林孝三を演じた石橋蓮司。ドラマのミッキー・カーティスも悪くないしキャラもかぶるが、いかにも何かやらかしそうなエロ爺っぽい雰囲気と、その正体のギャップという点で、石橋蓮司はさすがにうまい。

映画『紙の月』特報

原作との構成の違い

原作では、梨花の中学時代からの同級生たちが語り部となって、彼女のプロフィールが浮き彫りになっていくような構成になっている。

映画では、中学時代のアジアの被災国の子供たちへの寄付という行為を通じて、梨花のキャラクターが伝わってくる要素のみを残し、級友たちの存在は排除した。

これは、時間的な制約からも、また梨花がどうなってしまうのかが早い段階でバレてしまうのを避けるためにも、有効なアレンジだったと感じた。

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ただ、梨花の仲の良い級友(ドラマでは西田尚美水野真紀)が登場せず、彼女が昔から孤立している変わり者キャラに見えてしまうという弊害もあったように思う。

映画オリジナルのキャラだが、銀行の預金課の厳しいベテラン主任の隅より子小林聡美と、いつか自分が横領しそうで怖いと嘆きながらも自由奔放な若手行員の相川恵子大島優子は、存在が光る。

(C)2014「紙の月」製作委員会

悪魔のささやきのように梨花に近づいてくる相川役の演技で、AKB48卒業後の大島優子は、世間に女優業の本気度を示したといえる。

そして、普段の親密さを封印し、隙が無い厳しさの小林聡美。梨花の不正に気付くとすれば彼女しかいない訳だが、果たしてどのような展開を見せるか。

そこに近藤芳正が無能な上司を絶妙なトーンで演じることで、銀行内部のシーンはとても緊張感のあるものになっている。これは、セットはリアルだが芝居が大仰すぎる池井戸潤原作ものの銀行ドラマとは明らかに異なる雰囲気だ。

梨花が銀行内部から書損処理をうまく悪用して証書用紙を持ち出し、自宅で偽物を作る工程は実に芸が細かく、原作以上に臨場感がある。カラーコピーとプリントごっこの合わせ技による偽造工作と、真剣な表情でそれに取り組む宮沢りえの組み合わせが面白い。

映画『紙の月』Femme Fatale特別映像

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。

一歩を踏み出すまでの過程

これは原作を読んでいなければ気にならない場面かもしれないが、梨花が初めに顧客のカネを寸借するところと、次第に光太に貢ぐカネがエスカレートしていくところは、葛藤を含め、もう少し丁寧な描写があってほしかった。

化粧品の店頭セールスの購入が思わぬ高額で、顧客から預かっていた数万円から支払い、すぐにATMで払い出して戻す。このことで梨花の中で何かのスイッチが入る。そして、いくつかの偶然の重なりで彼女の人生は転がり落ちていく。いきなりBMWを男に買い与えるような女になったわけではない。

「渡るの? 渡らないの?」

信号待ちで立ち止まっている梨花に隈主任が問いかける言葉だが、それは事件発覚目前の彼女に、身の振り方を尋ねているかのようだ。

(C)2014「紙の月」製作委員会

中学時代、父親の財布からくすねた何万円ものカネをタイの子供たちに寄付した梨花。あまりの高額に学校は寄付活動をとりやめるが、その頃から、敬虔なクリスチャンの彼女は、誰かのために施しを与える行動に迷いがない。

それは大人になって、光太への施しとなる。だが、それは所詮、自己満足なのだ。光太は初めから、彼女にカネを無心していない。原作では、ついに最後には彼女にもう僕を解放してくれと泣きつくくらいだ。

騙し取ったカネで築き上げた生活は、紙の月のようなニセモノだ。だからいつか終わることを彼女は初めて光太と愛し合った夜から分かっていた。見上げた夜空の三日月が、指でなぞって消える演出は儚く美しい。

(C)2014「紙の月」製作委員会

最後にひとひねりあった

「この男を突きとばして逃げようか、部屋の窓から逃げようか」

吉田大八監督が、角田光代の原作の終盤にある一文からイメージを膨らませ、銀行の窓ガラスを叩き割って全力疾走で逃亡する梨花を創り出した。ここまでアクティブな女性になるとは。

そして、原作では最初に登場したタイの町が、梨花の逃亡先として最後にようやく登場する。自己満足だったかもしれないが、彼女が中学時代に施した寄付金の相手先の少年が成長したと思しき男性が、目の前の屋台で果物を売っている。

何の台詞もないが、それに気づいた彼女は一瞬だけ報われたような表情を見せる。映画オリジナルだが、この控えめなエンディングは原作に負けていない。