『伊藤くん A to E』 考察とネタバレ:リングに上がらないから、無敵なんだな、きみは。

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『伊藤くん A to E』 

柚木麻子の傑作小説を廣木隆一が映画化。痛い自意識過剰男の伊藤くん、岡田将生のあて書きとしか思えない。AからEの女優陣が豪華。

公開:2018 年  時間:126分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:         廣木隆一
脚本:         青塚美穂
原作:         柚木麻子 
           『伊藤くん A to E』

キャスト
伊藤誠二郎:   岡田将生
矢崎莉桜(E): 木村文乃
島原智美(A): 佐々木希
野瀬修子(B): 志田未来
相田聡子(C): 池田エライザ
神保実希(D): 夏帆
久住健太郎:   中村倫也
田村伸也:    田中圭
塾長:      田口トモロヲ
宮田真樹:    山下リオ

勝手に評点:3.0 
(一見の価値はあり)

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

あらすじ

アラサーの元売れっ子脚本家・矢崎莉桜(木村文乃)は、自分の講演会に参加した4人の女性から受ける恋愛相談をネタにしようとする。

取材を進めるうちに、彼女たちを振り回す男「伊藤」が同一人物で、しかも莉桜が講師を務めるシナリオスクールの生徒の一人・伊藤誠二郎(岡田将生)であることに気付く。

レビュー(まずはネタバレなし)

僕は、あるんだなあ

柚木麻子による同名原作がテレビドラマ化され、翌年に同じキャスティングで映画化となったもの。どちらも監督は恋愛映画の名手・廣木隆一

とはいえ本作は恋愛の話に溢れているものの、主人公の男女の恋愛を(或いは廣木監督の新作『彼女』のように同性愛でもいいが)描いた作品とはだいぶ性質が異なる。

タイトルにもなっている主人公の伊藤くんは、容姿端麗で女子にはモテるが、自意識過剰なうえ幼稚で無神経という青年。この男にのめり込んだり、逆につきまとわれたりと、あれこれ振り回される女たちがAからEまでラベリングされている物語だ。

私は原作は読んでいるが、残念ながらドラマは観ていないので、今回は原作を参照しながらの映画レビューとさせていただきたい。

映画は莉桜(木村文乃)が講師を務めるシナリオスクールのシーンから始まる。

「町で男女が偶然バッタリ会うことなんて、マンハッタンなら分かるけど、この広い東京じゃあり得ないですよ」

などと生徒が盛り上がる中、「僕は、あるんだなあ」と自慢げに語る伊藤くん(岡田将生)。始めから、キャラ全開。憎まれキャラというか、彼を知る大半の者からは、小バカにされた存在。地主のボンボンでルックスと口だけの男。相当にイタい主人公だ。

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

ラベルを付けて A to E

かつて『東京ドールハウス』(原作では『セックス・アンド・ザ・シティ』に感化されて書いた)という女子の群像ドラマを書き一躍脚光を浴びた莉桜だが、業界ではすっかり過去の人だ。

だが、そんな彼女でも、講演には多くの女性ファンが訪れる。そして、参加者の提出した恋の悩みを読み、そこにAからDまでの付箋をつける。ここから個別のカウンセリングが始まる。

そして、観客にははじめから自明だが、彼女たちがみな振り回されている男は同一人物で、しかもそれが莉桜の生徒である伊藤だということが後半で判明する。

映画と原作では、ここの構成が大きく違う。原作ではAからEまでの女性と伊藤くんとのエピソードが順番に展開される。莉桜の名前は当初からチラホラ出てくるが、彼女自身は最後にEとして、ようやく登場するのだ。

映画では、莉桜と伊藤の講師と生徒の関係、それに共通の知人である売れっ子ライターのクズケン(中村倫也)の存在を冒頭で明らかにしてしまうので、分かりやすい。

更に、恋の悩みをもつ参加者のシートにラベリングすることで、タイトルの意味も把握できる。これはうまい仕掛けだ。

だが一方で、AからEまでの相談者は、伊藤がらみの悩みを頻繁に莉桜に相談し、カウンセリングを受けるという構成になっている。これは正直、まどろっこしい

このやりとりには、伊藤のみならず莉桜も口先だけのいけ好かないヤツに見せる効果があるのかもしれないが、原作では臨場感のあったA~Eの個別エピソードが、カウンセリングを挟んで一歩遠ざかって見えてしまったのが惜しい。

岡田くん、似合いすぎ

伊藤くんを演じた岡田将生は、素晴らしい、の一言に尽きる。容姿端麗で自意識過剰。いま、日本でこの手の役を演じさせたら、彼の右に出る者はいないとさえ思う。眼を閉じれば、彼が少し口を尖らせて、生意気な理屈をこねる様子が容易に想像できる。

だが、『悪人』の放蕩大学生から『告白』『星の子』のナルシスト教師まで、岡田将生をこの手のキャラに縛り付けるのは、いい加減やめてはどうか。

一人のファンとしていうが、せめて坂元裕二のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』での弁護士役のように、理屈先行でよく嫌われるけど、少しは人間味のあるキャラにしてあげてほしい。まあ、今回の伊藤くんには、作品的にそれは望めないけれど。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

A:ぞんざいに扱われる女

各エピソードについて簡単に触れたい。まず登場するAはぞんざいに扱われる島原智美(佐々木希)。好きな男とセックスまで行けない女。

なりふり構わず伊藤くんに今日は帰りたくないとすがりついたり、怪しげな自己発見セミナーに通いたいという彼に20万円貢ごうとしたり。

およそ佐々木希らしからぬ役柄なのだが、その彼女を平気で拒絶し、「俺、好きな人ができたんだ。彼女には誠実でいたい」と言い切る伊藤くんも強者。

原作では新宿のデパートの革製品専門店勤務だが、横浜元町の路面店をロケ地にしたことで絵的にも美しくなった。

ただ、原作ではハンキュー(電車の色だな)と名付けていた、なかなか売れないディスプレイの高級バッグを、最後に自腹で買おうとしたら買い手がついたという描写が映画にはなかったのは残念。これがあると、彼女のふっ切れ度合いがもっと伝わったのに。

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

B:自分の殻に閉じこもる女

続いてBは自分の殻に閉じこもる女・野瀬修子(志田未来)。予備校でバイトしているが、言い訳ばかりで結局何事にも身が入らず、職場もクビになる。修子は伊藤くんにつきまとわれるが、全く相手にしないところは気持ちよい。

自己発見セミナーに勧誘され会場で伊藤に再会するのだが、原作ではバリスタ養成クラスの願書を取りに行ったところで出会う。志田未来岡田将生が並んでいると、ドラマ『ST 赤と白の捜査ファイル』を思い出してしまう。

Bのエピソードは本来、予備校に伊藤を慕う女子高生がいたり、修子のルームメイトの真樹(山下リオ)が活躍する場面があったりするのだが、映画ではやや淡泊に終わる。ただ、自分を変えようと大金をはたいてAの店で高級バッグを買うシーンは残っていて良かった。

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C:愛されたい女とD:高学歴の鉄壁女

Cの愛されたい女・相田聡子(池田エライザ)とDの高学歴の鉄壁女・神保実希(夏帆)はルームメイトだ。

本気で好きにならないくせに男を切らしたことのない聡子は、高級洋菓子店に勤務。上智大に通う実希がずっと憧れだった伊藤先輩とついに恋が実り、処女を捧げた話を聞かされる。

人のものを欲しがる聡子は、遊びで伊藤を寝取ってしまう。そしてピロ―トークで、実はそれまで童貞だった伊藤には実希の処女が重たくて、結局二人には肉体関係がなかったことを知る。

莉桜のカウンセリングで、さっさと処女を捨てれば彼はまた戻って来ると助言され、実希は大学の先輩だったクズケンとホテルに入ることになる。

そこに伊藤くんが踏み込んでくるシーンは、ギャグのようでもあり、また本当は実希を愛していたクズケンには切ない展開でもある。抑えた演技の中村倫也がいい。

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

すっかり女同士の友情がこじれてしまった聡子と実希。池田エライザ夏帆は、ドラマ版と映画版の違いはあるが、ともに『みんな!エスパーだよ!』でヒロインを演じているのが面白い。

それに、夏帆岡田将生といえば、『天然コケッコー』の純朴だった中学生カップルではないか。すっかり大人になったものだ。

伊藤くんは傷つかない

さて、AからDまでの女性たちはみな伊藤くんに振り回され、中には観ている方からもダメ出ししたくなるキャラもいるのだが、最後にはみな目を覚まし、大人の女に成長していく

高級カバン店で出会ったAとBは過去を吹っ切れた様子だし、洋菓子店で再会したCとDも関係を修復した。

残るはEである莉桜となる。彼女は自分を発掘してくれたディレクターの田村(田中圭)にも捨てられ、後輩のクズケンにも仕事を奪われ、ぶざまに脚本家の仕事にしがみついている

だが、彼女がドラマに使ってもらおうと書いてきたAからDの話は、実は当の本人である伊藤も同じように脚本にして田中のテレビ局に送ってきた。

「各エピソードの男はみんな同じ人物だった! 伊藤誠二郎。きみのドラマセミナーの生徒だろう?」

田中圭がカッコよく言うので、ここはまるで刑事ドラマのようで浮いてしまう。最近の田中圭には、業界人で結婚するから女を捨てるような役は、どうにも馴染まない気がする。

ここからの伊藤くんの理屈がすごい。彼の脚本は莉桜よりも出来が良かったが、すべて書き上げる気などなかった。彼には、評価されたい気持ちも、闘争心もない

僕は傷つきたくない。だから誰も好きにならない。作品も完成させない。できれば必ず批判されるから。」

そう、彼は無敵だ。リングに上がらないから、誰にも負けない。伊藤は鈍感なのではなかった。そんな彼を前に莉桜は敗北するのか。

(C)「伊藤くん A to E」製作委員会

ぶざまさが足らなかったE

田中圭が役に馴染まないと書いたが、本作で一番ミスキャストなのは木村文乃ではないか。彼女が下手なのではない。だが綺麗すぎて、落ち目でボロボロの脚本家には見えないのだ。

この役を演じるのなら、『喜劇愛妻物語』で水川あさみが大きく体重を増やして臨んだような、くたびれた生活感やライザップ使用前の雰囲気が不可欠だったと思う。

原作では莉桜は過去の栄光にしがみつき、家賃も払えずアパートを解約し、立地がいいだけの狭くて古い、事務所のマンションに住み込む。

田村にも見捨てられ、体型も別人のようにぜい肉が付き、部屋はゴミで溢れかえり、臭っている。こういう設定だ。だからこそ、長年封印していたバスタブを、何かが腐っているのではないか怖々と開けてみるシーンが活きるのだ。

映画では、モデルルームのような整頓された自宅兼事務所に、汚れひとつないバスタブ。これでは、中を確かめて、バスタブも(そして自分も)、まだ中身は綺麗なままだったのだと安堵するシーンにつながらない。

原作にあったように、ラストはそのバスタブにお湯を張って莉桜を入浴させなかったのは不思議だ。せっかく木村文乃を美しい姿のまま出演させたのに、しかも廣木隆一監督だというのに、このショットがなかったのは勿体ないなあ。

こうして、傷つかない伊藤くんを通過儀礼に、AからEの女性たちはみな次のリングにあがっていくのだった。