『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』
Knives Out
現代風ミステリーでも本格派。ダニエル・クレイグもクリス・エヴァンスも楽しんで演じている風でよい。資産家の死は自殺か他殺か。家族や看護師、家政婦ら屋敷にいた全員を容疑者に、探偵ブランが謎を解き明かす。
公開:2020 年 時間:130分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: ライアン・ジョンソン
キャスト
ブノワ・ブラン: ダニエル・クレイグ
マルタ・カブレラ: アナ・デ・アルマス
ヒュー・ランサム・ドライズデール:
クリス・エヴァンス
ハーラン・スロンビー:
クリストファー・プラマー
リンダ・ドライズデール:
ジェイミー・リー・カーティス
リチャード・ドライズデール:
ドン・ジョンソン
ウォルター・スロンビー:
マイケル・シャノン
ジョニ・スロンビー: トニ・コレット
メーガン・スロンビー:
キャサリン・ラングフォード
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
NY郊外の館で、巨大な出版社の創設者ハーラン・スロンビーが85歳の誕生日パーティーの翌朝、遺体で発見される。
名探偵ブノワ・ブランは、匿名の人物からこの事件の調査依頼を受けることになる。
パーティーに参加していた資産家の家族や看護師、家政婦ら屋敷にいた全員が第一容疑者。調査が進むうちに名探偵が家族のもつれた謎を解き明かし、事件の真相に迫っていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
現代風アレンジの本格派ミステリー
『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のライアン・ジョンソン監督が、アガサ・クリスティーに捧げる自作のオリジナル脚本で仕上げたミステリー。原作なしで、この脚本の完成度には恐れ入る。
◇
ある朝、ミステリー作家として名を上げて巨万の富を築いたハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)が大邸宅の自室で死んでいる。前夜には彼の誕生パーティで親族一同が集まっていた。
警察はこの事案を自殺とみているが、なぜかパーティ出席者への事情聴取には、<最後の紳士探偵>と言われ数々の難事件を解いた探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)も参加している。何者かが、彼に本件の調査を依頼したのだ。
富豪の不審死、動機がある複数の容疑者、大勢の相続人、冴えない地元警察、不可解な行動を取る名探偵。古くからある定番の要素を揃えながらも、グイグイと観る者を引き付けていくストーリー展開の面白さ。
屋敷は年月を感じさせるが、ハーラン一代で80年代に買い漁った資産であり、この手の映画にありがちなゴシック調の古さを排している映像であることも、馴染みやすい。
ボンド、キャップ、そしてジョイの競演
探偵ブノワ・ブランのダニエル・クレイグは、およそジェームズ・ボンドとはかけ離れたスタイルで事件を追う。アクション要素は皆無だ。現場にいるので安楽椅子探偵ではないが、脚を組んで座っていることが多い。
どのくらい切れ者探偵なのかは、終盤まで不明だ。本作が正統派ミステリーなのか、なんちゃってコメディなのかも分からずに観ているので。
◇
探偵がボンドのイメージを遠ざけようとしているのと同様に、クリス・エヴァンスもまた、常につきまとうキャプテン・アメリカの<ヒーローの中でも一番の優等生>のイメージを払拭しようとしている。
彼が演じるヒュー・ランサム・ドライズデールは、祖父ハーランの葬式にも出ない一族の問題児だ。中盤から銀色に輝くクラシックなBMWで颯爽と登場するランサム。
相続問題には、こういう自儘に生きるカッコいい若造が現れるのが、この手の映画のお約束だ。
メジャー俳優二人の後塵を拝すが、本作の主役はハーラン専属の看護師であり友人であったマルタ・カブレラ(アナ・デ・アルマス)だ。
怪しい容疑者親族一同に比べれば、彼女には殺害動機はないし、探偵とともに数少ない犯人になりえない人物に思える。
アナ・デ・アルマスは『ブレード・ランナー2049』のAI・ジョイ役で受けた印象とはまた違う一面を見せてくれた。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でもボンド・ガールとしてダニエル・クレイグと共演のようで、これも楽しみ。あ、最近はボンド・ガールって言わないのかな。ボンド・パーソンか?
レビュー(ここからネタバレ)
ここからはネタバレが入るので、未見の方はご留意願います。
深く考えずに楽しんで正解
前半の親族それぞれの事情聴取は、大勢の登場人物が次々に名前やハーランとの関係を明かしてくる。
出版社の経営から手を引くよう引導を渡されたり、浮気をしていることを妻(ハーランの娘)に白状するよう責められたり、学費の二重請求がバレて取りやめになったり。
いろんな事情や家族構成が交錯し、ミステリー好きでないとなかなか人間関係把握がすぐにはできないが、正直、この先のストーリーの理解にはあまり支障ない。
その点では、とても理解しやすい作りだ。
序盤で明かされるトリック
その日の晩の各人の証言を重ね合わせると、ハーラン自殺説が濃厚だ。
だが、実際は、彼に持病の薬とモルヒネを取り違えて注入してしまったマルタが、携帯していた筈の解毒剤を見つけられず、彼女の罪にならぬようにハーランがマルタを帰し、自ら頸動脈を切るのだ。
そしてマルタは彼の指示通りにアリバイを工作し、まんまと家族の証言と一致するように仕立てる。パズルのようにはまる気持ちよさで、マルタのミスが隠蔽される。
◇
初めにトリックを明かしてから、どのように映画を仕立てていくのか。
彼女の靴についた一点の血のシミが蟻の一穴になりそうだが、ハーランの遺言で全ての相続人をマルタとしたことで、様相が変わっていく。
◇
これまでマルタを家族扱いしてきた一族だが、彼女の出身国さえ誰も正しく言えず、所詮不法移民の娘との位置づけで見下してきた。
父の筆一本で得た資産に群がるだけの連中がマルタを相続人として認める訳もなく(そりゃそうか)、自殺である本件を調査する邪魔者だったはずの探偵ブランの捜査にすがるようになる。この逆転が面白い。
ミスを告白し相続放棄を考えるマルタを制し、彼女を助けるランサム。真相を追う探偵。この構図のまま話が進むものだと思っていたが、ここからがミステリーの本領発揮なのだった。
愛すればこそケチもつけたい
本格ミステリーとして観た場合(本格とは自称してないか)、ちょっと気になった点は以下の通り。
- 嘘をつくと吐いてしまうというマルタの特性は、映画的には面白いし便利なツールになっているのだが、それってコメディじゃね?
- マルタがラベルの内容もよく確かめずに、匂いや粘度で薬を正しく注射してしまったのは、美談ではなく基本動作の懈怠だと思う
- 襲われた家政婦フランが息絶え絶えに言ったのは「ユー」ではなく「ヒュー(ランサム)」だったというのは、ネイティブでも聞き分けられないレベルでは
- 居間に置かれた千のナイフのオブジェはいかにも意味ありげだったが、芝居用の作り物だったというオチはも含めて、必要なエピソードか(本物だったらブランの眼前でマルタは死んでいる)
とまあ、難癖をつけてしまったが、理屈抜きで面白かったのは確かだ。シリーズ化すれば、ボンド以降の当たり役になるかもしれない。
ブランのドーナツ理論は、分かったようで分からなかったが、トマス・ピンチョンの長編小説『重力の虹』を引き合いに出したのは興味深かった。
「割り出される虹の線を追っていけば自ずと真実にたどり着く、それが私の捜査スタイルだ」
といったブランの台詞だったと思うが、その後に彼が
「あんな小説は誰も読まん、だがタイトルがいい」
というのが、昔苦労して読了した者としては痛快だった。