『亀は意外と速く泳ぐ』今更レビュー|スパイの妻と、スパイで妻

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『亀は意外と速く泳ぐ』

三木聡監督のゆるふわ脱力系コメディはここから始まった。とぼけた上野樹里が初々しい!

公開:2005年 時間:90分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:       三木聡


キャスト
片倉スズメ:      上野樹里
扇谷クジャク:      蒼井優
クギタニシズオ:     岩松了
クギタニエツコ:    ふせえり
加東先輩:         要潤
ラーメン屋:       松重豊
豆腐屋:        村松利史
最中屋:        森下能幸
水道屋:        緋田康人
パーマ屋:       温水洋一
韮山:         松岡俊介
白バイ警官:      水橋研二
スズメの父親:     岡本信人
福島:         嶋田久作
中西:         伊武雅刀

勝手に評点:3.5
 (一見の価値はあり)

(c) WILCO Co., Ltd.

あらすじ

夫が海外赴任中の平凡な主婦スズメ(上野樹里)は、話し相手がペットの亀だけという毎日に飽きていた。ある日、「スパイ募集」の貼り紙を見つけた彼女は、平凡な日常から抜け出せることを期待して応募する。

面接では「その平凡さこそスパイに最適だ」と絶賛され、スパイとして採用される。彼女に与えられた任務は、「目立たないように静かに平凡に日々を過ごす」というもの。

スパイ活動を始めたことで、これまで気に留めていなかった日常の裏側にも意識を向け始めるようになったスズメ。すると奇妙な人々との出会いやおかしな出来事が立て続けに起こり、目立たないはずだったスズメは、次第に人目を引く存在になっていく。

今更レビュー(ネタバレあり)

公開20周年を迎え、リバイバル上映されるという「亀ハヤ」。権利を保有する会社がなくなったために長く配信は困難な状況だったが、DVDレンタルならば観ることができた。20年ぶりの再会だ。懐かしい。

この映画は特に時代を越えて印象に残っている。初めて出会った三木聡監督作品だった。こんなにも<ゆるい笑い>というジャンルがあるのかと感動した。ナンセンスというのもはばかられるほどのくだらなさが、たまらなくツボだった。

町の階段に貼られた極小のスパイ募集の広告をたまたま見つけた主人公の主婦スズメ(上野樹里)が、めでたく採用され平凡な日々をスパイとして過ごすという微妙な線をねらったコメディ。

三木聡の監督作品としては『イン・ザ・プール』とほぼ同時期だがあちらは奥田英朗の原作ものでややテイストが異なるし、初監督作ながら公開順が後に回った『ダメジン』はちょっと展開が自由すぎる。

その意味では、本作が三木聡オリジナルのゆるふわ脱力系コメディの始祖なんじゃないかと思う。スパイと見破られないよう平凡さを極めて生活するという目の付け所が絶妙なのだ。

(c) WILCO Co., Ltd.

スズメを演じる主演の上野樹里のとぼけた感じがいい。『スウィングガールズ』の翌年、『のだめカンタービレ』放送開始前年というタイミングだが、まだ名コメディエンヌとしての自覚なく演じているところが初々しい。

とても主婦には見えないが(しかも夫は海外赴任中で顔も出ない)、小首傾げた困り顔と、グリーンやピンク系の可愛らしい衣装が、作品全体を柔らかい雰囲気に包んでくれる。

百段階段の上から転がり落ちてくる大量のリンゴ。階段の途中で身をかがめたスズメが手すりに貼られた切手のような小ささのスパイ募集広告。くだらなさと画的な美しさの両立が『アメリ』のようではないか。

(c) WILCO Co., Ltd.

スパイとなった彼女が暮らす街にある、のどかで鄙びた感じの商店街。この商店街や百段階段が見たくて、三浦市三崎まで足を運んだこともあったなあ。

海まで至近の絶好ロケーションなのに、そこにカメラを向けずに階段や商店街でのバタバタ劇を撮るあたりがさすがのセンス。

そして平凡な主婦のスズメに適性を見出しスパイ採用するのが、クギタニ夫妻。演じるのは勿論、岩松了ふせえりという、三木聡監督作品には欠かせない二人。『時効警察』濃度が一気に上昇。

某国のスパイとしてこの町に潜入しているが、12年間何も仕事の指示がない。それでも毎日、スパイとして緊張感をもって暮らしている設定とこの二人のキャラのミスマッチが狙い通り。

(c) WILCO Co., Ltd.

「アズキパンダちゃ~ん」と、何かにつけて節をつけて歌うふせえりの持ちネタは、この頃からすでに健在だったのか。

スズメの親友クジャク役には蒼井優。彼女もこれまで演じたことのないようなぶっ飛びキャラだったのを鮮明に記憶している。思えば、前年公開の『花とアリス』蒼井優演じるアリスを路上でスカウトしたのはふせえりだった。

スパイで妻の上野樹里と、『スパイの妻』蒼井優の共演かあ。

この映画で最も私の印象に残っている役は、うまくもまずくもない、そこそこ水準のラーメンを作るラーメン「サルタナ」の店主(松重豊)

彼もスパイの一人であり、目立たないようにわざと腕を落として調理しているのだが、それ以来、我が家では松重豊「ほら、そこそこラーメンの人」と呼ぶようになっている(五郎さんではなく)。

それ以外のキャスティングにも芸が細かい。商店街の店主連中には、「頭文字D」オマージュか藤原豆腐屋(村松利史)、隣の最中屋(森下能幸)、そして永久パーマ屋(温水洋一)

水道のトラブルにかけつける修理業者が元ビシバシステム緋田康人。亀が速く泳ぐ以上に意外だったのは、スズメの高校時代の憧れの先輩を演じた要潤が、およそ想像できないキモオタ系のキャラだったことかな。

とにかく、町中の人間が変わり者揃いなので、いつもは怖そうな役が多い嶋田久作伊武雅刀が扮する公安警察の二人がボケて面白いことをやっても、埋もれてしまって目立たない。

昨日まで、亀に餌をやるだけの退屈な日常だった専業主婦のスズメが、スパイに採用された途端、カネをもらって仕事として平凡な生活に努めなければいけなくなる。

レストランでの注文からスーパーでの買い物まで、人の記憶に残らぬようスパイとして訓練を受ける。だがちょっと油断すると、福引を当てたり、人命を救助したり、ついサングラスを買ってみたりと、目立つ行為をしてしまうスズメ。

こんなゆるい日常で映画は終わると思っていると、ついに、商店街の放送に、緊急事態を知らせるメッセージが流れる(ふせえりの声色がそれっぽい)。12年の沈黙を破って、某国から指示が来たのだ。

(c) WILCO Co., Ltd.

これだけ盛り上げておいて、最後は何がミッションかも伝えずに、スパイ仲間たちはスズメを残して秘密基地に向かってしまう。

この期待を外す展開は、のちの『大怪獣のあとしまつ』にも通ずるものだが、まあ、スズメが銃撃戦に参加するはずもないので、こういうエンディングで納得か。

松重豊が最後に作って自分で食す、そこそこじゃない極上ラーメン「こういうのが、いいんだよ」とは云わないか。