『羊の木』
錦戸亮と松田龍平をメインに、吉田大八監督が描く過疎化に悩む地方都市のダークファンタジー。
公開:2018 年 時間:126分
製作国:日本
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
寂れた港町・魚深にそれぞれ移住して来た6人の男女。彼らの受け入れを担当することになった市役所職員・月末(錦戸亮)は、これが過疎問題を解決するために町が身元引受人となって元受刑者を受け入れる、国家の極秘プロジェクトだと知る。
月末や町の住人、そして6人にもそれぞれの経歴は明かされなかったが、やがて月末は、6人全員が元殺人犯だという事実を知ってしまう。
そんな中、港で起きた死亡事故をきっかけに、町の住人たちと6人の運命が交錯しはじめる。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
魚深市役所おもてなし課
仮釈放された受刑者を市民として迎え入れ、職場と住居を提供し10年間生活してもらうことで、地方都市の過疎化問題と元受刑者の更生の機会を一挙に解決しようという国家的な極秘プロジェクト。
富山県の港町・魚深市(ロケ地は一文字違いの魚津市)で市役所職員として働く月末一(錦戸亮)は、何も知らされずに、その対象者6名の男女の受け入れを担当させられる。
◇
山上たつひこが原作、いがらしみきおが作画という、私の世代には夢のようなレジェンド・コンビが描いた同名コミックを、吉田大八監督が映画化。
残念ながら原作未読につき、映画のみでのレビューとなるが、脚本段階で原作では11人もいた元受刑者を6人に減員しているのは理解できる。
原作では豪快な見た目の主人公に、いかにも品の良さそうな錦戸亮という配役は、意外性があって面白い。善良だが気が弱そうな市役所員の若者役に錦戸亮って、まんま有川浩の『県庁おもてなし課』ではないか。あれは高知県庁だったけど。
◇
ちなみに、吉田大八監督は『Music4Cinema』というAmazon Primeの企画の中で、錦戸亮主演の楽曲×短編『No Return』(2021)を撮っている。本作とはまた違う、退所後の一味違う錦戸が見られるので興味深い。
いい所です。人もいいし、魚もうまい
さて、何も知らずに6人をクルマで出迎える月末。年齢も性別もまちまちの元受刑者。一人ずつ迎えては、食事に連れて行ったり、入居を手伝ったり。
「ここはいい所ですよ。人もいいし、魚もうまいです」
まるで『ときめきに死す』(森田芳光監督)で杉浦直樹が沢田研二に語りかける台詞のようだ。
月末は、相手のキャラによって微妙に言い回しを変化させる芸の細やかさを見せるが、誰の反応も冴えない。
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6人目になって、初めて月末が言うより先に、「いい所ですね、魚もうまいんじゃないですか」と語りかけてくれる、ひと懐こそうな人物が登場する。それが宮腰(松田龍平)だ。
そういえば、同じいがらしみきお原作の『ジヌよさらば〜かむろば村へ〜』(松尾スズキ監督)も、松田龍平だった。
◇
元受刑者を駅に迎えにいくだけでなく、刑務所に直接迎えにいくこともあり、さすがに月末もこの怪しげなプロジェクトを不審に思う。
市役所の上司(鈴木晋介)は6人の罪状を教えてくれず、また元受刑者であることは周囲に知られないようにし、かつ6人が接触しないようにしろと厳命する。
「何か起きたら、誰が責任を取れるんだ!」
こうして静かで平和だった寂しい町に、6個の異分子が入り込んでいく。
6名の元受刑者たち
この6人の顔ぶれはなかなか個性的でよい。登場順に見ていこう。
①理髪店の福元宏喜
職場でいじめられた上司を殺害した福元宏喜。演じるのは、『SR サイタマノラッパー』(入江悠監督)の水澤紳吾。気弱でまじめそうな若者で、受刑中に理髪師免許を取得、魚深市では中村ゆうじが経営する理髪店に雇ってもらう。水澤紳吾が元受刑者の苦難をうまく表現している。
②介護職員の太田理江子
性行為中に首を絞められると興奮するという夫の指示に応えていたら、誤って死なせてしまったという太田理江子(優香)。介護施設に勤務し、そこで月末の父(北見敏之)の老いらくの恋の相手となる。父娘ほどの年齢差の二人の濃厚なキスシーンは、優香の肌の露出もないのに、相当にエロく思える。

③清掃員の栗本清美
人見知りで生真面目そうな清掃員・栗本清美(市川実日子)。酒乱でDVの彼氏を一升瓶で撲殺した過去がある。動物の死骸を見つけては、土に埋めている。木が生えたら、また会えると思っているようだ。市川実日子お得意の無口な不思議ちゃんキャラ全開。

④クリーニング店の大野克美
見るからに任侠の人であるスカーフェイスの元ヤクザ者、大野克美(田中泯)。出所時には組からの迎えも断り、高齢で、これを機にヤクザ稼業から足を洗う気でいる。安藤玉恵の経営するクリーニング店でおとなしく働く。

⑤釣り船屋の杉山勝志
傲慢で粗暴なアウトロー、釣り船屋の杉山勝志(北村一輝)。元受刑者の中では、最も更生しそうにない、危険な匂いのキャラであり、10年間ここでおとなしく暮らすつもりもない。北村一輝ならばもっと怖くて強いキャラにもなれたであろうが、ここは周囲に合わせて、普段よりはワルさも控えめか。
⑥宅配業者の宮腰一郎
真打ちは松田龍平が演じる宮腰一郎。からまれた相手を過剰防衛で死なせてしまった。魚深市では宅配便業者をやっている。月末のバンドの練習に興味を持ち、ギターを始めるなど、友人関係を構築しようとする。無口で飄々とする松田龍平は『まほろ駅前多田便利軒』や『探偵はBARにいる』でお馴染みの相棒ポジション。

<のろろ様>の祭り
この地域には古くから伝わる<のろろ様>という、元は邪悪な存在だった神様が祀られており、毎年祭りが開催されている。
市民が集う祭りの宴席では、顔を合わせてはいけないはずの6名を手違いで招待してしまう。
普段はおとなしい理髪店の福元が酒乱で一升瓶片手に暴れ出し、それを制する者、面白そうに観る者、逃げ出す者と、各者各様の動きとなり、他人同士だったはずの6名に関係が生まれ始める。

神聖なのろろ祭りに白装束で参加する宮腰と、途中で全て放り出して立ち去る杉山。普段なら松田龍平が投げ出す役をやりそうだが、今回は更に粗暴な北村一輝がいるから、この役回りとなるのだろう。
◇
また、普段はおとなしく仕事に精を出す月末だが、同級生とグランジ系バンドを組んでいて、ギターの石田文(木村文乃)やドラムの須藤勇雄(松尾諭)との練習でストレスを発散している。月末が好意を寄せる文に近づく下心もあるのだが、いつの間には、そこにはギター初心者の宮腰も割り込んでくる。

なかなか話の流れがみえにくい作品だったが、少なくとも、この<のろろ祭り>のあたりまでは、展開が読めないなりにハラハラ感もあり、面白く観ることができた。
だが後半戦がいけない。これは原作ゆえか、脚本ゆえか分からないが、祭り以降は話が盛り上げ方に難がある。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
羊の木とは
<羊の木>とは何なのか。栗本清美(市川実日子)が拾った絵に描かれた、木の実のように羊が生っている樹木。原作にも詳細説明はないようだが、これは<スキタイの羊>などと称される伝説の木<バロメッツ>のことだろう。
木綿を知らない古代のヨーロッパ人が、綿の採れる木を、ウールのように羊の実を付ける木があるのだと信じた。
同じように、安易に何でも信じ込む一般市民の生活の中に、殺人罪の元受刑者たちを投げ込んだらどうなるか。そのような意味が込められているのだろうか。

本作の冒頭に、「東タタール旅行記」なるものからの引用が登場する。
「その種子やがて芽吹き
タタールの子羊となる
羊にして植物
(中略)
狼のみそれを貪る」
羊の木の由来を知れば、元受刑者が羊なのだとも思えるが、一般的な解釈でいけば、羊とは善良な魚深の市民であり、狼とは、投入された異分子である6名となる。その中で最も危険な匂いのする杉山(北村一輝)は、更に強い獣であった宮腰(松田龍平)に貪られることになる。
のろろに選ばれし者
「のろろ様」に人身御供を二人捧げると、どちらか一人が死に、一人は死なずに戻れるという言い伝えがある。
本作のクライマックスは、天性のサイコキラーであった宮腰が、友情を感じている月末と崖から海に身を投じる。それは、殺人者を自覚しながら自分を抑えることができない赤鬼が、苦渋の末に友人を運試しに巻き込んだように見える。
◇
長編の原作コミックを大胆に削ぎ落とす苦労はあっただろうが、元受刑者を6人に減らしてもなお、ドラマとしては深掘りが足らない気がしたのは残念。
特にヒロイン文(木村文乃)をめぐる月末と宮腰の関係、6名の中でも女性二人(優香、市川実日子)の生き方も、共感には至らなかった。
そもそも、月末という人物の煮え切らない言動が共感しにくい(錦戸亮のせいではないが)。
文に宮腰と付き合い始めたと言われ、「だって、彼は殺人犯だよ」と確信犯的に漏らしてしまう職業的モラルの低さと人間的な卑小さ。そして、その失点を取り返すだけの機会が、この作品では与えられていない。
最後に怒りを現わにしたのか、動きを見せる巨大な<のろろ様>の像。あの、大魔神というかハンギョドン©サンリオのような造形も、緊張感のある展開に水を差してしまった。
原作もののアレンジ力にはいつも感服させられる吉田大八監督だが、原作未読の身には、本作の方向性がいまひとつしっくりとこなかった。