『春画先生』
塩田明彦監督が日本映画史上初めて、無修正での浮世絵春画を紹介する奇妙なラブコメ。
公開:2023 年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 塩田明彦 キャスト 芳賀一郎: 内野聖陽 春野弓子: 北香那 辻村俊介: 柄本佑 本郷絹代: 白川和子 藤村一葉: 安達祐実 水沢芳香: 柳美稀
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
”春画先生”と呼ばれる変わり者で有名な研究者・芳賀一郎(内野聖陽)は、妻に先立たれ世捨て人のように、一人研究に没頭していた。
退屈な日々を過ごしていた春野弓子(北香那)は、芳賀から春画鑑賞を学び、その奥深い魅力に心を奪われ芳賀に恋心を抱いていく。
やがて芳賀が執筆する「春画大全」を早く完成させようと躍起になる編集者・辻村(柄本佑)や、芳賀の亡き妻の姉・一葉(安達祐実)の登場で大きな波乱が巻き起こる。それは弓子の“覚醒”のはじまりだった。
レビュー(後半にネタバレあり)
春画先生かあ
「春画」といわれて若い世代がピンとくるのか知らないが、江戸時代の木版画技術の発達で栄えた、性的な交わりを描いた浮世絵画。歌麿や北斎,歌川国貞など、著名な浮世絵師はみな春画を手掛けていた。
私も世代的に春画に明るいわけではないが、何十年も前に大手出版社が春画全集を刊行するのにちょっとだけ関わったことがあり、多少の知識はある。
◇
だが、内田聖陽が春画の研究家を演じ、北香那が演じる主人公が先生を通じて春画の世界に惹かれていく本作は、率直に申し上げて、まったく私の胸に刺さらなかった。コメディなのだとは分かったが、クスリとも笑った記憶がない。
監督のみならず脚本も手掛けた塩田明彦は、『さよならくちびる』がとても良かったが、本作はどうも好きになれない。
観たいのは春画でなく映画だよ
映画は冒頭、忌まわしい記憶が蘇る地震警報の音とともに、揺れる純喫茶の店内で仁王立ちする女給の春野弓子(北香那)。ふと、テーブルの上を見ると、客である芳賀一郎(内野聖陽)が大事そうに春画を押さえている。
その生々しい描写に目が釘付けになった弓子は、芳賀に誘われるままに翌日に彼の屋敷に春画を見せてもらいにいく。だがその前に、地震の時点で彼女の中では春画に触発されて何かが覚醒していた。
R15指定を受けた全国公開作品として、本作は日本映画史上初めて、無修正での浮世絵春画描写が実現したそうだ。
快挙なのかもしれないが、それを公式サイトで最大のアピールポイントにしているのは、どうなのか。だって、それって映画としてどれだけ重要なのか。我々が観たいのは映画であって春画ではないし。
春画の魅力に惹かれ、芳賀の家で家事手伝いをしながら春画を学び始める弓子。『きのう何食べた?』のケンジなら「何、このエロい絵!キャー‼」とか騒ぎそうだが、本作の内野聖陽はひたすら男っぽい。
彼が演じる芳賀に弓子がメロメロになっていくのは分かるのだが、春画ひとつで、まるで催眠術にでもかかったように、彼女が虜になってしまうのは、やや強引すぎる。
弓子はバツイチだと後に分かるが、純喫茶の店員以外の彼女のプロフィールがまるで描かれておらず、なぜこんなに春画にのめりこむのかをもっと知りたかった。
あえて不適切ねらいなのだろうが
本作に嫌悪感を抱いてしまうのは、性の描き方である。時代錯誤だからけしからんと短絡的に言っているわけではないが、さすがに不適切ではないか。
いや、春画そのものがというのではない。ただ、喫茶店で女性店員に春画を見せて、「こういう絵の魅力をもっと知りたいなら家に来るといい」という男もセクハラなら、ふたつ返事で馳せ参じてしまう女も無防備すぎる。
ここで芳賀がすぐに弓子を喰ってしまうのではあまりに安易だが、彼は至って紳士的で、<春画とワインの夕べ>などというイベントに彼女を連れていく。
春画マニアの客を演じる田山涼成のエロ親父ぶりがいい。ほかのお高くとまった男女の方が不気味だ。
なかなか手を出してくれない芳賀に焦れる弓子を泥酔させて、一緒に寝てしまうのが、芳賀の弟子で編集者の辻村(柄本佑)だ。しかも、芳賀の要望で、弓子の知らないうちに彼女の喘ぎ声をスマホで芳賀に中継し、聴かせていた。
辻村がきちんと弓子と向き合って、関係を持ったのならまだしも、デートレイプのようなやり口で、しかも柄本佑の得意とする『ハケンアニメ!』的な憎まれキャラ。ついでにバイセクシャルでもある。
こんな連中と付き合ってたら、彼女は奈落の底に闇落ちするだろうと思う。そういう気が滅入るような悲劇的ストーリーならまだ分かる。
だが本作はコメディ仕立てのようであり、亡き妻を今も愛する芳賀に嫉妬はしても、こんな変態行為にめげず弓子は芳賀を愛し続けるのだ。この不思議さに、私はついていけなかった。
◇
女の肌を描く部分だけ何も塗らずに白い紙のまま、他の部分には精緻に色を施す歌麿の技法。北斎との生き様の違い。『日本書紀』で初めて書かれた神々のまぐわい。タコと戯れる女の春画と朗読会に回転ずしのような舞台装置。
ところどころ興味深いパーツはあるのだが、どうも有機的に繋がっている感じには見えない。
収穫は北香那の起用
弓子を演じた北香那はなかなかよい。たしか『バイプレイヤーズ』で怪しげな中国人女性を演じていた女優だ。
ゼンジー北京みたいな片言の日本語でよくドラマ全編を通せるものだと感心したが、今回はそういう変化球なしのマジ演技、しかも濡れ場シーンあり。
映画の中では弓子といがみあっているが、芳賀家の家政婦・絹代役の白川和子が北香那の初脱ぎにあたり助言してくれたという。思えば白川は<日活ロマンポルノの女王>として全盛期を支えた女優なのだ。発言に重みがあったのだろう。
北香那の好演は、本作で数少ない収穫だった。美しい顔立ちに演技力もあるのだから、弓子のような直情型ではない役柄もぜひ見てみたい。
後半になると、芳賀がかつて愛した亡き妻のいとの姉・藤村一葉(安達祐実)が登場する。もともと芳賀は一葉と交際していたが、いつの間にか、妹を好きになってしまったらしい。
とはいえ、二人は双子だという。だから、亡き妻の写真は、一葉の顔にも見える。この辺の複雑な設定も、映画で有効に働いていたようには見えない。
驚くのは終盤、この一葉が弓子を隠れ家に誘き出し、ワイングラスに入れた小水を飲ませたり(偽物だけどね)、鞭で叩いたりと人物が豹変。
更には、そこにただのマゾだと判明する芳賀まで登場し、事態は収拾がつかないことになっていく。
春画の道を究めると、変態になっていくのか。安達祐実が大活躍する後半展開は、大映ドラマのような激しさ。内野聖陽はMが似合う俳優だなあと改めて思った。