『バービー』
Barbie
グレタ・ガーウィグ監督とマーゴット・ロビーの最強女子タッグで贈るバービーが、ただの子供向けファンタジーのわけがない!
公開:2023 年 時間:114分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: グレタ・ガーウィグ 脚本: ノア・バームバック キャスト バービー: マーゴット・ロビー ケン: ライアン・ゴズリング 変てこバービー: ケイト・マッキノン 大統領バービー: イッサ・レイ 医者バービー: ハリ・ネフ 作家バービー: アレクサンドラ・シップ 物理学者バービー: エマ・マッキー 弁護士バービー: シャロン・ルーニー マーメイドバービー: デュア・リパ 外交官バービー: ニコラ・コクラン 判事バービー: アナ・クルーズ・ケイン 記者バービー: リトゥ・アルヤ 王女バービー: マリサ・アベーラ ケン: キングズリー・ベン=アディル ケン: シム・リウ ケン: スコット・エヴァンス ケン: チュティ・ガトゥ アラン: マイケル・セラ ミッジ: エメラルド・フェネル グロリア: アメリカ・フェレーラ サーシャ: アリアナ・グリーンブラット マテル社CEO: ウィル・フェレル マテル社CFO: ジェイミー・デメトリウ ルース・ハンドラー: リー・パールマン インターン生: コナー・スウィンデルズ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- グレタ・ガーウィグ監督らしからぬ路線に見えて、実は基本線を継承。マーゴット・ロビーをバービーに起用とはなかなか面白くて鋭い発想。
- 銃を持たないハーレイ・クインのような女傑が、理想とは違う現実社会に入り込み、男性優位主義を粛清するのかと思ったが、定番バービー人形の行動基準はもう少し複雑。
あらすじ
ピンクに彩られた夢のような世界「バービーランド」。そこに暮らす住民は、皆が「バービー」であり、皆が「ケン」と呼ばれている。
そんなバービーランドで、オシャレ好きなバービーは、ピュアなボーイフレンドのケンとともに、完璧でハッピーな毎日を過ごしていた。
ところがある日、彼女の身体に異変が起こる。困った彼女は世界の秘密を知る変わり者のバービーに導かれ、ケンとともに人間の世界へと旅に出る。
しかしロサンゼルスにたどり着いたバービーとケンは人間たちから好奇の目を向けられ、思わぬトラブルに見舞われてしまう。
レビュー(まずはネタバレなし)
圧倒的なピンクの世界
グレタ・ガーウィグ監督の新作が、あの<バービー>だと知った時には衝撃を受けた。
そして、主人公のバービーがマーゴット・ロビーで、更にボーイフレンドのケンをライアン・ゴズリングが演じている予告編を観た時には、さすがにぶっ飛んだ。
目が痛くなるようなピンクとパステルカラーの世界で、能天気に毎日をエンジョイしている人形たち。
八頭身のモデル体型の若い男女が一日中バカ騒ぎするビーチサイドの町には笑いと陽光が絶えないのに、ディストピア感がすさまじい。
こんなところにマーゴット・ロビーを置いたら、すぐにハーレイ・クインみたいにマシンガンを両手に構えて殺戮しまくるぞ、きっと。
米国では同日公開されたクリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』と一緒に鑑賞したひとの盛り上がりの中で、『バーベンハイマー』なるインターネット・ミームが生まれた。
そこまではまだよいが、悪ノリで原爆やキノコ雲(オッペンハイマーは原爆の父)とバービーの画像を合成、拡散する輩が現れた。
それにワーナーの公式アカウントが「忘れられない夏になりそう」などとリツイートしたものだから、日本で大きな反発を生んだ。
確かに公式の回答としては褒められたものではないし、日本人としては一言お見舞いしてやらないと気が済まないが、かといって作品自体に罪はない。
日頃、出演者が事件を起こして公開を見合わせる忖度に辟易している者としては、そんなゴタゴタは忘れてピンクの世界に身を投じることにしたい。
ただのファンタジー映画のわけがない
さて、本作。サクラメントの田舎町から強い信念で飛び出す娘や、ベストセラーを書いて男性社会の文壇に一石を投じる女流作家を、これまで映画にしてきたグレタ・ガーウィグ監督。
単純にバービー人形を擬人化するだけの平和ボケしたファンタジーを撮るはずがない。
一方のマーゴット・ギターも、自身が暴れまくる主演作『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』のみならず、友人女性の復讐を手伝う『プロミシング・ヤング・ウーマン』では出演なしで製作に名を連ねるなど、男性社会にメスを入れる作品に力を入れている。
この強者ふたりが組むのだから、「可愛いだけじゃダメかしら」などと言う世界には収まらないはず。そう思っているそばから、驚きの冒頭シーン。
かつて、小さな女の子たちの定番の遊びといえば赤ちゃん人形をあやすママゴトだった。
だがそこに最先端のファッションに身を包んだバービー人形が登場し、洗礼を受けた少女たちは抱いていた赤ちゃんを放り投げ、いや叩き割り、バービーに夢中になる。
ここに『ツァラトゥストラはかく語りき』が流れるとは、キューブリック監督も草葉の陰で驚いているだろう。
◇
そしてバービーランドの登場。何人ものバービーたちとケンたち。笑顔だらけで健全すぎる世界。ひたすら「ハーイ、バービー!ハーイ、ケン!」の連呼。
現実社会で持ち主を探せ
バービーたちはそれぞれハウスにすみ、毎夜ガールズパーティ。ケンたちは添え物のつらさか、なぜか住む家もなく、バービーたちのご機嫌取りに精を出す。
人形遊びは階段いらず、そしてシャワーもコーヒーも水分はなしのお約束、足はハイヒール用に爪先立ちがデフォルト。毎日が完璧で悩みなんてないはずなのに、バービーはある日、死の不安について考え始め、周囲を驚かせる。
だが、そこから彼女の身体に異変が生じ、 原因を探るために、人形の持ち主を探しにケンと二人で人間の世界へ行くことに。初めて見る現実社会は、彼女が思っているのとはまるで違っていた。
極楽浄土のようなバービーランドは面白いが、あまり長く見せられても、色合いに目が疲れるし、笑顔だらけで気が変になりそう。いい頃合いで現実世界に舞台が変わる。
移動プロセスはクルマにスキー、ボートなど複雑な乗り継ぎなのだが、ここだけ思いっきりチープな書き割り背景でドリフのコントっぽくなるのが不思議。
現実社会のLAに来た途端、セクシーなレオタード姿で好奇の視線にさらされるバービー。ケンとともにド派手な格好が浮いていることに自覚はなく、どこを見ても男性優位の社会なのに強烈な違和感を覚える。
そして、見つけ出した元持ち主は、もう高校生に成長しているサーシャ(アリアナ・グリーンブラット)。
え、これって『トイ・ストーリー3』的なお涙頂戴の展開なの? そういえば、あっちにもバービーとケン出てきたし。子供にいたずらされてボロボロになったバービーも、本家『トイ・ストーリー』に似たような展開があったような…。
だが、ご安心。ピクサー屈指の名作と、同じ土俵で勝負はしない。
定番・廃番・目白押し
本作にはバービーが大勢登場し、マーゴット・ロビーは普及品の定番バービー。そのほか、女性大統領、医者、売れっ子作家、ノーベル賞受賞の物理学者、最高裁判事等、多方面で活躍するキャリアウーマンのバービーがいる。
一方ケンの方はもっと扱いが雑で、ライアン・ゴズリングもその他の様々な人種のケンも、みんなただのケンなので始末に困る。
ライアンの次に出番の多いアジア系ケンをMCU『シャン・チー/テン・リングスの伝説』のシム・リウが演じているのにはたまげた。
マテル社の全面協力だけあって、マニアックなネタも豊富に入っているようだ。
妊婦のミッジ、もう一人のボーイフレンドのアランや、糞をする犬だとか、ロマンスグレイのおじさんケン、テレビモニターを背中に仕込んだバービーなど、廃番アイテムも多数登場。どれも実在したことがあとで分かる。
こっちはバービーと聞くとKONTAと杏子のツインボーカルが頭をよぎってしまうBARBEE BOYS世代だ。妹は子供の頃リカちゃんとワタルくんで遊んでいた国産派なので、さすがにバービー人形の世界には疎い。
こういう廃番アイテムネタに詳しいと、もっと楽しめる場面が多かったに違いない。
◇
でも、こういうB級ファンタジーはむしろ日本映画の得意とするところ、タカラトミー全面協力で、リカちゃん映画を先に作れたらなあ。そうしたらバーベンハイマーで揶揄されることもなかっただろうに。
邦画だったら、主演は誰だろう。ライアン・ゴズリングの役には寺島進、CEO役のウィル・フェレルには宇梶剛士。これは譲れない。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
さて、現実社会に出向いたバービーとケンは、それぞれショックを受ける。バービーは、自分が全ての女の子の憧れの存在ではなく、彼女たちに夢と希望を与えていないことに愕然とする。
それどころか、あのスタイルの良さやファッションで少女たちに強迫観念を植え付け、フェミニズムを遅らせる要因にさえなったと元持ち主のサーシャに言われ。傷つく。
一方、ケンは現実社会で男が尊敬され、持て囃されていることに感銘を受ける。実際、マテル社の経営陣には女性役員は一人もいない(CEOにウィル・フェレル、最高!)。
ケンはこのマチズモをバービーランドに持ち帰り、ケンを中心にした男社会を新たに構築しようと企む。そんな思想に慣れていない人形たちは、すぐに感化されてしまう。
この展開は風刺が効いていて、実にグレタ・ガーウィグ監督らしい。
何だかんだいっても、男性優位社会が現実社会にはまだ蔓延っており、女性が社会進出して活躍しているのは、バービーランドという幻想の世界でのみの話だった。
バービーはみんなで力を合わせて、ケンに乗っ取られそうになったバービーランドを奪還する。だが、それですべては解決しない。
彼女は、マテル社の元社長でバービー人形の生みの親ルース・ハンドラー(リー・パールマン)に出会い触発され、現実社会で生きる道を選ぶ。
バービーという名は、ルースの娘バーバラに因んで付けたらしい。それを知ったバービーは、現実社会で初めて婦人科外来に行く。
「股間はペッタンコで性器はないのよ」とあっけらかんと語っていた彼女が、人間としていつか、母親になろうとしているのだろう。数々の華麗な職業と並んで、多くの少女が憧れる存在である<母親>に。
バービーを自称していた彼女が、ラストで親から授かった名前バーバラを名乗る。
それは、グレタ・ガーウィグ監督が『レディ・バード』でも見せた、自分探しの旅の終着点といえる鉄板の表現なのだ。