『ファースト・マン』 考察とネタバレ:人類、ここに月を踏む。史上最も有名な宇宙飛行士の、知られざる内面。

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『ファースト・マン』 First Man

『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督とライアン・ゴズリングの再タッグで、アームストロング船長の月面着陸を描く人間ドラマ。

公開:2019 年  時間:141分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督: デイミアン・チャゼル
脚本: ジョシュ・シンガー
原作: ジェームズ・R・ハンセン
  『ファーストマン: 
   ニール・アームストロングの人生』

キャスト
ニール・アームストロング: 
         ライアン・ゴズリング
ジャネット・アームストロング: 
            クレア・フォイ
エド・ホワイト: 
         ジェイソン・クラーク
パトリシア・ホワイト: 
        オリヴィア・ハミルトン
ディーク・スレイトン: 
         カイル・チャンドラー
バズ・オルドリン:  
           コリー・ストール
エリオット・シー: 
        パトリック・フュジット
デイヴ・スコット: 
       クリストファー・アボット

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)Universal Pictures

あらすじ

テストパイロットのニール・アームストロング(ライアン・ゴズリング)は、幼い娘カレンを病で亡くしてしまう。

その悲しみから逃げるようにNASAのジェミニ計画に応募したニールは宇宙飛行士に選ばれ、妻と息子を連れヒューストンへ移る。

ニールたちは有人宇宙センターで過酷な訓練を重ねるが、仲間のパイロットたちが訓練中の事故で命を落としてしまう。NASAの責任を問う声が高まる中、ニールは月面着陸を目指すアポロ11号の船長に任命される。

レビュー(まずはネタバレなし)

ファーストマン・オン・ザ・ムーン

タイトル通り、月面に人類として最初に降り立った男(ファーストマン)、ニール・アームストロングの物語である。

監督にデイミアン・チャゼル、主演にライアン・ゴズリングという、『ラ・ラ・ランド』で一世を風靡した二人の再タッグ。

だが、前作のような華やかさや躍動感とはおよそ対極にある、リアリティを追究した静謐なドラマになっていることに驚く。

アポロ11号が月面着陸する様子は、全世界に中継された。日本でも子供たちを含め多くの人たちが、茶の間のテレビにくぎ付けになったという。

残念ながら私は幼すぎて当時の記憶はないが、ニールはこの偉業により、世界的なヒーローになった。だが、本作はユニークなことに、この史上最も有名な宇宙飛行士のサクセス・ストーリーではない

勿論、そこに到達するまでの苦難の道のりは描かれているが、ミッション・クリアしてハッピーエンドという雰囲気とはまったく異なるのだ。

それは、映画の中で語られる、彼がなぜここまで月に行くことに異常な執着を見せるようになるかということと関連する。

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映画の冒頭にでてくる最新鋭のジェット機X-15の操縦シーン。大気圏で跳ね返されても生還する技量とマッハ5.7に耐え抜くタフネス、優れたパイロットだという描かれ方は、SFものによくある手法だ。

ニール・アームストロングの実像は、知名度の割に本国でも謎に包まれていたというし、このシーンにより、命知らずの冒険野郎という認識を持ちそうになる。

だが、ニールの持ち味は、常に沈着冷静に解決策を探るエンジニアなのだと分かってくる。その姿勢こそが宇宙飛行士の適性であり、彼を成功に導いたものなのだ。

(C)Universal Pictures

あまりにも心細い宇宙開発計画

それにしても、この時代の宇宙計画には凄まじいものがある。

まずは米ソの対立。アメリカが本計画に本腰を入れるのは別に宇宙に対する知的な関心ではなく、人工衛星スプートニクや、ガガーリンによる有人宇宙飛行など、<人類初>の偉業を次々と旧ソ連に先行された焦燥感

米国としては、宇宙での覇権争いに負けるわけにはいかないという訳だ。

昔も今も、トップダウンで推進される無茶な計画のしわ寄せは現場に落ちる。他の惑星に比べれば月など身近な存在に思えるが、地球と月との距離は、黒板一枚では表現しきれないほどの遠い存在

当時としては最新鋭の技術をつぎ込んだプロジェクトだろうが、宇宙船はいかにも壊れやすそうで、不確定要素に対応する多くのものが人間だよりだ。

軌道修正ひとつをとっても、NASAのエンジニアや宇宙船上の飛行士が、計算尺片手に必死で手計算しているような世界。

我々が想像するような、ある程度成功が予想された計画とはまるで異なる。成功したら儲けものといってもいいくらいだ。

本ページの情報は2021年9月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。

死と背中合わせのプロジェクト

そんな世界に志願して足を踏み入れるニール。きっかけは、幼くして病気でこの世を去った娘のカレン。失意のニールはX-15機のトラブルで飛行停止処分を受け、ジェミニ計画の宇宙飛行士に応募する。

X-15機で大気圏に到達したときに感じた何かをつかみたい。それが彼の原動力となった。

やがて、飛行士を宇宙に送るジェミニ計画から月へと向かうアポロ計画へと進展していく間に、よき同僚であり友人であった多くの宇宙飛行士たちが事故死していく。家族ぐるみの付き合いもあり、つらい場面が多い。

アポロ計画はこんなにまで、<死>と背中合わせのプロジェクトだったのかと、今更ながら実感する。何名もの犠牲者を生み、多額の国家予算をつぎ込んだ宇宙計画に、黒人層を中心とした税負担に喘ぐ米国市民からも反対の声が高まる。

「俺たちは病院にも行けない、明日の食料も買えない。だが、白人は月を目指す

宇宙飛行の安全性はその後どれだけ改善したのだろうか。スペースシャトル・チャレンジャー号(1983年)とコロンビア号(2003年)の事故の記憶は今も鮮明だ。

キャスティングについて

家族がいても、孤独。まるで、『ブレードランナー2049』の主人公のように、感情を見せず、寡黙にミッションをこなすニールにライアン・ゴズリングはフィットする。『ラ・ラ・ランド』でも、あくまで彼は受けの芝居だった。

本作で、そんな彼を気丈にリードするのは妻ジャネットだろう。演じるのは、『ミレニアム』の映画化『蜘蛛の巣を払う女』で主演を務めるクレア・フォイ

夫の無事をひたすらラジオ放送で聴いて心配しているだけではなく、時にはNASAに乗り込み上司と直談判し、常に夫の万が一を覚悟しながら暮らす、アストロノーツの妻としての矜持が伝わる。

ニールの同僚の宇宙飛行士たちは、実在の人物なので、詳しい人が観たら、もっと楽しめたのかもしれない。

ニールとともに月面に降りる、同僚で一人だけ明朗快活で口の悪いバズ・オルドリンは特に印象に残る。演じるコリー・ストールは、マーベル映画『アントマン』のヴィラン役が記憶に新しい。

(C)Universal Pictures

レビュー(ここから少しネタバレ)

ここからわずかにネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

徹底してこだわったリアリティ

とはいっても、史実に基づく話なので、これといったネタバレはない。デイミアン・チャゼル監督は宇宙開発の見せ方のリアリティに徹底的にこだわったという。

宇宙空間や船内の映像は視覚効果に頼らない、極力カメラの前で実際に演じられたものになっているし、NASAのセットに登場する大勢の出演者のほとんどが、本物の管制官やNASAのエンジニアなのだそうだ。これは恐れ入った。

脚本家のジョシュ・シンガー『スポットライト 世紀のスクープ』『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』といった作品で、徹底した事実積み上げ型の脚本に定評があり、本作のリアリティ追求に貢献しているようだ。

ミッションとしてのハラハラ感は、前半でいえば、ジェミニ8号が大気圏突入時に制御がうまくいかず、まるで脱水機のごとく回転し続けてしまうシーン。失神するまで秒読みという状況からの挽回は見応えがあった。

(C)Universal Pictures

後半では、ギリギリの燃料をなんとか持たせながら、ついに月面着陸を果たすところだろう。ミッションそのものは、緊迫感はあるがとても静かに描かれており、地味に描かれている。

だが、あまりに静かに月面に付ける足跡が、「これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍だ」と後に語り継がれることになるのが興味深い。

この成功で世界中は騒然と沸き立つ。大きく報道する新聞紙の群れの中に、「人類、ここに月を踏む」と日本語の新聞が並んでいるシーンに、少し胸が熱くなる。

1961年にジョン・F・ケネディ大統領が掲げた「この60年代が終わるまでに人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」約束を、「困難だからこそ目指すのだ」という目標を、彼らがクリアしたのだ。

「鷲(イーグル号)は舞い降りた」

だが、本作がメインでとらえているのは、あくまでニールという人物のドラマだ。

彼が出発の際、妻ジャネットに「子供たちに万一の際の心構えをさせるのは、あなたの役目よ」と厳しく責められ、避けていた息子たちを呼び語り合うシーン。ハグする次男と、握手する長男がいい。

そして、ついにたどり着いた月面の<静の海>で、亡くなったカレンの名が刻まれた小さなブレスレットを投げるシーン。フラッシュバックする、娘の思い出。ここはじわりと泣かせる。

そして無事に生還し、隔離された彼と無言のまま笑顔もなく向き合うジャネット。ガラス越しに手を合わせる二人。最後まで静かな映画だった。