『退屈な日々にさようならを』考察とネタバレ|いなくなるってことは、ここにいたってこと

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『退屈な日々にさようならを』 

片想い恋愛映画の旗手、今泉力哉監督が福島を舞台に手掛けた、いつになくシリアスなドラマ。

公開:2012 年  時間:142分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督・脚本:     今泉力哉
キャスト
今泉太郎/次郎:   内堀太郎
原田青葉:      松本まりか
梶原優一:      矢作優
多田佐知子:     村田唯
清田:        清田智彦
今泉美希:      秋葉美希
星千代:       猫目はち
星紗穂:       りりか
町田貴美子:     安田茉央
小谷加奈子:     小池まり
疋田一義:      疋田健人
須賀川彩:      川島彩香
竹下陽子:      水森千晴
牛越あみ:      カネコアヤノ

勝手に評点:3.0
   (一見の価値はあり)

(C)ENBUゼミナール

あらすじ

映画監督の梶原(矢作優)は、映画の仕事だけでは食いつなぐことができず、ミュージックビデオの仕事を請け負うが頓挫してしまい、思いがけない事態に巻き込まれていく。

一方、恋人の映画監督・山下が自殺した女優の青葉(松本まりか)は、山下の死体を隠す。

そして、とある田舎町で父から受け継いだ造園業を営んでいた太郎(内堀太郎)のもとに、音信不通だった双子の弟・次郎の恋人という女性から、電話がかかってくる。

レビュー(まずはネタバレなし)

予想に反しラブコメではない

映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップ「シネマプロジェクト」。同企画の大ヒット作『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督)の前作にあたる第6弾が本作である。ちなみに、今泉力哉監督は、同プロジェクトの第2弾として『サッドティー』を世に出している。東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門の正式出品作。

恋愛ものである本作は、今泉監督のお家芸である、片想いが集団発生するようなシチュエーション・ラブコメなのかと思いきや、予想に反してコメディ要素は少ない。

むしろ、かつてないほど、真剣に片想いの恋愛の行く末を描いている。前述の『サッドティー』(2014)や、本作に前後して撮られた『知らない、ふたり』(2016)や『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018)とは、だいぶ趣きが異なるのだ。

「今までは恋愛に特化したものを作っていた。今回はそこに死生観、映画作りについてといった要素が加わった」

今泉力哉監督自身がそう語り、福島ロケでは、監督の実家で撮影もしている。東日本大震災を正面から取り扱ってはいないが、しっかりと題材の中に据えている。

そのような作品では、さすがに片想いの告白をスポーツのように爽やかに描く作風は馴染まないと考えたのだろう。だが、たまにはこういうシリアス路線の今泉作品も悪くないと感じた。今泉監督には得意分野から離れて冒険してみたが火傷してしまう残念な例もあるが、本作はきちんと仕上がった作品と思う。

(C)ENBUゼミナール

ワークショップ映画という自虐

映画は冒頭、田舎町でブルドーザーの前で語らう女子高生二人、そして友人と思しき婦人警官。いずれも制服姿だ。「サホはミキが好き」だとか「失踪した次郎の代わりに、双子の兄の太郎を好きになるわけではない」とか、意味不明な会話が聞こえる。これはただの無駄話ではなく、やがて意味がわかる構成になっている。

次に始まるのは東京編。映画監督をめざしている梶原優一(矢作優)が、同棲している多田佐知子(村田唯)と険悪なムード。ろくに稼ぎもなく芸術志向の梶原は、映画学校仲間の疋田一義(疋田健人)の作品上映会にでかけ、ボロボロに酷評して去る。何ともみじめでイタい男なのである。

そんな梶原に愛想を尽かす佐和子は、バイトする花屋の常連客に心を傾かせる。一方、梶原は泥酔した際に助けられた清田(清田智彦)という謎の人物の紹介で、日銭稼ぎのために映像の仕事を引き受ける。割り当てられたのは牛越あみ(カネコアヤノ)のMVの監督。だが、プライドが邪魔して、仕事はうまく進まない。

映画ワークショップの企画の中で、映画学校の連中のワークショップを題材にする。しかも、「こんなワークショップ映画なんて撮ってるからダメなんだよ、お前らみんな」と自虐ネタ。

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東京編はひたすら広げていく

歌いながら雲のようなトランポリンを跳ねるMVのアイデアにこだわる梶原を、胸が揺れるからダメだと否認する須賀川マネジャー(川島彩香)

そしてなぜか、清田の部屋(清田ハウス)には、何人もの若い女性が居座っており、まるでデリヘルの待合のようになっている。これじゃ、園子温作品のようだ。今泉力哉には、かつてない世界。そして、その中のひとり、眼光鋭い女性が今泉美希(秋葉美希)

(C)ENBUゼミナール

このあたりまで続く東京編では、次々に登場人物のネットワークが広がっていくようで、どんな展開になるのかさっぱり見当がつかない。

映画至上主義だがMVの仕事もやってみたら満更でもない梶原、彼が以前仕えた先輩映画監督の山下(内堀太郎)、そしてワークショップで映画を撮る同期の疋田。

三人の映画監督それぞれの映画観や死生観の違い。そして恋愛模様。映画は後半、福島編の始まる少し前あたり、東京編の終盤から大きく動き始め、登場人物の意外な相関関係が浮き彫りになっていく。

映画『退屈な日々にさようならを』予告編

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

そしてサプライズが続く福島編へ

人間相関図に最初に出てくるサプライズは、梶原に仕事を紹介してくれた清田が、梶原の彼女である佐知子にアプローチする花屋の常連客だったこと。

だが、そんなことより大きなサプライズが、すぐに巻き起こる。梶原の目の前で清田がポックリ逝ってしまい、ハウスの女性たちはみな逃げていき、残った美希と二人で、遺体を山に埋めに行く。

「死体を埋めるの、初めて?」と梶原に聞く美希。え、一体どんなジャンルの映画なの? そう思うと、なぜか林の向こうで、友人の疋田が出演女優の原田青葉(松本まりか)と、同じように誰かを埋めようとしている。そして、死体の顔を見た美希が、「お兄ちゃん!」

ここから、後半の福島編が始まる。美希はまだ高校生。つまり、冒頭のブルドーザーのシーンと同じ時代に戻っている。死んだ父親から継いだ造園業の廃業を決めた今泉太郎(内堀太郎)。唯一残った従業員が清田だ。妹の美希が清田を想っているのを知る太郎は、東京で仕事を探すという清田に、妹も連れていってくれという。

被災地にあるせいか、近所の公園にはまだ子供たちが戻っておらず、その日まで、美希は友人の紗穂(りりか)となるべく公園で過ごすようにしている。

そして被災前から、家を飛び出してしまった双子の兄の次郎は、父が死んだことも、造園業を畳むことも知らずにいる。次郎と付き合っていた貴美子(安田茉央)は、今も彼を想いながら警察官をやっている。

こうして、冒頭の三人の女性たちの会話の意味が分かってくる。

(C)ENBUゼミナール

東京と福島をつなぐもの

東京編と福島編のつながりは、上京した清田のハウスに美希が暮らしていた点だけではない。彼女が「お兄ちゃん」と呼んだ山中の遺体は、失踪した次郎だったのだ。そして次郎は、東京編においては、山下を名乗って映画監督をやり、恋人の青葉を置いて自殺を図る。

興味深いことに、本作において主人公と思っていた東京編の梶原や福島編の太郎は恋愛相関図の中では傍流であり、死体になっている清田と次郎の二人の方が中心にいる。

清田は美希と佐知子の気を惹き、次郎(山下)は、貴美子と青葉が死後も取り合いで争うほどにモテている。ちなみに、どちらの死も殺人事件ではないが、死体遺棄の罪には問われるケースとなる。

誰かの死亡通知を受け取るまで

本作は、今泉力哉監督が自身の実体験から、誰かの死亡通知を聞かされるまでは、自分の中ではその人は生きているという感覚のズレを映画化しているものだ。

太郎も貴美子も、福島に暮らすみんなは、失踪した次郎は実家の現状も知らず、どこかで元気に生きているだろうと思っていた。ところが、彼は東京で苦悩の末、自殺した。

その死のそばにいて、遺体を埋めておきながら、知らぬ顔で実家を訪ねてくる青葉。彼女は、恋人の生まれ育った町や家族を知りたいと願い、そして、彼がまだ生きていると思っているみんなが羨ましいと感じる。

だが、そんな行動はエゴだと責める貴美子。「私が看取りたかったし、なんなら埋めたかった」どちらの言い分にも、共感できる部分がある。

本作はワークショップ映画にして142分はちょっと長い。必要以上に出演者を膨らましている気もする。福島編の、死んだ次郎をめぐる残された者たちの争いはよかったが、東京編、特に梶原監督のエピソードとは、うまく絡んでいないように思う。

ところで、何年も路上放置しているブルドーザーのバッテリーは干上がらないものなのだろうか。主題歌は本作で牛越あみを演じているカネコアヤノ。最後は、雲のトランポリンで跳ねるのかと思ったが…。