『愛なのに』
現代恋愛映画の旗手・今泉力哉とピンク映画界の帝王・城定秀夫が、互いに監督作に脚本を出し合う異色コラボ企画<L/R15>。
公開:2022 年 時間:107分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
古本屋の店主・多田(瀬戸康史)は、店に通う女子高生・岬(河合優実)から求婚されるが、彼には一花(さとうほなみ)という忘れられない存在の女性がいた。
一方、結婚式の準備に追われる一花は、婚約相手の亮介(中島歩)がウェディングプランナーの美樹(向里祐香)と男女の関係になっていることを知らずにいた。
レビュー(まずはネタバレなし)
設定に既視感ハンパないけど
<L/R15>なる企画が始動し、片想い恋愛映画の帝王・今泉力哉監督とVシネマ・ピンク映画界の帝王・城定秀夫監督が相手に脚本を提供し合うという異色コラボが実現した。
本作は、今泉脚本で城定監督が撮るという役割分担に加え、主人公の控えめな古本屋店主に瀬戸康史を起用するというユニークな組み合わせだ。
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ただ、この作品、せっかく企画も内容も面白いのに、興行的にはいろいろと損をしている気がする。まず、タイトルの『愛なのに』が、どうしても今泉力哉監督のヒット作『愛がなんだ』(2019)の二番煎じに思えてしまい、印象に残りにくい。
加えて、古本屋という設定が『街の上で』(2021)を思わせるのと、ポスタービジュアルまでどこか既視感が漂い、まるで新作っぽく見えないのだ。
今泉監督は『街の上で』のヒロイン・城定イハに「城定監督と同じ苗字です」とまで言わせており、それが更に作品間の垣根を曖昧にしているのかもしれない。
紛れもなく今泉脚本
冒頭、主人公の多田浩司(瀬戸康史)が店番をする古本屋で、女子高生の矢野岬(河合優実)が万引きをして逃げる。すわ『空白』(𠮷田恵輔監督)の再来かと思いきや、実は多田に思いを寄せる岬が気を惹こうと企んだのだ。
よく分からないうちに、岬から求婚される多田。この意味不明で強引な展開は紛れもなく今泉力哉の脚本。
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だが、さすがに多田も、大きく年の離れた女子高生の告白にすぐに飛びつくほど軽薄なキャラではない。というか、本作では唯一ともいえる、常識的な人物なのだ。
多田はかつてフラれた女性・佐伯一花(さとうほなみ)のことを、いまだ忘れられずにいる。だが、その一花は婚約相手の若田亮介(中島歩)と結婚披露宴準備の真っ最中。
これで男女二名ずつが出揃って、あとはどの男女がくっつくかの恋愛ドラマかと思えたが、今泉脚本がそんなに単純なわけがなく、なんと亮介は、担当のウェディングプランナーの熊本美樹(向里祐香)と派手に浮気しているのである。
紛れもなく城定演出のエロさ
<L/R15>の企画ではR15+のラブストーリーを撮っているだけあって、本作はマイルドな内容のラブコメかと思いきや、結構大胆なベッドシーンが頻繁に登場する。
このあたりは、さすが城定秀夫監督の演出力なのだろう、さとうほなみも向里祐香も、実に美しく、そしてエロく撮られている。
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何でも、瀬戸康史もカメラマンもベッドシーンは初めてだということで、城定秀夫監督が初心にかえって久々に自ら演技指導したそうだ。
その甲斐あってか、どの濡れ場も、作品のなかで自然な流れで肌を重ねるシーンになっているし、ともすれば、単に男女が恋愛のもつれを語り合うだけの会話劇になりかねない本作に、リアルな深みを与えることができている。
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これは、異色コラボの本企画だからこその成果といえるのではないか。今泉力哉監督にも『鬼灯さん家のアネキ』(2014)のように青春エロ系の作品はあるが、本作のような大人の性を描いたものとなると、なかなか見当たらない。
🎥上映情報🎥
— L/R15 『愛なのに』『猫は逃げた』公式 (@Lr15Movie) September 8, 2022
『#愛なのに』『#猫は逃げた』
@#Morc阿佐ヶ谷
9/9(金)-9/22(木)
にて上映します❗️
都内劇場での貴重な上映です🌟
ご来場お待ちしております🐈🐈⬛ pic.twitter.com/BT8cLVJlm4
キャスティングの妙
主人公・多田役に瀬戸康史というのは割と意外な感じがした。正義漢や善人役を多く演じている印象の瀬戸康史だが、多田のように押され気味でおとなしい系のキャラは新鮮。『寝ても覚めても』(濱口竜介監督)の演劇論を熱く語る男とは対照的に、本作では低音でボソボソと語る。
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そんな多田のどこに惹かれて熱烈にラブレターを書き続けるのか、結局最後まで理解できなかったけれど、女子高生・岬役の河合優実は今回もカメレオン女優ぶりを発揮。
精力的に話題作に出演し続ける彼女は、城定監督作品では『女子高生に殺されたい』でも一途な女子高生を怪演。本作では冒頭の万引き以外は動きが少なかったのは残念だが、不思議ちゃんの存在感は絶大。
多田がフラれた一花を演じたさとうほなみは、<ゲスの極み乙女。>のドラムス担当ほな・いこか。
水原希子と同性愛者を演じた『彼女』(廣木隆一監督)でも体当たりの演技だったが、本作では結婚準備に追われる女性が婚約者の浮気で豹変していき、腹いせに多田を強引に誘う。肌の露出度ではなく、後半の性に目覚めていく感じが色っぽいっす。
そして一花の婚約者の亮介に中島歩。女と見ればすぐ誘い出す軽薄イケメンに、中島歩は当て書きだろうと思うほどハマっている。
あの長身と低音が、こういうダメ男に似合うのだ。中島歩が今後こういう役のオファーばかりにならないか心配なほどだ。ラブホに行ってた証拠が一花に見つかってしまい、苦しい言い訳で切り抜けるところは見もの。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
御心のままに
マリッジブルーとかではなく、結婚披露宴の準備に協力的でないフィアンセの言動に、次第に嫌気がさしてくる一花。
「こんなことなら、私に親身になってくれるウェディングプランナーの熊本さんと結婚したいくらいだよ!」
と亮介の前で泣く一花。だが、その熊本美樹(向里祐香)こそ、亮介が頻繁にベッドに誘う浮気相手なのだ。
◇
浮気相手をごまかして一花に釈明する亮介の話術には感心したが、結局彼女は、自分も腹いせに同じことをしてやる、つまり告白された相手と寝てみることを思いつく。その相手が、多田というわけだ。
そういう動機で誘われたことに傷つく多田は、気が進まないと拒否するが、惚れた弱味か男の本能か、最後には押し切られる。清廉潔白だけでは、ドラマにならないから、ここはそうなるだろう。
下手ですよね
ドロドロの愛憎ものにすることもできただろうが、そこは今泉テイストだけあって、コメディ要素が入りこむ。
式場の手続き中に神父(イアン・ムーア)と遭遇した一花が多田との行為を懺悔すると、神父には「御心のままに」と言われる。自分の心のままにと曲解した彼女は、また多田と寝てしまう。
でも、なんで一花は好きでもない多田と何度も寝たがるか。実は、亮介は極度のセックス下手だったのである。
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「なんだよ、それっ」とツッコミたくなるが、浮気相手の美紀が亮介に「下手ですよね」と、行為のあとで静かに滔々と語るのが実に面白い。
「一花さんがもしも他の男と寝たら、(あなたが下手なの)バレますよ」
亮介のイイ男と下手のギャップがいい。「俺、下手なの?」というしかないよね、自分じゃ比較できないし。
愛を否定すんな!
結局この物語は、どういうところに落ち着くのだろう。さすがに多田と一花がくっついたら岬が気の毒だし、かといって女子高生と付き合うのも、岬の母親の台詞じゃないが「気持ち悪いんですけど」だ。
そう思っていると、丁度いい塩梅に着地した。
◇
これまで、道徳を振りかざすものの、結局一花とは寝てしまうし、岬からラブレターをもらうのも満更ではない、どっちつかずでおとなしい多田。
だが、最後には「愛を否定すんな!」と、岬の両親に大声を上げる。これがタイトルにつながるのだろう。成り行きから、警察の取り調べを受けるが、そこでも多田は意地を張って無言を貫く。ちょっとカッコいい。
本作は今泉テイストのラブコメ脚本と城定のエロティシズムがうまく融合しており、企画としては格好がついた。脚本・監督が逆の組み合わせとなる『猫は逃げた』も観てみたが、こちらの方が断然面白い。
多田を相手に女子高生が熱烈に求婚する行為には説得力が足らないが、好きという感情は、嫌いよりも説明が難しいし、唐突な告白は今泉力哉の代名詞だから仕方ない。
多田の友人役の毎熊克哉が、あまりに勿体ない起用だったのは残念。『猫は逃げた』のメインキャストだから、カメオ出演か。『冬薔薇』(2022、阪本順治監督)では河合優実と恋人同士を演じただけに、今回もう少しドラマに絡んでほしかったよ。
最後にロケ地紹介
上々堂(三鷹)
古本屋のロケ地。城定監督だから上々堂とはこだわると感心したが、しゃんしゃん堂と読むらしい。