『夜、鳥たちが啼く』
函館舞台ではないが、佐藤泰志の原作映画化に城定秀夫監督が初参戦。子連れ母子との奇妙な同居生活。
公開:2022 年 時間:115分
製作国:日本
スタッフ 監督: 城定秀夫 脚本: 高田亮 原作: 佐藤泰志 『夜、鳥たちが啼く』 (『大きなハードルと 小さなハードル』所収) キャスト 岡田慎一: 山田裕貴 裕子: 松本まりか アキラ: 森優理斗 文子: 中村ゆりか 邦博: カトウシンスケ 大谷静子: 藤田朋子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- やはり佐藤泰志原作の映画化とくれば函館舞台を期待してしまうが、シリーズから離れて城定秀夫監督が撮る本作もなかなか雰囲気は出ている。山田裕貴と松本まりかの組み合わせもよい。
- 恋愛ドラマとしてはややモヤモヤするが、原作ファンなら納得の出来では。
あらすじ
売れない作家・慎一(山田裕貴)は同棲していた恋人に去られ、鬱屈とした日々を送っていた。そんな彼のもとに、先輩の元妻・裕子(松本まりか)が幼い息子・アキラ(森優理斗)を連れて引っ越してくる。
恋人と暮らしていた一軒家を母子に提供し、自身は離れのプレハブで寝起きする慎一は、これまで身勝手に他者を傷つけてきた自らの無様な姿を終わりのない物語へとつづっていく。
一方、裕子はアキラが眠ると町へ繰り出し、行きずりの男たちと身体を重ねる。互いに深入りしないように距離を保ちながら、表面的には穏やかな日常を送る慎一と裕子だったが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
函館映画でないのが残念
佐藤泰志原作の映画化は、函館市民の映画館シネマアイリスのプロデュースした『海炭市叙景』(2010)から『草の響き』(2021)までの5作品で完了だと思っていたところに本作登場。
メガホンを取るのは、伏兵というには大ベテランの城定秀夫監督だ。
◇
人生を諦めかけた作家の男とシングルマザーの奇妙な共同生活。自分が住んでいた家に母子を住まわせ、自分は庭のプレハブにしばらく移住する。
この不思議な設定にふさわしい家屋と、すぐそばを通る電車の灯の映り込みが何とも絵になる。
本作は関東近郊のロケ地で撮られており、函館映画シリーズではないのだが、やはり佐藤泰志原作とくれば、多少強引でも函館を舞台にしてほしかったところ。
そういう澄んだ空気の似合う、作品だった。そもそも『草の響き』だって、原作では武蔵野近辺が舞台だったが、うまく函館映画に仕立てていたし。
佐藤泰志がモデルの主人公か
同名原作は、短編集『大きなハードルと小さなハードル』に収録されているが、それ以外の<秀雄もの>と称される、暴力的な主人公を描いた短編からのエッセンスも採り入れられている(緑のカーテンを巡る口論など)。
また、山田裕貴が演じる主人公の慎一が、作家であるという設定も、映画独自のものだ。脚本は高田亮、佐藤泰志原作には『そこのみにて光り輝く』(2014)、『オーバー・フェンス』(2016)で脚本を手掛ける。
主人公の慎一は若い頃に書いた小説で賞をもらうが、その後ろくに売れず、「苦労知らずでコンプレックスが足らねえんだよ」と仲間(宇野祥平)に言われ激昂する。
慎一の姿は、複数回芥川賞にノミネートされるも受賞を逸し自死を選んだ佐藤泰志と重なる。しかし、没後とはいえ著書から6作品も映画化されているとは、佐藤泰志作品の再評価の機運の高まりは大したものだ。
娯楽作やシリーズものではなく、純文学としての映画化でこの本数なのは驚きであり、また、個々の作品のレベルが高いことも驚きに値する。
今回も気分は城定
その監督の顔ぶれに、ピンクからエンタメまで幅広い守備範囲とはいえ、城定秀夫監督の名前が挙がったのは意外に思ったが、本作では、きっちりと大人のドラマを見せてくれる。
ワンカット中心ながら、それを意識させない編集の妙。カーテンの開閉や、庭の移動ショットの途中で過去と現在をつなぐ巧みな場面転換。
そして、『愛なのに』(2022)でも思ったことだが、肌の露出こそ控えめなのに、十分にエロい濡れ場のショットは、さすが城定監督。
◇
家の冷蔵庫に缶ではなく瓶ビールばかりというのは、古めの時代設定なのだろうか。ケータイが出てこない映画はどこか落ち着きがあってよい。野球観戦シーンのアングルが、まんま『アルプススタンドのはしの方』(2020)と同じだったのは笑ったけど。
キャスティングについて
かつて、同棲していた恋人・文子(中村ゆりか)を過度な嫉妬心で追い詰めた慎一(山田裕貴)、そして彼の暴力性がきっかけとなり、二人は別れる。
慎一がバイトしていたライブハウスで「文子ちゃんは浮気なんかしないよ。大事にしろ」と言っていた先輩の邦博(カトウシンスケ)。
この男が妻の裕子(松本まりか)と離婚して文子と付き合う。冒頭で、慎一の家にしばらく置かせてほしいと言ってきた子連れの女性は、この裕子だったのだ。母屋を譲るだけでも奇妙だが、二人はなんとも不思議な関係なのである。
主人公の慎一を演じた山田裕貴がいい。公開中の『東京リベンジャーズ2』で見せる男くさい役とは別人の、こんな落ち着いた、時に嫉妬で荒れ狂うような男の役も演じるのか。
スーパーマーケットで嫉妬にかられて間男と大乱闘というカッコ悪い場面も絵になる。「こういう役をやってみたかった」と本人が語っているように、深みのある静と動の演技の使い分け。
そして子連れで彼のもとに転がり込む裕子役に松本まりか。『退屈な日々にさようならを』(2017、今泉力哉監督)や『愚行録』(2017、石川慶監督)などから、どちらかというと本作なら夫を寝取る方の文子役が割り当てられることが多い印象。
だが、今回はよき母親でありながら、夜には男漁りをせずにはいられないという難しそうな役を好演。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
終わらせたいから書く
突き詰めれば、本作は奇妙な同居生活を始めた男女が、くっつくかどうかの物語だ。
「先輩に恋人を奪われた男の小説を書いている」という慎一に、
「何で自分のことばかり書くの?」
と問いかける裕子。
「終わらせたいから書くんだよ」
自分の嫉妬と暴力行為が原因の別れ話。その結果、文子が別の男になびき、裕子が離婚されたのであれば、全ての原因は自分にあるともいえる。
そこに決着を付けたい。だが、子どもを寝かせた後に夜遊びして男漁りする裕子、それを目撃して昔のように嫉妬心で熱くなる慎一。
彼らの住む家に夜ごと聞こえてくる鳥の啼き声。近所の幼稚園に飼われている鳥たちの奇声だが、映画では「発情期なのかも」という台詞で片付けられる。
原作では、「子供たちのせいで鳥たちの生活のリズムが狂ったのかとも」といった台詞があったか。もう少し、この鳥たちの扱いを増やせば、映画的にも深みが増したように思う。
夜の動物といえば、同じ高田亮脚本の『オーバー・フェンス』で蒼井優が見せた、求愛ダンスのインパクトに負けている。
あの子に期待させないで
「文子と暮らしていた母屋では寝たくない」
そう言って、慎一は裕子とアキラの三人で川の字になってプレハブで寝る。このこだわりが面白い。
公園の子供たちも巻き込んで、<だるまさんが転んだ>でバカ騒ぎしたり、マイナーな地方リーグで活躍していた野球選手が暴行事件で暴れたり。
あるいは同居してきた女性の存在を興味津々でみていた隣家のおばさん(藤田朋子)が、最後には「うちも出てった亭主が帰ってきたのよ」と言ってきたり。
ところどころ、コミカルな要素が入っていて、佐藤泰志原作映画にしては、わりと軽いタッチなのが城定秀夫監督らしい。
◇
自傷のようなくらげの刺し傷が癒えたことで、慎一は過去と訣別できたのだろうか。
「あの子に期待させないで。もう、仲良くしないで」
何度も繰り返してきた裕子は、慎一と一定の距離を置こうとする。だが、力づくで抱きすくめられ、好きにして、と熱い息を吐く。
この辺の展開は、少し男の願望が入っているように思う。はたして、彼女の男漁りは収まるのだろうか。
「まだ結婚もしていないのに、家庭内別居だね」
疑似家族の三人が、本物になる日は近いようでもあり、この関係がサステナブルなのか懐疑的でもある。ラストの打ち上げ花火のように、儚く終わってしまわないように願う。