『由宇子の天秤』考察とネタバレ|義理と人情を秤にかけりゃ、どちらが重たい女の世界

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『由宇子の天秤』

正しさとは何なのか。瀧内久美が演じるドキュメンタリー監督が、自分自身に問いかける天秤の答え。

公開:2021 年  時間:152分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督・脚本:    春本雄二郎
製作:       春本雄二郎
          松島哲也
          片渕須直

キャスト
木下由宇子:    瀧内公美
木下政志:     光石研
小畑萌(めい):  河合優実
小畑哲也:     梅田誠弘
富山宏紀:     川瀬陽太
池田(カメラマン):木村知貴
長谷部仁:     松浦祐也
矢野登志子:    丘みつ子
矢野志帆:     和田光沙
小林医師:     池田良

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2020 映画工房春組合同会社

あらすじ

三年前に起きた女子高生いじめ自殺事件の真相を追う木下由宇子(瀧内公美)は、ドキュメンタリーディレクターとして、世に問うべき問題に光を当てることに信念を持ち、製作サイドと衝突することもいとわずに活動をしている。

その一方で、父・政志(光石研)が経営する学習塾を手伝い、二人三脚で幸せに生きてきた。しかし、政志の思いもかけない行動により、由宇子は信念を揺るがす究極の選択を迫られる。

レビュー(まずはネタバレなし)

直談判して主役を掴んだ瀧内久美

女子高生いじめ自殺事件の真相を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子が、衝撃の事実から正しさとは何なのか、究極の選択を迫られる。

監督は春本雄二郎。高い評価を得た初監督長編『かぞくへ』(2015)ののち、独立映画製作団体「映画工房春組」を立ち上げ、監督と市民がつながった映画製作を始める。

監督二作目となる本作では、自身プロデューサーも務め、製作資金・スタッフ・キャストを集め、高崎フィルム・コミッション全面協力のもと、群馬県高崎市を舞台に作品を完成させる。

製作に名を連ねる日芸時代の恩師・松島哲也やその盟友、片渕須直『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』)など、多くの人との出会いや力添えで出来上がった、手作りの温かみを感じる作品と感じた。

映画「由宇子の天秤」予告編 2021年9月全国公開スタート

主人公・木下由宇子を演じる瀧内久美がいい。

『彼女の人生は間違いじゃない』(廣木隆一監督)や『火口のふたり』(荒井晴彦監督)といった優れた作品で主演を務めるなど、順調にキャリアは重ねてきたものの、(性的な魅力を強調する)自分の配役イメージが固定してきたことに息苦しさを感じていたのだろう。ハードボイルドから抜け出したくて、もがいていた松田優作のように。

そんな瀧内久美が、『かぞくへ』の上映会場入口で観客を出迎える春本雄二郎監督に、いきなりアポなしで出演交渉を切り出したという。まるで本作の由宇子ばりの行動力だが、こうして彼女は、新たな自分の可能性を引き出すキャラクターを手に入れた。

固定観念に縛られた会社の上層部連中や付和雷同する世間に踊らされることなく、信念をもって突き進むドキュメンタリーディレクターとしての由宇子は、肌の露出などなくても十分に魅力的でカッコイイ

(C)2020 映画工房春組合同会社

ドキュメンタリー制作の難しさ

由宇子が監督する女子高校生自殺事件のドキュメンタリー番組。

女子高校生は生前、いじめ被害を訴えていたが、学校側は彼女が教員と交際しているという目撃情報から、反対に退学勧告をし、女子高生は自殺。その事件にメディアがこぞって食いつき、報道合戦がエスカレートする。

女子高生とその家族、交際を噂される教師や家族にまで誹謗中傷や憶測が飛び交う。その結果、交際を噂された教師も「交際の主張は学校側がいじめの隠蔽を図るためのねつ造であり、女子生徒と交際は事実無根。死をもって抗議する」という遺書を残し自殺する。

由宇子は事件報道のあり方に問題を感じ、それを問う内容を盛り込もうとするが、テレビ局側から「身内批判をして誰が得をする?」と再構成を命じられる。

ドキュメンタリーの制作過程における様々な軋轢。それ自体、映画として成立するほどの面白味がある。余談だが、上映も無観客かと揶揄されている『東京2020オリンピック SIDE:A/B』(河瀨直美監督)は未見であるが、あれも映画自体より制作過程の裏側の方に興味を抱いてしまう。

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本作はそのタイトルにもあるように、何かと何かを天秤にかけなければいけない物語だ。

左右に何を載せるのかは、出演する人物によってもマチマチだが、私は当初、マスコミの事件報道の是非を問うかどうかの天秤なのだと思っていた。それも間違いではないが、由宇子が天秤にかけるべき大きな問いかけは、もっと身近なところにあった。

由宇子はバリバリと映像仕事で手腕を発揮する一方で、夜には父・政志(光石研)が長年経営している個人経営の学習塾で、高校生を指導している。生意気盛りの生徒を相手に、ここでもズケズケとした物言いで授業をしている由宇子の姿が面白い。

マスコミ批判の映画にしては、やけにこの学習塾シーンの比重が大きいと不思議に感じていたが、次第にその理由が分かってくる。これこそが天秤に載せるものなのだ。

(C)2020 映画工房春組合同会社

キャスティングについて

瀧内久美光石研といえば、瀧内の出世作『彼女の人生は間違いじゃない』でも父娘の役を演じていただけあって、座りがいい。どんな映画にも変幻自在に現れる光石研だが、本作でのちょっとくたびれた、近所の零細学習塾の善良そうな経営者という役が似合う。

塾の生徒のひとりで、貧しい父子家庭に暮らす女子高生・めい役の河合優実も、若いながらも事務所の大先輩・光石研に負けず劣らずの変幻自在ぶりで、『冬薔薇』(阪本順治監督)はじめ、近年あちこちで活躍が目立つ。瀧内久美とも、東野圭吾原作のWOWOWドラマ『さまよう刃』で共演。

(C)2020 映画工房春組合同会社

めいの父親・小畑哲也梅田誠弘。その風貌から、ろくに働かずに娘にもネグレクトのDV親にみえるのだが、意外性があっていい。梅田誠弘『かぞくへ』に続き、春本雄二郎作品に連投である。この役者と監督となると、未見の『かぞくへ』が俄然観たくなった。

(C)2020 映画工房春組合同会社

ドキュメンタリーのスタッフには、上司の富山宏紀役に、瀬々敬久監督やいまおかしんじ監督作品常連の川瀬陽太、カメラマン池田役に、今泉力哉監督や中野量太監督作でよく見かける木村知貴

それからちょっと裏の顔のある医師役で『恋人たち』(橋口亮輔監督)の池田良が登場。いずれも見ていてニヤリとしたくなる通好みな面々。三人とも『菊とギロチン』(瀬々敬久監督)に出てました。

自殺した高校教師の遺族の母親に丘みつ子、これは髪型やメイクのせいか、気づかなかった。そして姉に和田光沙。彼女も『菊とギロチン』も出演者なのだけど、むしろ、もう一方の被害者・女子高生の父親役である松浦祐也とダブル主演の『岬の兄妹』(片山慎三監督)の印象が濃厚。ただ、二人とも、兄妹のときとビジュアルが違い過ぎて、これも鑑賞中は気づかず。

(C)2020 映画工房春組合同会社

限られた予算と日数で作り上げた映画ゆえ、キャスティングに派手さはないかもしれないが、結果的に実力派が揃った感もあり、本作のテイストにはむしろ合っている。叙情的な音楽でムードを盛り上げる演出もないし、不必要にクローズショットを差し込まず遠景で芝居を見せるスタイルも好感。

新聞紙を窓に内貼りして昼でも薄暗い被害者遺族の部屋や、個人経営の塾のくたびれた内装、めいと父親が暮すごみ溜めのような狭いアパート(飾られた小学生時代の絵がニクい)、高崎の町で偶然みつけたという、田舎町にポツンと佇むパン屋など、随所にいい感じの場面設定。いずれも、春本雄二郎監督のこだわりが感じられた。

(C)2020 映画工房春組合同会社

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

いい意味での裏切り多数

情報を安易に垂れ流すマスコミの姿勢は、高校教師を自殺に追い込んだ学校側とともに、断罪されるべきではないか。

いじめ自殺事件のどの立場にも与しないとしながら、由宇子は自分の信念に従って突き進む。それはジャーナリストとしてあるべき姿勢にみえて、実は自分だけの仮説に依拠している危うさもある。

観る者の予想を裏切るこの事件の真相もひとつのメイントピックスだが、裏切りはさらに続く。ネタバレになるが、まずは、塾の生徒めいが妊娠していたこと、そしてその父親が誰かと言うこと。信頼のおけそうな人物にも裏の顔があり、逆にどうにも胡散臭そうな人物が、実は真っ当に愛情を持った人物だったりする。

(C)2020 映画工房春組合同会社

春本雄二郎監督は、実際に起きた、ある小学校でのいじめ自殺事件から本作の着想を得た。

加害少年の父親と、同姓同名の人がネットリンチを受けていた。これだけバッシングが過激化する時代は恐ろしい。そこから、加害者家族を取材してドキュメンタリー番組にしているディレクターが、自分自身も加害者の家族になってしまったらどうするだろうか、と想像したという。

映画『由宇子の天秤』予告編

自分が楽になりたいだけじゃない?

時に自分の周囲の人間にさえ、スマホのカメラを向けて動画を撮りながら質問を斬りこむ由宇子。相手はまるで銃口を突き付けられたように、動けなくなる。

ペンは剣よりも強し。現代社会において、瞬時に世界中に情報を拡散できる、ポケットの中のこの情報端末ほど、恐ろしい武器はない。由宇子はそれを熟知している。

身内の罪を世間に晒せば、ここまで関係者が命を削ってきた番組がオンエアできなくなる。どちらを選ぶ。それが由宇子にとっての天秤だ。

彼女は青臭い理想論を振りかざしはしない。罪を認めさらけ出して、法に正して、誰が得をするの。失うものはあまりに大きい。

「自分が楽になりたいだけじゃない?」

その言葉は、相手を刺しながらも、いつしか彼女自身をも貫いている。

(C)2020 映画工房春組合同会社

152分という、予算の限られた作品にしては比較的長尺でありながら、中弛みせず緊張感を持続する本作。だが、終盤になっても、問いかけには何一つ答えがでていない。

一体どのような結末を迎えるのだろう。そう思っていた身には、最後のワンシーンワンカットはインパクトがあった。

これが答えだ。そういうほどに明確なものではないが、駐車場の地べたに横たわった由宇子が、息も絶え絶えになってスマホをいじる姿には、まだドキュメンタリーディレクターとしての矜持があった。

最後にかすかに聞こえる撮影の動作音を聞き逃がしてはいけない。地味ながらも、彼女が本能で放った起死回生の一手に思えた。