『ヒメアノ〜ル』 今更レビュー:日本のジョーカーは、出刃包丁を持っている

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『ヒメアノール』 Himeanole

V6の岡田剛が放つ圧倒的な狂気。𠮷田恵輔監督が古谷実の原作コミックを映画化した、怖くて、やがて哀しいサスペンス・スリラー

公開:2016 年  時間:99分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:         𠮷田恵輔
原作:         古谷実
              『ヒメアノ~ル』
キャスト
森田正一:    森田剛
岡田進:     濱田岳
阿部ユカ:    佐津川愛美
安藤勇次:    ムロツヨシ
和草浩介:    駒木根隆介
久美子:     山田真歩
清掃会社社長:  大竹まこと
河島:      栄信
アパートの隣人: 山中聡

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

あらすじ

平凡な毎日に焦りを感じながら、ビルの清掃のパートタイマーとして働いている岡田(濱田岳)は、先輩の安藤(ムロツヨシ)から、思いを寄せるカフェの店員ユカ(佐津川愛美)との恋のキューピッド役を頼まれる。

ユカが働くカフェで、高校の同級生の森田正一(森田剛)と偶然再会した岡田だったが、ユカから彼女が森田にストーキングをされている事実を知らされる。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

痔のクスリじゃないよ

タイトルに『~』が入っているせいか、どことなくコミカルな印象を抱いていたが、<ヒメアノ~ル>とは小さなトカゲの種類のことで、強者の餌となる弱者を意味するようだ。

古谷実による同名コミックの映画化なのだが、未読だったので、公開時に観たときは映画の内容に相当驚いた。

𠮷田恵輔監督の作品としては、これまでに観たことのないジャンル。しかも、主演はV6森田剛ジャニーズ事務所所属の俳優で映画を撮るのだから、ハードな作品にはならないだろう『銀の匙 Silver Spoon』の中島健人(Sexy Zone)の前例もあるし、ラブコメ路線か。

などと生ぬるいことを考えていたら大間違いだった。本作は森田剛抑圧された狂気の演技で成り立っている。それが全てと言ってもいい。さすが蜷川幸雄や宮本亜門に鍛えられただけはある。彼は同じV6の岡田准一と同様に、ジャニーズ・タレントという先入観を忘れて向き合うべき俳優だと感じた。

いや、それにしても、出刃包丁片手にあそこまで自然な身のこなしは凄い。『ザ・ファブル』ではないので、殺陣のアクションをやるわけではない。ひたすらメッタ刺しで殺しまくる姿は、けして舞うように流麗な動きではないが、だからこそリアルな迫力がある。

ひえ~っ、ジャニーズにこんなことまでやらせちゃうのかよっ! これは生田斗真の『土竜の唄』以来の衝撃だった。ちょっと意味は違うけど。

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導入部分はコメディタッチ

映画はまず、ビル清掃の仕事をしている主人公の岡田(濱田岳)職場の先輩の安藤(ムロツヨシ)という、仕事のできなそうな二人の会話から始まる。

どうにも言動も風貌も気色悪いこの先輩は、馴染みのカフェの店員ユカ(佐津川愛美)天使ちゃんと呼び、ひそかに恋焦がれている。

そこで、岡田を使って、うまいこと彼女と親しくなろうと画策する導入部分。だが、ユカは安藤よりも岡田に惹かれ、二人は内緒でつきあうようになる。

この辺までは、非モテ童貞男子が、なぜかカワイイ娘と相思相愛でうまい具合に話が運ぶ、ラブコメ系ロストチェリーボーイの物語。

ムロツヨシのキャラ作りは、ラブコメにしては不気味すぎるが、『今日から俺は‼』の教師役などを考えれば、これでも悪ノリせずに演じている部類に入る。

ユカが連れてきた女友達との合コンは、その友人の毒舌と鬱陶しさに笑えたが、一体この先、物語はどういう方向に向かっていくのか。ユカのストーカーと疑われている森田(森田剛)がどう絡んでくるのかが、一向に見えてこないのだ。

(C)古谷実・講談社/2016「ヒメアノ~ル」製作委員会

タイトルの前後で映画は表情を変える

ただ、岡田の通っていた高校の同級生だったというこの森田が、同じく高校の友人である和草(駒木根隆介)を脅迫し、毎月カネを振り込ませていることがわかる。このあたりから、不穏な空気が濃厚になる。

映画は、アパートの一室で仲良く初めての夜を迎える岡田とユカ、そしてそれを窓の下から見上げている森田という意味ありげなショット。

中盤にさしかかろうかというこの場面でようやく、『HIMEANOLE』と英語でタイトルが出る。出演者名のかすれたアルファベットと音楽が実にクールだ。

そしてここから、映画自体のトーンは大きく変わり、もはやラブコメ要素のかけらもない、サスペンススリラーと化す

𠮷田恵輔監督は、原作の映画化にあたり、結構手を加えている。原作では、森田の心の声がモノローグで多く語られているのだが、それを映画に置き換えてしまうと、語り過ぎでもあるし、また映画的には面白くない。

結果的に、映画における森田はあまり多くを語らずミステリアスな存在となり、彼を英雄視するような描き方にもなっていない。この森田の描き方、突き放し方をどうみるか、原作ファンにはいろいろな意見もありそうだ。

原作未読の身には何とも比較のしようがないけれど、R18指定ではなくR15指定でとどまるように、男女の体の重なり具合や凶器の刺さり方まで、徹底的に計算したというのは、監督のプロ意識を感じた。

(C)古谷実・講談社/2016「ヒメアノ~ル」製作委員会

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

ちょっと殺したいヤツいるからさ

タイトルがでる少し前に、強請られていた和草が婚約者の久美子(山田真歩)に明かす森田の過去。

高校時代壮絶ないじめに遭っていた彼らだったが、遂に精神が破綻したのか、森田はいじめの首謀者の生徒を縛り上げ、和草にも協力させて、二人で撲殺し、死体を埋める。それが強請りのネタだった。

その森田に、和草は突然呼び出される。
「わぐっちゃん、今から来てよ。ちょっと殺したいヤツいるからさ。高校のとき、岡田っていただろう?」

もう、ここから怒涛のシリアルキリング。鉄パイプでの殴打、放火、強姦、銃撃、包丁でメッタ刺し、ひき逃げ。それも、無表情、無感情で淡々と行動を起こしていく。

また殺人を手伝わされるくらいなら、自首しようとする和草を、「それなら森田って人、殺そうよ」と持ち掛ける久美子。森田の部屋に押し掛け、先制攻撃する和草だったが、あえなく返り討ち。

森田が棒で久美子を叩き、灯油をまいて火のついた紙を投げるシーンと、岡田がユカと裸でもつれあい、最後にティッシュを捨てるシーンがシンクロする。

シリアルキラーのサイコ野郎

ユカは原作よりも𠮷田恵輔監督好みのキャラになっているそうで、佐津川愛美は魅力的な女性を演じているのだが、私にとって彼女は『鳩の撃退法』(タカハタ秀太監督)で演じたようなファムファタ―ルの印象が強く、本作でも絶対にただのカフェ店員のわけがないと信じていた。

結局、ユカは純然たる被害者であり、最後には森田に殺されかかる。この男の悪行は留まるところを知らず、警官を刺して拳銃を手に入れ、それをモデルガンと誤認した安藤は股間を撃ち抜かれてしまう(ここだけちょっと笑いの要素あったけど、演出なのかムロツヨシの暴走なのか)。

ユカのアパートの隣人の山中聡は、縛られて目隠しされても、射殺されるまで強気な態度をかえず、カッコよかった。警官は気の毒だったけど、ちょっと無防備すぎた。

数ある殺人のうち、私がいちばん狂気を感じたのは、夫が一軒家に帰ってくると妻の死体が転がる横で晩飯を食べている森田がいて、夫も刺殺したあとまた何もなかったように食事に戻るシーン

この理解不能な殺人者の不気味な行動で思い出したのは、『黒い家』(森田芳光監督)で大竹しのぶが演じたシリアルキラー。おそらく、どちらも反社会性パーソナリティ障害の影響が疑われる。

そして意外なエンディングに

さて、無差別殺人の森田の行為は、当然許されるものではないが、映画では、過去の壮絶ないじめで人格が壊れてしまい、こう変貌してしまったように描かれている。

岡田は、自分が高校時代に友人である彼がいじめられているのを見捨てたことを根に持っているのだと思いあたり、必死に謝罪する。だが、森田にはそんな記憶はなかった。単に、ユカにまとわりつく邪魔な存在だっただけなのだ。

ラスト、殺し損ねた岡田を乗せた盗難車で、森田が警察から逃走しようとする。だが、夜道で犬を避けようとして電柱に衝突し、逮捕となる。昔の飼い犬に似ていたのだ。

「岡田君、またいつでも遊びに来てよ」

刑事に連行されながら、そう語る森田は、高校時代に初めて親しくなった友人の岡田と、家でゲームに興じた日に戻っていた。

「お母さん、麦茶もってきて」

それは、森田にとってかけがえのない、幸福だった日々の記憶なのだろう。サイコキラーの物語の締めとは思えない、切ないエンディングだった。