『ハッシュ!』 今更レビュー:男2人女1人の映画撮ったけど、トリュフォーと同じ土俵には上がらない

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『ハッシュ!』 Hush!

子供を生みたい女と、父親になれる目をしたゲイのカップル。男二人と女一人の組み合わせは映画の世界では定番だが、こんな設定もありか。時代を20年は先取りしたLGBT映画。

公開:2001 年  時間:135分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:      橋口亮輔

キャスト
栗田勝裕: 田辺誠一
長谷直也: 高橋和也
藤倉朝子: 片岡礼子
長谷克美: 冨士眞奈美
栗田勝治: 光石研
栗田容子: 秋野暢子
永田エミ: つぐみ
ユウジ:  山中聡

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

あらすじ

奔放なゲイライフを送るペットショップで働く直也(高橋和也)、ゲイであることを周囲に悟られないように暮らしている土木研究所で働く勝裕(田辺誠一)

2丁目で出会い交際を始めたふたりの前に、ある日、歯科技工士をしている朝子(片岡礼子)と言う女が現れる。

人と触れ合うことを諦め、愛の無いセックスを繰り返す日々を送っている彼女は、勝裕がゲイであることを知った上で、彼の子を妊娠したいと相談を持ちかけてきた。

今更レビュー(ネタバレあり)

自然なゲイのとらえ方の先駆け

この作品は、ずっと観ようと思っていたのに、なぜか今まで縁がなかった。いつの間にか、何で観たかったのかも忘れてしまい、始まってから、ゲイの映画なんだと気づいたほどだった。

橋口亮輔監督の作品は『ぐるりのこと。』を最初に観たので、こういう映画も撮るのかと思ったのだが、よく考えれば、こっちのジャンルが監督の本籍地のフィルモグラフィなのだ。

直也(高橋和也)と勝裕(田辺誠一)が一緒に暮らしている日常のとらえ方が、実に優しい

TVドラマ『きのう何食べた?』『逃げ恥』『おっさんずラブ』など、男同士の恋愛が普通に映画やドラマに登場するのは、昨今では珍しくなくなった。

だが、ゲイのカップルを盛りのついた犬猫のように描くのが主流だった20年前の公開当時に、このような作品を日本で撮るのは時代を先行しているように思う。

直也が母親(冨士眞奈美)にカミングアウトしているのも何だか微笑ましい。橋口亮輔監督自身はゲイであることをインタビューなどで答えているので、ゲイの日常をデフォルメせずにとらえられているのは、自然なことなのかもしれない。

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男二人に女一人は定番だけれど

キネマ旬報日本映画ベスト・テン第2位、同主演女優賞(片岡礼子)受賞、ヨコハマ映画祭作品賞、監督賞、主演男優賞(田辺誠一)受賞。カンヌ国際映画祭には監督週間出品。

男二人に女が一人。トリュフォーをはじめ、幾多の映画監督が撮ってきた男女の黄金比率であるが、本作では少々勝手が違う。女を取り合う三角関係ではないからだ。

愛のないセックスに明け暮れる自堕落な女・朝子(片岡礼子)が、子宮内筋腫と診断された医師に、何度も堕胎してセックス三昧で生きているのなら、手術で摘出するよう勧められる(この無神経な産婦人科医に、岩松了がまた似合う)。

朝子は結婚する気はないが、子供はほしいと思い始める。蕎麦屋で偶然みかけたゲイのカップルのうち、自分に傘を貸してくれた勝裕なら、精子を提供してくれるのではと考え、相談を持ち掛ける。

あなた、父親になれる目をしてるよ、と。こうして、物語は転がり始める(その意味では、図らずも出会いを作った、加瀬亮演じる蕎麦屋のダメ店員のおかげともいえる)。

優しい性格の勝裕は、そのことを真剣に考え始め、話を聞いて冗談じゃないと憤っていた直也も、次第にその気になっていく。男二人で、子供を持つなんて考えてもいなかったが、彼女が加わることで、それが実現できる。

こうして、奇妙な三人の関係が動き出すのだ。始めから、子供が欲しいねのカップルではなく、朝子に言われてその気になっていく流れがいい。

三者三様のキャスティング

勝裕は優しい性格だが、優柔不断ともいえる。困っている朝子に傘を自然に貸し出せるのも彼らしい行動だ。田辺誠一にこの役は似合いすぎる。

20年経っても雰囲気が変わってないのは凄いなと思っていたら、職場の上司佐藤二朗で、こちらもアドリブっぽい芸風が全く変わっていないので笑えた。

この職場は流体実験の研究施設のようで、巨大な室内プールにボートが浮かべられた環境が新鮮にみえた。職場で田辺誠一が飛行機模型を振り回してふざける姿は、後年の『ハッピーフライト』を想像させる。

一方の直也は喜怒哀楽が分かりやすく、ゲイの相手探しも積極的なようだ。ペットショップで働く設定なのは、生き物に触れるっていいなという共感や、ペットの盛んな種付け行為による<種の保存>と対比させる意図か。

高橋和也は、近年の善人悪人何でもこなす性格俳優ぶりからみれば、本作ではまだまだ純な若者役であり、時代によるギャップの大きさが田辺誠一と対照的で興味深い。

朝子はがさつで人付き合いの苦手な女だ。つきまとってくるセックス相手の若者(沢木哲)はいるが、こいつは父親失格と見たのだろう。歯科技工士の設定なのは、一定の生活力がないと、子供を生み育てることに現実感がなくなるからか。

当初は朝子に勝裕への恋愛感情をもたせる設定もあったが、不採用になったらしい。正解だと思う。この三人には、男女の恋愛関係を持ち込んでしまうと、本来の主題がぼけてしまうからだ。

片岡礼子は、橋口監督の初監督作品 『二十才の微熱』でデビュー。𠮷田恵輔監督の新作『空白』での迫真の演技など、最近は落ち着いた女性役のイメージが強いけれど、当時はこういう、派手にかき回す系のひとでした。

その他、共演陣では、直也の母冨士眞奈美。石立鉄男のTVドラマの時代から、この手の世話焼きでうるさい女性役はさすがにうまい。うるさいながらも、カミングアウトした息子のことを慮っているのが泣かせる。

勝裕の兄夫婦光石研秋野暢子。こちらは、勝裕が幼い頃に亡くなった厳しい父に代わって、一家の家長を務める兄と、見合いで嫁いできて、男児を生まずに姑にいじめられた義姉を演じる。

この親族一同と主演の男女三人が一部屋に集い、朝子の出産に猛反対する場面は、なかなかの見ものだ。こういう場面では強気に出ない兄に変わって、嫁が舌鋒鋭く朝子を責めるのが面白い。結局義姉も、古い家長制度の犠牲者なのだ。

ちなみに、怪文書を発信して親族一同を呼び寄せたのは、思い込み激しく横恋慕する勝裕の同僚の永田さん(つぐみ)。一見まともそうに見えた彼女の行動が、次第にエスカレートしていく姿は怖い。光石研は、後の園子温監督『紀子の食卓』と同様に、つぐみの蒔いた種で、不幸な目に遭うことになるな。

いろいろな家族があってよい

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

なんで、勝裕の兄ちゃんは、終盤でコロッと死んでしまったのだろう。その直前に、勝裕は夢にうなされている。子供の頃、恐ろしくてしょうがない父親を家族の為に殺そうと、井戸に青インクを流した。

直後に肝臓がんで父は死ぬ。因果関係はないが、勝裕はそうは思っていない。皮肉にも、久々に実家に戻ると、兄は昔の父のように威張っている。その兄が死ぬと、義姉は娘を連れ、さっさと実家の土地を手離してしまう。

本作では、旧態依然とした家族制度の在り方を否定する。ペットショップで客の人妻とペットの交尾を通じて疑似セックスに燃える店主(斉藤洋介)の描写も辛辣だ。

新宿2丁目のゲイ仲間ユウジ(山中聡)は、朝子の振る舞いを毛嫌いする。子宮で考えるとそんな恐ろしい発想が浮かぶのかしら? 私たちは子供が欲しいなんて思ってない。自分の分身が残ると思うとぞっとするわ

そういう世界で生きている勝裕や直也に、朝子の提案は刺さるものなのか。中盤までは、あまりリアリティを持って観られなかった。私の反応としては直也に近い。そして、次第に受け容れ始めるところも、また直也と同じだ。

スポイトだっていいじゃない

この三人にはそれぞれかけている資質があり、みんなが一緒にいることで、うまい具合にバランスしている。子育てはそんなに甘いものではないが、三人なら幸福にやれるかもしれない。

伊坂幸太郎の『オー!ファーザー』から瀬尾まいこの『そしてバトンは渡された』まで、家族のありかたはもはや多様性に満ちている。

橋口監督の本作公開時のインタビューによれば、実際この手の文化の先進国オランダでは本作のような関係の三人はけして珍しくなく、また、スポイトによる受精も広く知られているそうだ。

参った。リアリティ云々などと能書きを垂れている場合ではない。そういえば、スポイトというのも、語源はオランダ語のようだ。

ラストシーン、朝子が商店街で買ってくる大きなスポイト二本もいい。一人目もまだだというのに、早くも勝裕の次は直也ね、という訳だ。

二回も堕胎しているにしては、ちょっと安易に考えすぎな気はするが、まあハッピーエンドだから、気にせずにいよう。