『セッション』今更レビュー|おいらはドラマー おいらは教官 嵐を呼ぶ男たち

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『セッション』 
 Whiplash

デイミアン・チャゼル監督の名を一躍有名にした出世作。名門音楽学校でジャズバンドを率いる鬼教官とドラマーの生徒。心の交流はない。

公開:2015 年  時間:106分  
製作国:アメリカ
  

スタッフ 
監督・脚本:   デイミアン・チャゼル

キャスト
アンドリュー・ニーマン: 
                   マイルズ・テラー
テレンス・フレッチャー: 
                     J・K・シモンズ
ジム・ニーマン: 
                   ポール・ライザー
ニコル: 
                   メリッサ・ブノワ
ライアン・コノリー: 
           オースティン・ストウェル
カール・タナー: 
                     ネイト・ラング

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)2013 WHIPLASH, LLC. All Rights Reserved.

あらすじ

世界的ジャズドラマーを目指して名門音楽学校に入学したニーマン(マイルズ・テラー)は、伝説の教師と言われるフレッチャー(J・K・シモンズ)のバンドにスカウトされる。

ここで成功すれば偉大な音楽家になるという野心は叶ったも同然。だが、待ち受けていたのは、天才を生み出すことに取りつかれたフレッチャーの常人には理解できない〈完璧〉を求める狂気のレッスンだった。

浴びせられる罵声、仕掛けられる罠、レッスンは次第に狂気に満ちていく。恋人や家族、人生さえも投げ打ち、フレッチャーが目指す極みへと這い上がろうともがくニーマン。その精神はじりじりと追い詰められていく。

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今更レビュー(まずはネタバレなし)

まじ怖いっす、この緊張感!

デイミアン・チャゼル監督の出世作。本作のコンセプト部分を撮った短編映画が評価され、製作に漕ぎつける。

蓋を開ければ大ヒット、アカデミー賞では作品賞等にノミネートされ、J・K・シモンズの助演男優賞をはじめ複数の受賞を果たした。

本作の成功で長年温めていた『ラ・ラ・ランド』の企画が実現し、同作ではアカデミー賞監督賞ほか多数の受賞につなげる。

本作は実にユニークな作品だ。スキンヘッドでマッチョな鬼教官が、全米屈指の音楽学校でジャズバンドの面々をしごき倒す。

そして幸か不幸か、その教師の目に留まり、バンドのドラマーとして参加することになるのが、大志を抱いて入学した主人公なのだ。

冒頭、練習室でハイテンポでドラムを叩いている主人公・アンドリュー(マイルズ・テラー)の腕前にも驚くが、そこに突如現れた謎の教師・フレッチャー(J・K・シモンズ)の威圧感が凄まじい。

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「倍テンポで叩いてみろ」「次はスウィングだ」と矢継ぎ早の指示。勝手に練習を止めると、「なぜ止めた?」、慌てて再開すると今度は、「質問の答えがドラムか。お前はゼンマイ仕掛けのサルか」

そして気が付けば姿を消している。このシーンから始まり、全編を通じて、フレッチャーという教師は謎と威圧感に満ちて学生の指導を続け、そのスタイルはスパルタ式というか、人格攻撃の連続だ。

時折アンドリューには優しく接してくれることもあるが、直後にその何倍も厳しい指導が待っている。言葉責めだけではない、椅子が飛んでくることもある。しかも、その厳しさはアンドリューに限らず、全パートの奏者に及ぶ。

ピッチがわずかにずれている者がいれば、自己申告させ、名乗らなければ奏者を吊るし上げて退場テンポが合わなければ、カウントさせて4拍めで頬にビンタを食らわす。

いや、緊張感がハンパない。これを思えば、『のだめカンタービレ』のレッスンのなんと平和だったことよ。

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シンバルを投げつけられてバードが生まれた

主演のマイルズ・テラーは、映画の中のアンドリューと同じく、長期間ドラムレッスンを猛特訓してのあのシーンを撮っているそうだ。映画のように練習過多でスティックから血が滴るところまで同じらしい。その努力は伝わってきた。

だが、やはり本作で圧倒的な存在感はフレッチャーのJ・K・シモンズだろう。こんなハマリ役はもう願ってもないかもしれない。

『スパイダーマン』のJ・ジョナ・ジェイムソン役でも及ばないだろう。もはや、本作以降のJ・K・シモンズは、鬼教官にしか見えなくなりそうだ。

「チャーリー・パーカーは、最初のステージでは下手くそでフィリー・ジョー・ジョーンズにシンバルを投げられた。そこから猛練習して伝説になったのだ。あそこでGood Job!と甘い言葉を投げられていたら、<バード>は生まれなかった

嘘かホントか、これがフレッチャーの持論であり、ゆえに生徒を甘やかさないのだ。

まあ、これが実社会なら相当ブラックだが、かといってこういう演出はパワハラ指導を助長すると騒がれるのは、映画から面白味と勢いを削ぐことになるので大目に見てほしい。

鬼コーチと努力する教え子という組み合わせは、スポ根ドラマにはお馴染みだ。血染めの魔球が出てきた『巨人の星』が古すぎるなら『コーチ・カーター』とか。

だから本作も、努力家の主人公がしごきに耐えて、最後は二人で栄光を手にする<師弟愛もの>かなと思っていたら大間違いだった。

映画『セッション』予告編(4/17公開)

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

全く先行きが見えない展開

バディ・リッチのようなドラマーを目指す、才能もあり練習熱心だった青年アンドリューは、フレッチャーにいいように統制され、神経が参っていく。

彼は主奏者の座をカール・タナー(ネイト・ラング)から奪ったことで自信を付けるが、やがて当て馬としてフレッチャーが連れてきたライアン・コノリー(オースティン・ストウェル)に追い上げを食らうことになる。

そんな彼が、バスのパンク事故に見舞われ、時間厳守の大会会場入りに遅れかけ、レンタカーを借りてギリギリで乗り込む場面がある。

1分でも遅れたらコノリーに叩かせるというフレッチャー。「自分のパートは誰にも叩かせない」と、教師にも物おじせずに発言するようになったアンドリューに、もはや謙虚さはない。

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だが、ここから先は予想外の展開が畳み掛ける。慌てて運転する彼のレンタカーはトラックに衝突横転

おまけに血だらけであがったステージでの演奏はフレッチャーに中断され、教師に殴りかかった彼は放校処分となるのだ。おいおい、いったい今後、どんな結末が待っているのか。

以前にフレッチャーが涙ながらに語っていた、かつてこのバンドで人一倍努力したケイシーという若者が、その後ウィントン・マルサリスのコンボでペットを吹くまでに成功したが、交通事故で亡くなったという話

その後アンドリューは、ケイシーの死因がフレッチャーの圧迫指導で発症したうつ病による自殺であり、遺族は教官の指導方法が改善されたか注視していると知る。

つまり、フレッチャー追放のネタをアンドリューは持っていたということだ。

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ラ・ラ・ランドの再会とは違う

ここから先は、後日談となる。アンドリューはコロンビア大学で今までと違う人生を歩んでいた。

通りがかったライブハウスの出演者名にフレッチャーの名を見つけ、店に入る。まるで、『ラ・ラ・ランド』の終盤のシーンのようだ。再会する二人は恋人同士ではないけれど。

案の定、フレッチャーは音楽院を馘になっていた。そして、人柄も丸くなり、アンドリューに明日予定されている大会のドラマーで参加しないかと誘う。

彼はこの誘いに乗る。曲目はかつてのバンドで演った「Whiplash」。なるほど、原題通りのこの曲で師弟は仲直りか。

だが、鬼教官の人間性がそう容易く変わりはしない。フレッチャーはアンドリューの情報提供で追放されたことを感づいていた。彼をステージに上げて、初見の曲目を叩かせることで赤恥をかかせ、公開処刑してやる腹なのだ。

このあと、一旦はくじけてステージを離れたアンドリューだったが、教官のおかげで、「俺を切れるものなら切ってみろ」の図太さを身に着けていた。

予定の曲目は無視して「Caravan」を叩き始める。バンドメンバーも、よく分からずに彼に従う。こうなったら、フレッチャーも従わざるを得ない。

(C)2013 WHIPLASH, LLC. All Rights Reserved.

10分使い圧巻のドラム演奏はまさに血みどろのセッション。二人はけして心を通わせるわけでもなく、最後までいがみ合っている。

だが、アンドリューの渾身のドラムソロで全体が盛り上がってくると、これまでの感情は脇に置いて、歓喜の表情を見せ始めるフレッチャー。ドラッグ漬けは御免だが、この狂気と高揚感はジャズセッションには不可欠のものなのだ。

スパッと刃物で斬り付けたような終わり方が潔い。ジャズバンドのしごきだけで、こんなに面白い映画が作れるのか。凄いものを見せてもらった。