『マンチェスターバイザシー』今更レビュー|男はつらいよ 僕の叔父さん

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『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
Manchester by the Sea

ケイシー・アフレックから溢れる、過去をひきずった男の哀愁。海沿いの美しい港町を舞台にした、叔父と甥っ子の人間ドラマ。

公開:2016 年  時間:137分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督・脚本:   ケネス・ロナーガン

キャスト
リー:     ケイシー・アフレック
ランディ:  ミシェル・ウィリアムズ
ジョー:    カイル・チャンドラー
パトリック:   ルーカス・ヘッジズ
(幼少期)    ベン・オブライエン
エリーズ:    グレッチェン・モル
ジェフリー: マシュー・ブロデリック
ジョージ:     C・J・ウィルソン
シルヴィー:   カーラ・ヘイワード
サンディ:   アンナ・バリシニコフ

勝手に評点:3.5
    (一見の価値はあり)

(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

あらすじ

アメリカ、ボストン郊外で便利屋として生計を立てるリー(ケイシー・アフレック)は、兄ジョー(カイル・チャンドラー)危篤との知らせを受けて故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻る。

だが、一歩間に合わず、ジョーは亡くなる。遺言でジョーの16歳の息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人を任されたリーだったが、故郷の町に留まることはリーにとって忘れられない過去と向き合うことでもあった。

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今更レビュー(まずはネタバレなし)

海辺のマンチェスター

くたびれた中年男の絶望と再生を描いたヒューマン・ドラマに、イケメンなのに情けない男を演じさせたら敵なしのケイシー・アフレックが良く似合う。

本作のプロデューサーを務めたマット・デイモンでもなく、彼と一緒に『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』を生み出した盟友(ドヤ顔の)ベン・アフレックでもない、(しょぼくれた)弟のケイシーというのが絶妙のキャスティングだ。アカデミー賞・ゴールデングローブ賞の主演男優賞獲得も肯ける。

監督は、本作の脚本賞でオスカーを獲っているケネス・ロナーガン。日本では監督作品は未公開が多く、むしろ『アナライズ・ミー』『ギャング・オブ・ニューヨーク』の脚本家として知られる人か。

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<マンチェスター・バイ・ザ・シー>というのは、著名なサッカーチームを擁するイングランドの都市に因むのかと思えば、何のことはない、映画の舞台となっている米国マサチューセッツ州の地名そのものだ。両者を混同しないように、バイ・ザ・シーが付いているらしいが、いかにも映画のタイトルにふさわしい響きだ。

冒頭のシーンをはじめ、映画の中で何度も登場するマンチェスター・バイ・ザ・シーの海岸沿いの風景が、何とも美しい。海の自然と白い船、色鮮やかな民家の静かな調和。心が洗われるようだ。

この光景は、最近どこかで目にしたことがある気がした。ボストンからクルマで1時間ちょっとの風光明媚な港町。そうだ、この町は先日アカデミー賞作品賞に輝いた『コーダ あいのうた』の舞台・グロスターの漁港の隣町

ケイシー・アフレック扮する主人公のリーが、甥っ子のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)を訪ねたアイスホッケーの練習場もそのグロスターだった。どうりで、どこか海の雰囲気が似ている。

(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

うまい具合に謎が解けていく展開

だが、舞台となる町は美しくても、語られるストーリーはなかなか重たく、ヒリヒリする痛みがある。

ボストン郊外でアパートの便利屋ジャニターとして雇われ生計を立てているリー。便所が詰まったり、照明を取り替えたり、家具を廃棄したり、ちょっとした配管工事くらいは引き受けるか。勝手気儘な仕事ぶりにクレームも多く、バーでガン飛ばした相手を殴りつけてストレス発散する毎日。

そんなリーが突然の電話で兄ジョー(カイル・チャンドラー)が危篤と聞き、故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーに駆けつける。だが、ひと足遅く、ジョーは息を引き取る。

ジョーの遺言には、リーには無断で、彼が後見人として未成年のパトリックを引き取るよう指定されている。ここから、リーと甥っ子のパトリックの物語が始まっていくのだが、この遺言状に至るまでの話の運び方がとてもうまく構成されている。

兄はなぜ急に心停止で倒れたのか、かけつけた病院にいた医者はなぜリーと親しいのか、リーには別れた女房がいるのか、兄嫁(つまりパトリックの母親)はどこにいったのか、なぜ遺言状を用意しているのか等々。

観ているといろいろな疑問が湧くような作りになっていて、しかもそれは時折インサートされる回想シーンによって、ストレスなく解決される。

兄のリーの生前、まだ小学生だったパトリックと三人で兄の船ででかけた釣りだったり、或いは病室で家族に囲まれたリーの初めての入院だったり。どれも説明的ではなく、とても自然な流れだ。

(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

この町でリア充のパトリック

一緒に釣りを楽しんだ頃に比べると、高校に通うパトリックは逞しく成長している。人格者であった父親を亡くしても、特に落ち込むこともなく、普段通りの生活を続けるパトリック。

アイスホッケー部とガレージバンドの練習に精を出し、二股をかけるガールフレンドを、家に呼んだり相手の部屋に押しかけたりと、リア充ライフを満喫。だが、リーが後見人を引き受けたら、一緒にボストン郊外に行かなければいけない。

「叔父さんの仕事なんて、便所が詰まるところなら、どこだってできるだろう。俺はこの町に全てがある。ここを離れない

そう訴えるパトリック。だが、リーは頑なに、この故郷の町に戻ることを拒む。周囲には彼を知る者は多いが、みな訳知り顔で彼に冷たい視線を送る。なぜ、リーはこの町から出て行ったのか。なぜ誰にも心を開かず孤独に生きるのか。

(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

繰り返しになるが、何かを抱えて鬱々として毎日を過ごす孤独な主人公のリーにケイシー・アフレックがハマっている。表情と佇まいが良い。この役者の頭からシーツを被せて長所を封印し、映画の大半を撮った『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』(デヴィッド・ロウリー監督)の、逆張りとも思える意図を監督に聞いてみたいものだ。

パトリック役のルーカス・ヘッジズは、本作を皮切りに『レディ・バード』、『スリー・ビルボード』、『Mid90s ミッドナインティーズ』と、本作ほどには目立ちはしないが、繊細な若者らしい役で活躍の場を広げている。

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今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

この町に暮らしたいパトリック

回想シーンで分かるように、パトリックの父・ジョーはかつて、最初の入院で心臓疾患が発見された。主治医は「この病気で5~60年生きる人もいる」と慰める。

「それは生まれてからか、発見されてからか?」ジョーが尋ねると医者は前者だという。つまりはあと10年程度の余命

その後、ジョーの妻・エリーズ(グレッチェン・モル)は次第にアルコール依存症がひどくなり、ついには家を飛び出し音信不通となり、更に何年か後、ジョーは船で倒れ、帰らぬ人となる。

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残されたパトリックの人物像の描き方が巧い。シングルファーザーと二人暮らしだったパトリックだが、素直に悲嘆に暮れるキャラではない。

ひねくれた年頃ゆえか、平静を装って日常生活を続ける(しばらく練習は休めとコーチに諭されるが)。父親の遺体との対面も、ほんの少し一瞥するだけで、もう満足だと離れてしまうし、ガールフレンドとの乳繰り合いも自粛せず。

だが、父の遺体を冷凍したまま春まで待って地中に埋めることは激しく拒絶し、はやく埋葬しようと主張する。冷蔵庫の冷凍チキンでパニック障害を起こすほどだ。野外のシーンで、パトリックが寒がるシーンがやけに目立ったのは、父を冷凍させるのが可哀想だという心情に繋げていたのかも。

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この町に戻りたくないリー

さて、この町に戻ることを拒み続け、また周囲の人々にも白い眼で見られるリーにはどんな過去があるのか。

彼にはかつて、妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)幼い二人の可愛い娘、それに生まれたばかりの息子がいた。愛情に満ちた家庭だったが、ある晩、リーは大勢の仲間を家に招き、夜中まで乱痴気騒ぎのパーティに興じる。二階で子供が寝ているのにとランディは激怒し、散会させるが、飲み足らないリーはビールを買いに出る

ここから悲劇が起こる。戻ってみると、彼の家が火に包まれている。救出されたものの、泣きわめくランディ。家には三人の子供たちが残ったままだった。リーの暖炉の火の不始末が原因だった。そして妻は出ていき、彼は家族を失う。これはつらい。自分のせいで、何よりも大切な子供たちを死なせてしまった男は、自分を責めるしかない

映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』予告編

リーの過去があまりに重たいため、父を亡くしても自由気ままに暮らすパトリックの軽さに少し救われる。二人とも鬱々とされると、映画自体が息苦しくなるところだ。

この作品がユニークなのは、メロドラマとしての盛り上げ要素が多分にあるにもかかわらず、けしてウェットにせずに、ベタな演出を避けている点だろう

例えば戻ってきたマンチェスターの町でリーが別れた妻と偶然再会するシーン。「あの時、あなたにひどい言葉を投げすぎた」と涙で謝罪するランディ。ミシェル・ウィリアムズがいい。彼女からはやはり『ヴェノム』ではなく、こういう演技がみたい。

だが、赦しの言葉をもらっても、リーは深い自責から解放されない。彼は死ぬまで十字架を背負い続けるのだろう。二人の関係に展開があるかと思いきや、彼はランディからのランチの誘いさえ、あっさり断って立ち去る。ケネス・ロナーガン監督には、本作を泣かせる映画にするつもりはないのだ。

(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

クライマックスは行間で

一方、リーとパトリックの関係も面白い距離感だ。普通のハリウッド映画なら、散々気を持たせた挙句、結局最後はリーが後見人となり、ボストン郊外かマンチェスターか、いずれかの町で仲良く暮らすことにしてハッピーエンドだが、本作はそうではない。

この町に留まりたいパトリックは出ていった母・エリーズと連絡をとり久々に再会。その婚約者ジェフリー(懐かしの国広富之、じゃないマシュー・ブロデリック!)と三人で食事する。だが、エリーズは、息子に会って興奮し、また体調を悪化させたようだ。ジェフリーからやんわりと距離を置くよう諭される。

(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

「俺を追い払うのかよ」頼りの母と暮らす線も消え、リーに噛みつくパトリック。彼が売りたくないと頑張った亡父ジョーの船。子供の頃リーと三人で釣りを楽しんだ船。それは、リーにもパトリックにも、かけがえのない遠い日の思い出だった。

結局二人は一緒には住まず、それぞれの町で暮らす道を選ぶ。屈折した叔父と少年が、不器用に心を通じ合わせる過程を、細やかに描いておきながら、ここでも、クライマックスといえる、二人が最後に打ち解け合うシーンを敢えてスキップしている。行間の盛り上がりを、観るものの想像力に委ねているのだ。

いつかパトリックが訪れた時に備えて、かつてのアパートにソファベッドを買い込むリー。その目に、少しだが生きる力が戻っている。