『あのこは貴族』 考察とネタバレ:東京カーストの映画かと思ったら、庶民でも勇気づけられる作品

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『あのこは貴族』

東京のお嬢様と外部から上京した頑張り屋。違う階層に生きる二人の女性の出会い。門脇麦と水原希子の意外なケミストリー。予想外に幸福な気持ちになれる、愛おしい作品。

公開:2021 年  時間:124分  
製作国:日本

スタッフ
監督:    岨手由貴子
原作:    山内マリコ
            『あのこは貴族』

キャスト
榛原華子:  門脇麦
時岡美紀:  水原希子
青木幸一郎: 高良健吾
相良逸子:  石橋静河
平田里英:  山下リオ
華子の父:  佐戸井けん太
華子の母:  銀粉蝶
華子の姉:  篠原ゆき子
華子の姉:  石橋けい
華子の義兄: 山中崇
幸一郎の母: 高橋ひとみ
幸一郎の父: 津嘉山正種

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会

あらすじ(公式サイトより引用)

東京に生まれ、箱入り娘として何不自由なく成長し、「結婚=幸せ」と信じて疑わない華子。20代後半になり、結婚を考えていた恋人に振られ、初めて人生の岐路に立たされる。

あらゆる手立てを使い、お相手探しに奔走した結果、ハンサムで良家の生まれである弁護士・幸一郎と出会う。幸一郎との結婚が決まり、順風満帆に思えたのだが。

一方、東京で働く美紀は富山生まれ。猛勉強の末に名門大学に入学し上京したが、学費が続かず、夜の世界で働くも中退。仕事にやりがいを感じているわけでもなく、都会にしがみつく意味を見いだせずにいた。

幸一郎との大学の同期生であったことで、同じ東京で暮らしながら、別世界に生きる華子と出会うことになる。二人の人生が交錯した時、それぞれに思いもよらない世界が拓けていく。

レビュー(まずはネタバレなし)

違う階層を生きる者たち

「東京って、違う階層に生きる者が出会わないようにできてるんだよ」 
劇中にそんな台詞がある。

生粋の東京人、それも山の手の深窓の令嬢と、富山から上京し慶應義塾大に通うも、親の失業で中退する頑張り屋の娘。出会うはずのない二人が、運命のいたずらで邂逅する

観る前は、何となく家柄の違う女同士の男の取り合い系の話かと思って、やや重たそうな話だと思っていたのだが、実に伸びやかな作品で、良い方向に裏切られた。

女性たちが前向きに生きていこうとする幸福感に満ちた作品になっている。

数日前にみた松坂桃李の『あの頃。』はアイドル推しの男どもの多幸感を描いた作品だったが、どちらにも山中崇が出演しているのが面白い(それも全く異なる芸風で)。

東京と外部、そして邂逅

まずは第1章「東京」。病院経営の一族の末っ子として松濤の邸宅に生まれ育ち、下からお嬢様学校の箱入り娘、華族のようなその名も華子(門脇麦)

婚約者に逃げられ、結婚願望の強い彼女が奔走の末、義兄(山中崇)の紹介で出会ったのが青木幸一郎(高良健吾)

幼稚舎から慶応、東大大学院卒業のイケメン弁護士。しかも実家は政治家も輩出する超富裕層で、榛原家を上回る良家ときた。だが、幸一郎はその出自に驕ることなく、その人柄に華子は惹かれ、二人は婚約する。

第2章は「外部」。そう、富山はここでは外部扱いだ。久しぶりに帰省した美紀(水原希子)にとって、弟の乗り回す走り屋仕様のクルマも、土建屋を継いだドラ息子が幅を利かす高校の同窓会も、みな田舎の象徴

かつて猛勉強して入学した慶應大には、数千円のアフタヌーンティーを楽しむ貴族のような内部進学者の娘たち。

学費が続かなくなった美紀は中退しキャバクラで働くが、そこに、大学時代ノートを貸してあげた内部生の幸一郎が客として訪れる。やがて、二人は親密になっていく。

(C)山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会

そして第3章はいよいよ「邂逅」と、分かりやすい構成だ。こうして、幸一郎という結節点から、華子と美紀が出会う

配役も対立構造も、予想とは違っていた

鑑賞時点で山内マリコの原作は未読であり(映画が面白かったので、速攻読みました)、東京者のお嬢様が水原希子、田舎出の頑張り屋が門脇麦だと、勝手に逆さのキャスティングを想像していた。

この対立構造は、女同士のオペラ対決映画『プライド』や、慶應内部進学者叩きのイヤミス映画『愚行録』に近いものと思っていた(どちらも満島ひかりだ)。

だが、<結婚=幸福、跡継ぎ出産=女の義務>がもはやカビの生えた思想であるのと同様、こういう、男を巡っての女同士のいがみ合いというのも、古臭い固定観念なのだということを、この映画は教えてくれた。

キャットファイトが始まりそうな展開に気の重くなっていた私の不安をよそに、この二人の関係は、予想外の方向に転がっていく。

これは新しい感覚。原作者の山内マリコ岨手由貴子監督も女性ということが、固定観念を打破させた一要因なのだと思う。

娘が結婚しないことだけが人生唯一の悩みだという田舎の父親に呆れる、美紀の親友・里英(山下リオ)の台詞も刺さる。こっちは生活するのに必死なのよ。

(C)山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会

普通に生きる女性の、飾らない姿

ダブル主演の門脇麦水原希子は、どちらもナチュラルな演技がとても良かった

門脇麦はここ数年の作品を振り返っても、『花筐/HANAGATAMI』『止められるか、俺たちを』『チワワちゃん』『さよならくちびる』と、結構エキセントリックで、いじめられる役が多い印象。

本作も抑圧される感じになりそうではあったが、結果的には健やかでいられる役で、観ている側もほっとした。

水原希子はどうしても容姿からオファーされる役柄にクセがあるのだろう、これまでの出演作で普通に生きる女性を演じることが少なかったように思う。だって、<出会う男すべて狂わせるガール>を演じるくらいだし。

本作で等身大の若い女性・美紀を演じる彼女は、とてもイキイキしていて魅力的だ。

本作は二人にとっても、自身の代表作にあげたい一本なのではないかと勝手に想像する。

高良健吾は相変わらず、どんな役でも器用に演じる俳優だ。幸一郎が冒頭に見せる生真面目そうな良家の子女の佇まいと、中盤から見せる少し違う一面への変化がいい。

ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』で純朴な田舎青年が、都会で裏社会に染まっていく豹変ぶりほどではないけれど。

雨男だという幸一郎の出演シーンは、多くが土砂降りで、伊坂幸太郎の『Sweet Rain 死神の精度』の金城武を思い出した。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

修羅場の変わりに、四人が生み出したもの

華子と婚約した幸一郎に、都合のいい女・美紀がいたことがちょっとした偶然から露見する。

華子の親友・逸子(石橋静河)は二人をホテルのティーラウンジで会わせるのだが、前述したように、ここでマウンティングをし始めないところが、本作のユニークさだと思う。

『幸一郎さんは、どんな人ですか』という華子の美紀への問いかけは、本心なのだろう。

華子には、この場も取り持ってくれる親友の逸子がいる。

ミッション系のお嬢様学校の幼馴染のようだから、彼女も東京のハイクラスな家の娘に違いない。今でも毎年きちんとひな人形を飾る家柄だ。

だが、ドイツでバイオリニストとして、どうにか厳しいプロの演奏活動を続けており、結婚の話もない。親を反面教師に、結婚でも財政面でも、人に依存しない自立を望んでいるのだ。家柄という固定観念に縛られた華子には、よき相談相手となる。

(C)山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会

一方の美紀にも、同じ富山から慶應に進んだ里英(山下リオ)という親友がいる。

二人で飲んだ後に夜の都会を内幸町から芝近辺まで自転車ニケツで帰る二人(いろいろ違法だが)。何とも女子の友情を感じさせる微笑ましいシーン。

更に、起業を目指して奮闘していた里英が、一緒に手伝ってくれないかと美紀に持ち掛けるシーンもともに幸福感に満ちている。結婚もせず子供も作らないのなら、老後に介護してもらいやすいようにと、脱毛話で盛り上がる無邪気さがいい。

一堂に会することはなくても、この作品に息づいている生命力は彼女たち四人が生み出したものなのだ。

家という枠に縛られず、壁を越えていく

個人的な話で恐縮だが、私は東京者だ。華子のような立派な家に生まれたわけではないが、華子や幸一郎のいる世界にわりと近しい立ち位置で育ってきたので、彼らの暮らす世界の常識には馴染みがある。

ただ、家庭環境的には美紀の家に近かったので、彼女の直面する絶望や不満も、とても共感できる。どちらにも肩入れしながら、現実は簡単には変えられないぞと思っている自分がいる。

東京にいても田舎にいても、結局彼女たちの周囲の多くの友だちは、家という枠に縛られて生きている。階層の違いは関係なく、閉鎖的で生ぬるい世界にどっぷり浸っていたいのだ。

でも、彼女たちはそんなものに囚われずに、自由に伸びやかに生きて行こうと思い立ち、現実の壁を易々と飛び越えていく。なんとも気持ちよい。

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松濤、日本橋、内幸町から芝公園、そして丸の内。東京といいながら、若者の映画らしからぬロケーション選びが新鮮だった。

岨手由貴子監督の作品は初めて観たが、とても上質な出来栄えに感心した。

原作を読んでみたが、オリジナルで挟み込むエピソードが、まるで書かれていたように自然で、かつ映画的だ。ニケツの自転車をはじめとする美紀と里英の関係や、華子が婚活で出会った、遠慮したい男たち等々。

ただ、華子が最終的に自分の道を選ぶまでの決意のプロセスは、原作の方が丁寧だった。これならば、唐突感はない。本作の完成度なら、あと15分長くしてここを描いても、観る方は苦ではないし、むしろそうして欲しかった気もする。

でも、気になったのはそのくらい。原作者の山内マリコが作品を褒め称えるのは、とても納得がいく。これだけ原作を活かして、かつ独自のアレンジも加わっているのだから。これは、本作は掘り出し物の逸品だった。