『ミセスノイズィ』考察とネタバレ|汝の常識は隣人の非常識なり

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『ミセス・ノイズィ』 

一枚の布団から始まった、隣人同士の大バトル。非常識な騒音女と母親失格の作家、非常識なのはどちらだ。

公開:2020 年  時間:106分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:    天野千尋
キャスト
吉岡真紀:  篠原ゆき子
若田美和子: 大高洋子
吉岡裕一:  長尾卓磨
吉岡菜子:  新津ちせ
若田茂夫:  宮崎太一
多田直哉:  米本来輝
山田哲平:  和田雅成
弁護士:   田中要次

勝手に評点:3.0
     (一見の価値はあり)

(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

あらすじ

小説家で母親でもある吉岡真紀(篠原ゆき子)は、スランプに悩まされていた。ある日、突如として隣の住人・若田美和子(大高洋子)による嫌がらせが始まる。

それは日を追うごとに激しさを増し、心の平穏を奪われた真紀は家族との関係もギクシャクしていく。

真紀は美和子を小説のネタにすることで反撃に出るが、その行動は予想外の事態を巻き起こし、二人の争いはマスコミやネット社会を巻き込む大騒動へと発展していく。

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レビュー(まずはネタバレなし)

一枚の布団から始まった戦い

小さな娘を持つ夫婦が引っ越してきたマンションで、やたらと騒音をたてる近所迷惑な隣人女性に悩まされる。ベランダで繰り広げられる争いは、布団を叩く音から始まり、ラジカセの大音響の音楽へとエスカレートしていく。

これは既視感があると思ったが、元ネタは20年近く前に奈良県で実際に起きた騒音傷害事件である。とはいえ、実在の事件をなぞった内容ではなく、ワイドショーなどで散々取り上げられた印象的なパーツをいくつか組み立てた、オリジナルな作品となっている。

同事件は当時海外でも「Mrs. Noisy」という見出しで紹介されたことから、本作のタイトルに使っているのだろう。

<ノイジー>でなく<ノイズィ>とした理由は知らないが、あの事件とは別物ということを伝えたかったのか。ただ、こうして表記を並べてみると、意外と<ノイズィ>の方が英語の発音に近いし、意味深に見えて、悪くない。

監督は天野千尋『どうしても触れたくない』(2014)で長編デビュー。主人公の小説家・吉岡真紀篠原ゆき子が演じる。

彼女はバイ・プレイヤーとして多くの作品に登場し、『湯を沸かすほどの熱い愛』『浅田家!』など、主役を食うほどの存在感を示す女優。近年は、本作のほか『女たち』(内田伸輝監督)など、主演女優としても活躍をみせる。

(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

ただ、本作に関しては、主人公以上に強烈なインパクトを与えたのは、真紀の家の隣人である若田美和子を演じた大高洋子だろう。ミセス・ノイズィの名に恥じない奇行と迫力。凄まじいオバちゃんパワーの炸裂である。

本作の面白味は、この怪しい隣人の本性がみえない点にある。大高洋子は四十路を過ぎてから劇団員になったそうで、私は彼女の出演作を観るのは本作が初めて。

一般的には、配役によってそのキャラがある程度想像できるものだが、彼女の場合は、演じる役がどんな人物なのか、手がかりがない。だから、余計に怖い。

映画『ミセス・ノイズィ』予告編

それは生活音の範疇なのか

吉岡真紀は、かつて『種と果実』という作品で賞を獲った人気作家だが、近年は鳴かず飛ばずで、あせっている。娘の菜子(新津ちせ)の世話もしながら、執筆活動の時間を捻出するのは大変だ

そんな彼女の貴重な時間を騒音で邪魔してくるのが隣人の美和子である。

布団を叩く音くらい、ちょっと我慢すればいいのにとも思ったが、この当時にはノイキャンのヘッドフォンも普及していなかった(かもしれない)し、朝6時前から大声とともにやられたのでは、さすがに迷惑というのも分かる。

この、美和子が 「これは生活音でしょ」という布団叩きだけならまだしも、更に深刻な事が起きる。母親に無断で、娘の菜子を連れて無断で公園に行ってしまったり、家に招き入れて陽が落ちるまで昼寝していたりと、誘拐まがいの行為を繰り返すのだ。これで真紀はキレる。

「こんな時間まで黙って子供連れて行くなんて、あんた何考えてんのよ!」
「仕事が忙しいからって、小さな子を放っておくなんて、母親失格!」

自分の仕事も、家族の平和も、この女が壊そうとしている。完全に対戦モードとなり、二人のバトルは激化していく。

(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

ラショーモン・アプローチ

さて、前半導入部分の展開を観ていると、たしかに美和子の言動は不気味ではあるが、かといって『黒い家』(森田芳光監督)のサイコパス女のようにも見えない。少なくとも、子供に対する接し方はまともそうに見える。

早朝の布団叩きに、「ちょっと理由があって」と言いかけた点も気になる。一方の、真紀の激昂ぶりも若干気になる。夫の裕一(長尾卓磨)が指摘するように、ちょっとヒートアップしすぎている。

そんなことを考えていると、大量発生したハサミムシが裸の全身を這っている初老の男性が現れる。

うわ、女の部屋には死体があったのか。やはりサイコパスだったかと一瞬錯覚したが、これは美和子の夫・茂夫(宮崎太一)。彼は精神を病んでいて、ハサミムシの幻視に悩まされていたのだ。

そして、虫はもう追い払ったと夫を安心させるために、美和子はわざと大きな音で布団を叩いていた。そう、なんと今度は、美和子の視点で物語が語られ始めたわけだ。

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物事は、視点を置き換えただけで全く違って見えてしまう。かつて男の子を亡くした美和子と茂夫の夫婦にとっては、子供を放っておく真紀は非常識な母親であり、自分たちは正しいという自負があった。

『最後の決闘裁判』(リドリー・スコット監督)ほど、これ見よがしではないが、本作にも黒澤明の『羅生門』アプローチが用いられているとは。しかも、なかなか鮮やかなどんでん返しだ。もはや、すっかり美和子が善人に見えるようになっている。

激化するベランダ戦争

美和子役の大高洋子同様に、夫の茂夫を演じる宮崎太一もまた、正体がつかみにくい俳優だ。

真紀の視点のときは、行方不明騒ぎで真紀たちが慌てる中、隣人の家で寝ていたという菜子。その彼女が無邪気に、「隣のおじさんにお風呂で洗ってもらった」と母に言う。これは親にしてみれば、気が気でない。

茂夫は、変態のオッサンかとつい疑ってしまったが、その真相も、美和子視点のシーンで見事に解き明かされる。

(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

互いに相手が非常識だと信じて疑わない隣人同士が、売り言葉に買い言葉でいがみ合う。

一方、このバトルの裏で、「最近のあなたが書くものには、深みがない」と編集者にダメ出しされる真紀は、従弟の直哉(米本来輝)の助言で、この隣人のことを面白おかしく書き、それが若者を中心に受け始める。

実は、美和子視点で語られるシーンの直前が、この従弟の助言なので、はじめはこれが真紀の小説の中の創作なのではないかと思っていた。だが、忌み嫌う相手を正当化する物語を、真紀が書くわけがない。

小説のネタ作りなのか、起訴のための証拠集めなのか知らないが、まるでドリフのコントのように、隣のベランダに干してある布団を引っ張って落としたりサバ味噌の鍋を振り回して布団を汚したりする。

これはさすがに、真紀の行き過ぎた行為であり、隣のベランダ内を防犯カメラで撮影するのもプライバシーの侵害ではないか。

そうかと思えば、一方の美和子の方も、「非常識っ!非常識っ!」と連呼するのは実際の事件の「引っ越し、引っ越し」を真似たのでまだ理解可能だが、ベランダの隔壁をぶち抜いて侵入してしまうのは、もはやドタバタ喜劇だ。

映画全体をどういうトーンにしたいのか、監督の意図が分からなくなった。

(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

喜劇から悲劇、そして人情ドラマへ

結局、これは喜劇ということなのかと思っていると、唐突に悲劇がやってくる。動画の配信で世間に注目されたことで、病状が悪化した茂夫がベランダから飛び降りてしまうのだ。

ここで、これまで真紀の作家としての再起をもてはやしてきたマスコミ連中は、手のひらを返したように彼女をバッシングし始める。

真紀は自分勝手な女だ。仕事の邪魔をされた被害者意識だけが先行し、自分の非を認めない姿勢は、茂夫の飛び降り後も変わらない。娘との約束を破っても、それが仕事のためなら悪びれた様子もない。

演者が篠原ゆき子なのでまだ救いだが、他の女優だったら、もっと憎たらしい女に見えたかもしれない。

そして夫の裕一は、妻が自分のことしか考えていないことを見抜いている。彼の言動は常識的のように見えるが、そんな妻を正し、支えてあげようとはしない。彼にもまた、夫婦の思いやりが欠落している

(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

そんな中で、小さな菜子を護るために、マスコミ相手に吠えて威嚇し、宿敵の真紀を救出するのが、美和子なのだ。

このシーンは野獣の咆哮のように猛々しいが、とても美しく温かい。急に人柄が丸くなったのではなく、しっかりその後で真紀を叱咤するところもいい。

真紀が隣人について面白おかしく書いた小説は一時期ヒットしたものの、従弟の直哉が通うキャバクラでは、「過去の受賞作以降はつまらないものばかり。これもクソだよ」と、真紀の愛読者だったキャバ嬢がこき下ろす。

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そんな真紀が、最後には自分の非を認め、美和子に謝罪する。人は見た目に騙されがちだが、視点を変えることで、真実にたどり着くことがある。

真紀は美和子のおかげでようやく目を覚まし、大切なもの、護るべきものは何か気づかされる。それは、かつて大事な我が子を亡くした美和子が、身をもって学んだことでもあった。

飛び降りた茂夫はどうにか一命をとりとめ、真紀の家族も引っ越しで再出発することとし、本作はハッピーエンドを迎える。

彼女が小説にして美和子に届けた本が『ミセス・ノイズィ』。そこまではいい。だが、帯にある<笑って泣けます>のアップは余計だった。それは観客が判断することで、監督が言うことではないから。