『愛のむきだし』 考察とネタバレ:まずはマリアに出会うまで1時間半、そこに救済がある

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『愛のむきだし』 
 Love Exposure

4時間ぶっ通しのエロさとバカらしさの中でこそ引き立つ、真実の愛。園子温監督、タイトルに偽りなし。西島隆弘と満島ひかりのキレのある動きと魂の叫びは、その後のブレイクも納得の演技。マイベスト園子温。

公開:2009 年  時間:237分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:    園子温

キャスト
本田ユウ:  西島隆弘
尾沢ヨーコ: 満島ひかり
コイケ:   安藤サクラ
カオリ:   渡辺真起子
本田テツ:  渡部篤郎

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)「愛のむきだし」フィルムパートナーズ

あらすじ

敬虔なクリスチャン一家で育ったユウ(西島隆弘)は、神父の父に毎日懺悔を強要される日々を送っている。

<罪作り>のため女性の股間ばかり狙う盗撮を繰り返すユウは、ある日、ヨーコ(満島ひかり)という少女に出会い一目で恋に落ちる。

レビュー(まずはネタバレなし)

どうしても237分は必要なのである

やはり、園子温監督の凄さを感じるのに、この作品ははずせない。

237分の長尺はDVDなら2枚組、劇場上映時にはインターミッションを挟んだというが、昔の作品ならいざしらず、平成の邦画にこれだけの長尺は珍しい。

だが、ポイントはそこではない。この独自の世界観を4時間ぶっ通しで見せることが凄いのだ。

要は、エロ、というかパンチラ盗撮というネタでひたすら突き進む大作である。監督に言わせれば、本来は6時間ものだった脚本を泣く泣く削っての4時間。密度が違う。

西島隆弘満島ひかりのラブストーリーといえば嘘ではないが、およそこの二人が出演する作品とは思えない、完全なる園子温ワールドだ。

運命的な出会いまで1時間半

神父の父(渡部篤郎)に毎日懺悔を強要されているユウ(西島隆弘)が自ら罪を作るために、パンチラ盗撮の腕を磨くようになる。

そんな彼が探し求めていた理想の女性・マリア像であるヨーコ(満島ひかり)と電撃的に出会う。このシーンまでに、なんと既に1時間半! ここまでがアバンタイトルといってもいい。

本作のバカらしさとエロの融合に拒絶反応を覚える人は、きっとこのあたり、或いはもっと前に脱落しているはずだ。だから、最後までつきあって観てしまう人たちは、すでに本作のシンパしかいないのではないか。

私も今回が二度目の鑑賞で、映画に出てくるゼロ教会の仕業ではないが、すっかり洗脳されてしまっている。

無人島に一本だけ園子温作品を持っていけるとすれば(そんな状況あるか)、私はこのDVD2枚組を選ぶだろう。

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先見性が冴えわたるキャスティング

懺悔するために盗撮を続ける主人公ユウに西島隆弘。そして彼が唯一勃起するマリア像であるヒロイン・ヨーコの満島ひかり

AAAのメンバーとして活躍してはいたが、まだ俳優としては経験の浅かった西島。一方、芸能歴は長いが、女優としてはまだブレイクしていなかった満島。

だが、本作でのこの二人の熱演とキレの良いアクションで、二人とも一気に名を上げる。

本作後半からダークヒロインとして本性を現わすコイケを演じた安藤サクラも、当時はまだ、演技力はあっても売り出し中の女優の一人だったはずだ。

園子温監督の先見性には、驚かされる(ついでに言えば、当時まだ無名であどけない松岡茉優もチョイ役で出ている)。

このフレッシュなメインキャストの三人を支える、神父の渡部篤郎と、彼を惑わすファム・ファタールに渡辺真起子という取り合わせもまた、興味深い。

バカらしいのに、カッコよい

それにしても、西島アクションの流麗なことよ。あの転回や宙返り、戦隊ヒーローさながらの決めポーズで、やっていることはミニスカの盗撮なのだ。

あんなにカッコよくバカらしく、決めポーズとボレロを使った作品を私は他に知らない。

このバカらしさは、『みんな!エスパーだよ!』の超能力の使い道に相通ずる。だが、『エスパーだよ!』はエロとおバカが主で、恋愛はおまけだ。

一方、本作はあくまで、ただ一人のマリアであるヨーコを愛するユウと、彼を姉御サソリという女だと勘違いしたまま、女同士の恋に焦がれるヨーコとの、屈折した純愛が、堂々のメインテーマなのである。

その意味では、園子温イズムの純度は本作の方が濃厚だ。

レビュー(ここからネタバレ)

事実に基づくストーリーは、あの教団か

前半は敬虔なクリスチャンの生活、或いは堕落した神父といった話がベースになるが、後半からはいよいよ、怪しい新興宗教であるゼロ教会が活躍し始める。

映画の冒頭に、事実に基づくストーリーとあるのは、この一家全員拉致して洗脳とか、この新興宗教の組織犯罪を意味しているのだろうか。

園子温の描く新興宗教的なものとして思い出すのは『自殺サークル』『紀子の食卓』だが、本作にも幹部として古屋兎丸が登場するのは笑った。

そういえば、ヨーコを救いにユウが乗り込んでいく教団の本部では、真っ白い部屋の中でヨーコやカオリ、神父らの疑似家族が楽しそうに鍋を囲んでいるシュールなシーンがある。

ここも『紀子の食卓』スキヤキ団欒と対になるものに思える。ただ、両作品と比べると、本作はテーマが純愛である分、殺伐とした厭世観のようなものは希薄なので、安心して楽しめる。

(C)「愛のむきだし」フィルムパートナーズ

変態をなめるんじゃないわよ

ユウにとって、ヨーコはただ一人の勃起できる女性であり、マリアなのだ。だが、彼女はユウの女装した姉御サソリに恋してしまう一方で、親の再婚で兄妹になったユウには嫌悪感さえ抱いている。

つまり、ユウがヨーコと親密になるには、姿を変えてレズビアンにならないといけないのだ。ここに悲劇性があり、彼は時に自分を捨てて、悲しみをこらえてサソリになる

このあたりの、男としては童貞っぽさを残し、一方ではオネエ言葉を操る西島隆弘の演技に哀愁を感じる。テレビドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の彼を思わせる。

同様に、相手がサソリかユウかでツンデレになるヨーコの、キュートな顔立ちと暴力性のギャップもまたインパクトがある。

そして、コイケの策略にはまり教団に洗脳されてしまうヨーコと、その救出に向かうユウが、どのような結末を迎えるか。

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愛がなければ、私は何者でもない

「愛がなければ 私は何者でもない。愛がなければ 私には何の益もない」

コリント人への第一の手紙 13章を延々とワンカットで諳んじるヨーコに圧倒される。感極まって裏返る満島ひかりの特徴的な声が、更に余韻を引き立たせる。

この映画は、エロいシーンはただの照れ隠しであって、本当に正面から愛を論じているのだ。恐れ入った。

最後になるが、本作は音楽の使い方も秀逸だ。二人が出会うまでのカウントダウンに流れるボレロ、そしてヨーコの登場とともにテーマ曲のように流れ出すゆらゆら帝国の<空洞です>

この<空洞です>は本作にメチャクチャ合っていて素晴らしいが、翌日仕事中もずっと耳にこびりついて離れないのは困ってしまう。

この作品はクリスチャンをバカにしているようで、決してそうではなく、一人の女性だけを愛し罪に手を染めてしまう男と、最後にその愛に気づき固く手を握り合う女の愛の物語なのだ。

監督のいうように、4時間は必要な作品だった。

以上、お読みいただきありがとうございました。ノベライズ版もぜひ。