『彼のオートバイ、彼女の島』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『彼のオートバイ、彼女の島』今更レビュー|夏は単なる季節ではない、それは心の状態だ

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『彼のオートバイ、彼女の島』

大林宣彦監督と片岡義男がコラボしたバイク乗りの青春ワールド。原田貴和子がまぶしい。

公開:1986 年  時間:90分  
製作国:日本
 

スタッフ 
監督:          大林宣彦
脚本:          関本郁夫
原作:          片岡義男
   『彼のオートバイ、彼女の島』

キャスト
コオ(橋本巧):      竹内力
ミーヨ(白石美代子): 原田貴和子
小川敬一:        高柳良一
沢田冬美:        渡辺典子
「道草」のママ:     根岸季衣
白石康一郎:       田村高廣
<ライダーズ・クラブ栄光>
沢田秀政:        三浦友和
小野里:          峰岸徹
村田:         尾崎紀世彦
沼瀬:           中康次
桃田:           掛田誠

勝手に評点:3.0
   (一見の価値はあり)

あらすじ

東京のとある音楽大学に通いながら、バイク便のアルバイトをする橋本巧(竹内力)

雑誌広告を通じて沢田冬美(渡辺典子)という女性と知り合い恋仲になったものの長くは続かず、心の整理をするため、バイクでひとり旅に出かける。

旅先で不思議な開放感に満ちた女性・白石美代子(原田貴和子)と運命的に出会う。

ようやく心の踏ん切りがついた巧は、東京に戻って冬美と別れた後、美代子からの誘いで、彼女の故郷の瀬戸内の小島へと向かう。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

ミナミの帝王が爽やか青年だった頃

片岡義男の同名小説を大林宣彦監督が映画化した80年代の青春映画。

当時の若者たちに西海岸の文化を教えてくれた片岡義男ドライでスタイリッシュな文体が持ち味だが、はたしてインディーズ路線の大林宣彦との相性や、いかに。

勿論、我らが大林監督は、原作者に歩み寄ることをしない人だから、今回も独自路線をひた走る。

バイクライディングの楽しさを伝えるということについて、片岡義男は真摯に向き合っていたが、大林監督はどういうスタンスだったかはよく分からない。だが、主役のひとりともいえるカワサキ650RS-W3の魅力はきちんとカメラに収まっていたように思う。

モノクロで始まる映像は、途中から部分的に色合いを持っていく。

それが夜空に灯る信号の色からだったり、カワサキタンクの青色だったりすると、カラーの演出効果をねらっているように思えるが、その後全編を通じてモノクロとカラーは特に意味なく混在する。

はじめは落ち着かないが、そのうち慣れてくる。

主人公はバイク便のバイトをしている音大生・橋本巧(通称:コオ)。演じるは本作デビューの竹内力。その後のVシネでの活躍が想像できない爽やか好青年だ。

もともとは唐沢寿明で決まりかけていたとかいないとか言われる主役だったが、偶然挨拶にきた新人の竹内力が監督の目に留まったとか。

コオには付き合っている冬美(渡辺典子)がいたが、やや熱は冷め、その兄でバイト先の先輩・沢田(三浦友和)「妹との関係をはっきりさせろ」と脅かされる。

冬美との関係をどうするか考えるために、コオはバイクで旅に出る。高速を走らせているうちに夜は明け、画面はカラーに。ここでタイトルとともに原田貴和子の主題歌である。ああ、角川映画の匂い。

天国にいちばん近い風呂

そしてようやくヒロイン登場。山道で寝転ぶコオの後ろで、勝手にバイクに触って一緒に倒れそうになっている。ハイテンションの天然じゃじゃ馬娘。白石美代子(通称:ミーヨ)原田貴和子の日本でのデビュー作。

大林監督とは、妹・知世の付き添いでロケに参加した『天国にいちばん近い島』で知り合った。姉妹揃って島の映画だ。顔立ちは似ているが、妹がおとなしい優等生イメージである分、姉の天真爛漫ぶりが際立つ。

「すてきね、何ていうのこれ?」
「オートバイ」

間抜けな会話だが、原作ママである。「カ・ワ・サ・キ、さん」なんて彼女に呼ばれたりして。この作品のカワサキ愛は『あいつとララバイ』(1983、少年隊主演)に通じる。

一旦は別れた二人だが、混浴温泉『伊豆の踊子』のような偶然の再会。

ここで全裸で登場するミーヨは、脱がせの大林の歴代作品のなかでも、ピカイチの美しさだと思う。本作は公開時以来久しく観ていなかったが、このシーンがモノクロだったとは意外。私の記憶では総天然色だった。

ただ、大林監督がのちに語っている内容には正直たまげた。

この入浴シーンは原田貴和子のクランクイン初日で、しかも普通なら気を使って関係者限定で撮るところを、スタッフはみんな関係者だからという実に大林監督らしい理屈で、衆人環視のなかで撮ったという。

これは、女優へのきめ細かい配慮が重要視されるようになった昨今では考えられない事態ではないか。

当の原田貴和子ご本人がどう感じられたのかは存じ上げないが、何のサポートもなかった角川事務所を数年後に離脱する遠因になったとも言われている。

主演二人を支える男女もいい

コオの音大仲間でバイクにも乗る親友・小川敬一高柳良一。これがなかなかいい味をだす。

無感情っぽい自然体。高柳良一はだんだんと俳優として面白い存在になってきたが、本作および併映の『キャバレー』の出演を最後に引退する。

そして仲間ではもう一人。コオにふられて、その後に小川と交際するようになる冬美役の渡辺典子。この起用も意外だ。

渡辺典子薬師丸ひろ子・原田知世とともに角川三人娘と呼ばれ、赤川次郎のミステリーものを中心に映画の主演作もいくつかあったが、正直いってあまり印象に残る作品はない。

その彼女が、本作では珍しくすこし脇に置かれ、日陰者の幸薄い系キャラを演じている。これが実にいい。しかも、コオにふられた不幸な真面目少女が堂々とステージで歌う妖艶な女に様変わりするなんて。

なお、同じ歌をコオと小川がそれぞれ全く異なる曲調にアレンジし、冬美がそれぞれ歌う展開は、片岡義男の原作どおりだが、実際に音楽が聴けるのは映画ならではの特権。

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ついでに言えば、小川が女とふたりで全裸でバイクにタンデムしたり、走行車のフェンダーミラー懐かしい!)をスパナで折る悪戯を繰り返したりするのも、原作由来のシーンだ。

若者が抑圧された何かを爆発させたり、意味もなくバカな事や悪さをしたくなるのを、描いているのだろう。

15歳になれば盗んだバイクで走り出したり、夜の校舎で窓ガラスを叩き割ったり(©尾崎豊)が当たり前のオジサン世代には、違和感はないが、最近の若者にはこういうのは理解不能なのかもしれない。

彼と彼女は対等である

ミーヨはコオを自分の暮らす小さな島に招く。そこには彼女の父・白石康一郎(田村高廣)がいる。盆踊りの櫓で御詠歌を熱唱する田村高廣がいい。大林作品で彼の演技が堪能できるとは。

ミーヨはコオに惹かれているようで、実際にはバイクに夢中になっている。彼女はすぐに中型免許をとり、そして今度は限定解除を目指す。

学校の校庭を使って、バイクの乗り方をミーヨに指導するコオの理屈っぽい台詞回しが、『私をスキーに連れてって』(馬場康夫監督)で原田知世にスキーを教える三上博史に重なった。思えば、あの作品には、原田貴和子も出てたっけ。

この手の青春恋愛ものは、バイクに夢中になっている男に女が惚れ、「私とバイクどっちが好きなの?」と妬くものだが、本作でミーヨが惹かれているのはバイクだ。しかもメキメキ上達しており、すぐにコオを抜くだろう。

「彼と彼女が抽象的に完璧に対等である」片岡義男は書いているが、彼女の方が優位なように私には思えた。

ネタバレになるが、本作は終盤で二台のバイクで走る二人が、違う道に分かれて目的地まで競争する。

先についたコオは、ドライブインでトラック運転手(泉谷しげる)が仲間に事故の目撃談を興奮して語っているのを聞く。

「いい女のライダーがウサギをよけようとしてスリップし、トラックに轢かれて死んじまったんだよ」

結局それは人違いだったというオチで、現れたミーヨと二人で記念撮影してハッピーエンドになる。

いずれも原作とは違うが、どうせこの事故のシーンのせいで、バイクメーカーのタイアップが実現しなかったのなら、そのまま事故死で終わらせた方が、映画としては切れ味があったのにと思った。

前年の片岡義男原作のアニメ『ボビーに首ったけ』(平田敏夫監督)のラストもバイク事故死だったから、印象が悪くなりすぎか。

15分の短縮が惜しまれる

さて、本作は併映『キャバレー』角川春樹監督作品であることから、必然的にB面扱いとなり、15分ほどの短縮を余儀なくされた。

そこはベテラン商業映画監督の大林宣彦だけあって、状況を理解し、それならばと最も大事なシーンからバシバシとハサミを入れたそうな。

それが、スタントなしで竹内力カワサキ高速道路でバスやトラックを間一髪ですり抜けていく、見応えのあるバイク走行シーンだったとか。

これは見たかった。本作で、ライディングの魅力がリアルに伝えきれていない気がするのはそのせいかもしれない。突如激しい雨が降り出して、タンクにカンカンとあたる音がする、という片岡表現も再現されなかった。

とはいえ、全編を通じては、原田貴和子竹内力の若さと初々しさに溢れた作品に仕上がっている。

『金田一耕助の冒険』『ねらわれた学園』『時をかける少女』『天国にいちばん近い島』、『少年ケニヤ』そして本作。大林監督角川映画で最多の作品を世に出すが、本作でピリオドを打つ。

そのせいではないだろうが、本作以降の角川映画は内容も売り方も様変わりしてしまう。我々がよく知る<角川映画>は、本作で終わったと言っても過言ではない。

そう思うと、本作はハッピーエンドで良かったのかもしれない。